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序章

「浦野、お前今度飲み会来ない?」  そう唐突に話を持ち掛けてきたこいつは成瀬 晴海(なるせ はるみ)  社会人になってから会社の飲み会で意気投合し、ウマが合うことから時間さえあればよく連むようになった同僚の1人だ。 「いいけど何の飲み会なんだよ?」  少し怪訝気に思ったのが顔に出てしまったのだろうか。  成瀬は俺の表情を見ると苦笑しながら話を続けた。 「あー、大丈夫だよ。浦野の嫌いな合コンとかそーいうのじゃないからさ」  そう笑いながら成瀬はやたら甘そうな色をしたカクテルに口をつける。  男のくせによくそんな甘そうな酒飲めるよなコイツ…  そんなことを片隅に思いながら、自分も運ばれてきたアイス烏龍を一口飲む。 「合コンは嫌いというか、女がキャッキャ騒ぐあの空気がどうも苦手なだけだよ。というか、結局何の飲み会なんだよ、じゃあ」  少し眉をひそめるように問い返した俺に、成瀬は何故か得意気に向き合うと、わざとらしく胸を張るようにして告げる。 「安心しろ、ただの男同士の飲み会だ。言うなれば女子会ならぬ男子会ってとこだな!」 「ないわ」  しまった。つい心の声がポロリしてしまった。  いや、だって、お前の言うそれって、要するに俺にゲイ飲みに参加しろってことだろ。  そう、実のところ成瀬は根っからのゲイなのだ。  何度か一緒に飲みに行く内に何かの話の流れでカミングアウトされたのだが、俺は別にそういった事に偏見を持つ気はない。  だからといって興味があるわけでもない。  寧ろない。俺は至ってノーマルだ。 「結局はゲイコンじゃねーかよ...あのな成瀬、お前も分かってると思うけど俺は偏見はしてないけどゲイ気質はないからな」  溜め息をつきながら答えを返すと、成瀬は笑いながらカクテルを飲み干した。 「分ーかってるって!そんなこと」  分かってるなら俺を男同士の合コンになんか誘うなっての。 「じゃあ何で俺を誘うんだよ。つか、大体お前も相手いるとか言ってたじゃねーか。いーのかよ合コンになんか行っても」 「あー、それは大丈夫、だってあいつも一緒に参加するし?」  は?何だそれ。  相手がいるのにも関わらずそーいう場所に参加することをお互い許容してるってことか? 「どーいうことだよ。さっぱり意味わかんねえんだけど」  解せぬオーラを発している俺に、成瀬は軽くテーブルへと右肘を着きニッコリと微笑んだ。 「うん?何か勘違いしてるみたいだから言うけど、俺、あいつとは別れたから。だから今は恋人同士とかじゃなくてただの友人」  はああああああぁぁ?  ちょっとマテ。  お前、そいつと「付き合うことになったんだー。多分これ運命の相手♡」とか言って散々ノロケながらカムってきたのつい先日じゃなかったっけか?  もうだめだ、こいつらの世界にはついていけない南ー無ー。 「まあいーじゃんそれは。 別れたからといって別に険悪になってるわけでもないし?浦野もそんな細かいこと気にしてるとモテないよー」 『安心してくれ、男にモテたいつもりは1ミリもない』と、心で真顔で即答しておく。 「で、来てくれるんだよね?飲み会♡」  こいつ絶対人の話聞いてないよな。 「いや、だから、俺今ゲイ気質はないって言ったばかりなんだけど?」  半ば呆れながら言う俺に成瀬はこちらへと身を乗り出し、少し首を傾げる様に切り出しだ。 「浦野くーん?仕事で俺に借り、あったよね?」  グッ......それ今出してくる? 「別にこっちの世界に引きずり込むつもりはないんだ。ただ、どうしてもお前と1度会ってみたいって奴がいてさ。実は俺もそいつに1つ借りがあるからさー」  それ、ある意味引きずり込もうとしてるのと同じだと思ウンデスケド? 「だから、そいつと1度だけ顔合わせてくれさえすれば、浦野も俺も借りが返せて一石二鳥ってこと。悪い話じゃないと思うんだけどな~」  思わず「一石二鳥なのはお前の頭の中だけだ」と、また心の声がポロリしそうになったがどうにか飲み込んだ。 「つか、そもそも何で俺の名前が出てきてんだ?お前とは確かに同僚で友人だけど、俺はソッチの世界には無関係だろが」  成瀬はテーブルに右肘をついたまま、「ンー...」と上目線で考える仕草をすると、左頬をポリポリと掻きながら少し困った顔で俺に向き直る。 「それがそうでもないんだよねー」  あ。ダメだ。嫌な予感しかしない。 「俺、お前みたいにノンケにもかかわらずカムした後も偏見持たずに友達続けてくれる奴ができたの初めてでさ、それが心底嬉しくて、ついアッチの友達にお前のこと自慢しまくっちゃったんだよねー」  いやー、今日も酒がウマイナー。 「確かにちょっと喋り過ぎたなって反省はしてるよ?そのせいで会わせる羽目になったわけだしさ」  俺まだ一言も「会う」とは言ってないけどな。 「ほんとにごめん!でも今回だけ!ほんと次の飲み会で1回顔合わせてもらえればそれだけでいいから!俺も一緒に行くし、万が一他の奴らにロックオンされても浦野のお尻は絶対俺が守るから!ネ、お願い!」  俺の目の前でパンッと両手を合わせながら成瀬が頭を下げる。  何か最後の方で物騒な言葉が聞こえた気がするのはさておき。  成瀬に仕事で借りがあるのは事実だし、本当に1度顔を出すだけで済むのなら容易い事か?と思った。  元より、俺は友人や身内に頭を下げてお願いされると昔から断りきれない質なんだけど。 「は~......分かったよ。ただし本当に顔出すだけだからな!俺に会いたいとかいう奴に一言挨拶したら直ぐに帰るぞ俺は」  言いたいことを言い切った俺は残りのアイスウーロンを飲み干そうと、ジョッキへと手を伸ばした。  すると目の前に居る成瀬がすかさずジョッキへと伸びた俺の右手を両手で掴み取る。 「ありがとう!恩に着る!」  不意に手を握られて満面の笑みで感謝され、途端に恥ずかしさが込み上げてくる。 「別に......お前には、借りがあったからな。ただそれ返すだけだし......」  何となく照れくさくなった俺は成瀬と目が合わせられず、目線だけを横にボソボソとした喋りを返す。 「あー、ほらソレ。それがあるから油断できないんだって!」  ???  成瀬が言う言葉の意味が理解できず、俺は目をパチクリとさせる。 「は?悪いけどお前が言ってる言葉の意味が見えないんだけど・・・」 「え?もしかして自覚ないの?」  だから何の話だよ。  140文字以内で簡潔に分かり易く説明してくれ。 「浦野さ、照れた時の顔が最高にヤバいんだよ。耳赤くしてそっぽ向いてボソボソっと喋るだろ?俺みたいに元々女寄りの顔なら今みたいなことやってもコッチの世界じゃ逆に何ともないんだけど、お前みたいに元々男前な顔の奴がそーいうのをたまにやると駄目なんだって!ギャップ萌えってやつ?」  せっせと説明してくれる成瀬には悪いが、今の俺の心境を一言で表すならこうだ。 『おうち帰りたい』 「大体そんな事言われたって自分の表情なんて自分で見えねーし、第一ギャップ萌えとか意味わかんねーし」 「ん~、じゃあもっと簡潔に言おうか?」 「ああ、できるだけ簡潔に頼むわ」 「反応するんだ。下の息子が」 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」  危ない危ない、一瞬意識が遠のく所だった。  今の言葉で俺の息子は逆に縮こまったわ。  ハァ......今更だけど、俺ほんとにこいつと友達でいて大丈夫なんだろうか......  その後、金曜の夜に男子会(としておく)に行く約束を成瀬に念押しされてから家路に着いた俺は仕事が忙しかったこともあり、部屋のソファへと倒れ込む形で眠りについてしまったのだった。

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