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夜の間に

背後からでも分かるほど頬が上気している。 「……くそっ、じ……らす、なっ!」 私の指の動きに合わせて色白の腰が揺れる。細いながらも筋肉の付いた太腿の付け根は、揺れる度に零れる露にぬれてゆく。 美しい。 「さっさとやれよ、ボケっ!」 きれいな顔で品のない言葉を吐き散らす。 一際大きく反応する動きを繰り返すと、言葉は消え去り、ただ喘ぎ声だけが夜のしじまに響いてゆく。 四つん這いから遂に腕の力が抜けたのか、頬を布団につけている様子は泣いている子供のようにも見える。障子越しの薄明りに浮かぶ突き上げられた腰だけが妙に艶めかしい。 「っ、はっ、はっ…」 「盛りのついた犬みたいですね、先生。どうして欲しいんですか?言ってごらん…」 背後から抱きかかえている身体が、全身の筋肉をぎゅっと緊張させた。 (あ、来る…) 「ンっ!ん!…あぁっ!」 痙攣、そしてうつ伏せでぐったりと崩れてゆく身体から指を抜くと、また小さな鳴き声を漏らした。 本人よりも雄弁にわたしを誘う朱い肉縁をなぞると、そこが私を締め付けた夜の記憶が蘇って身震いをした。 汗ばんだ背中に手を滑らせれば夜が一層深くなる。 片方の手でゆっくりと自分のものを掴んで、もう一度薄い液体を纏わせる。 薄明りの中、赤く蠢くそこが、まだかまだかと待っている。 華奢な腰は、片腕でも簡単に掴みあげることができる。 柔らかい肉を左右におし拡げ、先をあてて捻じ込むように動かすと、小さく呻いた。 「まだ意識がある、足りませんでしたか?私もそろそろ限界なので、挿れますよ…先生」 最後の一言に、床に突っ伏していた顔が横を向き、まだ焦点の定まらない瞳が私を睨む。 それを確認して、引いた腰を一気に奥まで推し進めた。 **** 彼は信じられないほど美しい子供だった。初めて会った時、5歳違いの兄弟子である私の前についた三つ指を微かに震わせながら、健気に頭を下げたのを今でもはっきりと覚えている。 最初の数年は、確かに私は兄弟子であった。 あっという間に頭角を現した彼は大役を任せられるようになり、気が付くと一門の頂点に上り詰めていた。 「先生、本日もお稽古つけていただきありがとうございます」 彼よりも深々と、そして長く頭を下げる事にも、もう慣れた。 稽古中、彼は一切私に触れない。肘の位置、顔の角度を扇子で直すか、自分で舞って見せるだけ。口をきく事すら殆どない。馬鹿にされたものだ。 でも、そんな彼が私の前だけで見せる一面がある。 あれは、まだ彼がシテを舞い始めて間もない頃だっただろうか。 幽玄な動きはまるで彼岸で踊っているかのようだと讃えられ、上り調子だった時のことだ。はた目には涼しげな顔でその称賛を受けていた彼が、人間らしい一面を見せたのだった。 舞は、その優美さからは想像できない程命を削る。数十分の間一切の雑念を排除し、ただ踊ることに専心する。 自分の身体を、見えない鬼に明け渡している、と語った彼は、まさに舞台上で人ならざるものに変容する。 あれはもしかしたら、その変容の反動だったのかもしれない。 その日私は、昼間知人から預かった菓子折りをわざと届け忘れて、彼の部屋に行く言い訳にした。 実力の差から既に敬語を使うようになって久しく、同じ建屋に寄宿しているのに彼の部屋を訪ねる事も少なくなっていた。また昔のように話をしたいという下心もあったし、もしかしたら稽古で神経をすり減らしている彼も喜ぶのでは、と淡い期待を抱いていたことは否めない。 渡り廊下を通り、一番奥の間に向かう。襖の隙間から微かに漏れる灯りと共に、押し殺した声が聞こえてきた。 空気が何かを伝えてくる。薄い襖越しに、ピリピリと私の欲望が刺激されて、戸惑った。一瞬の躊躇いの後そっと襖を横に引くと、薄明りの中ではだけた浴衣を帯一本でつなぎ止めた彼の白い裸身が私ののぞく隙間に対して半身になって揺れていた。 紅潮した頬、だらしなく開かれた唇の端から今にも零れだしそうな唾液。みっともない程全ての箍を外して、理性を放棄したその様子は、果てしない淫らさで私を虜にした。  しなやかに伸びた腕は両脚の間を通り、その指が秘された後ろの孔に埋められている。 あらい呼吸と共に中で指を蠢かせて、彼の背中がしなる。 その様子から目が離せなかった。 のけ反った首がこちらを向き、彼は片方の口角を上げた。 「入って来いよ、覗きとは大した下世話な趣味だな」 その夜から、私はたびたび彼の部屋に通うようになった。 自らを慰めるのは決まって本稽古や公演の後だった。何もないときは、襖越しにもそれが分る。極度の緊張が、彼の欲を呼び覚ますのか、舞に命をささげた業がそうさせるのか。 まだ少年だったころ、彼はよく師匠と二人きりで特訓を受けていた。稽古部屋には絶対に近づいてはならない、とお達しがあった。 弟子も、研修生もみな複雑な表情でそれを聞いていたけれど、ある時、休憩部屋にいた数人が噂話をしだし、そわそわと落ち着きなくなった。 順に部屋から忍び足で出て行き、戻ってきては興奮した様子で盗み聞きしたものを教えてくれた。 建物の端にある稽古部屋からは、変声期前の彼の押し殺した泣き声が聞こえていた。 鳴き声の質が変わったのはいつからか。 その後も、『特訓』と称するものは度々行われ、彼の舞もそれにつれて磨きがかかっていった。 妖艶で、優美。従順な身体を何者かに明け渡し、観る者の魂を喰らい尽くすような舞が十八番(おはこ)だった。 **** なんども上り詰めた後、小さく口を開けて静かに寝ている様子は、昔稽古で詰めていた頃に一緒の部屋で寝起きしていた時と変わりない。 私とほぼ同じくらいの身長になってしまった躰を、起きてしまわないようにそっと抱き寄せたのに、浅い眠りを妨げたのか面倒くさそうに瞼を上げた。 「…もう用は済んだ、さっさと帰れ」 「まだ起きているのなら、明日の朝まで目を開ける気にならない位抱きましょうか」 「はっ、はは…あははは…」 乾いた笑い声と共に、投げやりな瞳に光りが宿る。 「それも、いいな。いっそもう二度と起きることがない程俺を抱けばいい」 天地(あめつち)のはざまで美しい鬼が舞う、その鬼を下界につなぎとめる肉体は、果てしなく淫らにわたしを喰らい尽くす。 完

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