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第6話

 六日目の朝。  今日は土曜日のため、学校は休みだ。しかし、前もって土日も翔太の時間が欲しいと篠原に言われていたが、言われてなくても篠原のために予定を空けておくつもりだった。  土曜日なのだからゆっくり起床してもいいはずなのに、どうしてかいつも通りに目が覚めた。すると、携帯にメッセージアプリ経由で篠原から連絡が入った。篠原も同じように早起きをしていたようで、思わず笑みが零れた。  メッセージアプリを起動して内容を確認する。  ――午後からなら空いてる?  文字を目で追い、翔太は返信した。  朝から特に用事はないので、準備ができ次第今からでも会えるといえば会える。だが、まだ心の準備ができていない。 学校ではなく、プライベートで篠原と会うのだ。  制服姿は何度も見た。学校を休んだときに見られた姿は寝間着だったのもあり、お互いに私服姿で会うのははじめてだ。 「午後からなら大丈夫ですよ……っと」  篠原に返事をして、いつでも出かけられるようにと準備をした。  その間、篠原から再び連絡が入り内容を確認する。すると、前に仮病を使って早退したとき、テイクアウトしたカフェで待ち合わせしようという話になった。 「んー、服装どうしよう……」  好きな人と私服で会うのだ。少しくらい、お洒落っぽくしておきたい。そんなことを考えながら、クローゼットを開けて時間をかけながら決めていくことにした。  はじめてデートを迎える恋人みたいな感覚になり、胸がずっとどきどきしていた。  いてもたってもいられず、翔太は三十分前に待ち合わせであるカフェに来てしまった。服装はラフな格好になり、ジーンズに薄手の黒ジャケット、ジャケットの下にはブイネックの白インナー。  とても無難な格好ではあるが、翔太にとっては頑張ったほうだ。 (……本当のデートと錯覚しそう)  外の様子が眺められるカウンターに座り、注文したドリンクをちびちびと飲む。なかなか心が落ちつかず、まだかまだかと篠原が来るのを待った。  メッセージには「これから行くね」と連絡が入った。着いて早々連絡をすれば、気を遣って篠原も早めに来ると思ったため待ち合わせ十分前ほどになって連絡を入れていた。  どんな服装で来るのか、オフの篠原をはじめて見るのだから、翔太の胸はとても高鳴っていた。 「――翔太」  背後から耳元で呼ばれ、翔太は身体を思い切り震わせた。  聞き覚えのある馴染の声に、翔太は思いきり振り返った。 「気配消すなんてひどいです!」  そもそも、カウンター席に座って外を見ていたため、いつ篠原が来るのか、姿を見かけてもおかしくない状況だったはず。  胸がいっぱいでそれどころではなかったのだろうか――と恥ずかしいことを思いながら、翔太は更に反撃した。 「しかも! 耳元で名前を呼ぶなんて狡いですっ」 「はいはーい。そんなに怒っても可愛いだけだから」 「か、可愛くないです! なに言ってるんですか、芥さん!」 「あはは。あとできちんと怒られてあげるから。俺、飲み物買ってくるね」  そう言い、篠原は翔太の隣の席に鞄を置き、財布だけを取り出してレジへと向かった。  胸をどきどきさせながら、篠原を視線で追う。  翔太と同じ白のインナーに黒のチェスターコート、そして細身のジーンズ。靴は遠くから見ているのでわかりづらいが、ワークブーツだろうかと考えてみる。首元、手首にアクセサリーを装着していて、シンプルなのにとてもお洒落だ。  同じ高校生だろうか、と錯覚する。 (……って、なに見惚れてるんだろう)  思いきり視線を窓の外へと移し、慌ててドリンクを飲む。  それでも、心は落ちつかなかった。 「お待たせ」  声と同時に、ドリンクをテーブルに置く音が耳に入る。椅子を引いて翔太の隣に座り、ドリンクをひとくち飲む篠原。その姿を気づかれないように、外の様子を見ているようで目線だけは横目でしっかりと見ていた。  しかし――。 「そんなに見られたら恥ずかしいな」 「……っ!?」  ばれていたのだ。  くすくすと笑う篠原を見て、恥ずかしくて逃げたい気持ちになった。耳が熱い。これでは耳は真っ赤に染まっているだろう。  案の定、気づいた篠原は「耳、真っ赤だね」と言いながら、目を細めて微笑んだ。 「今日は、明日のことも含めて話をしたかったんだ」 「……あ」 「ほら、明日で約束の一週間だし。だから、その……ね?」 「そ、そうですね」  先ほどまで高揚していた胸の高鳴り、気恥ずかしさがあったことに対して、篠原の発した言葉にずっしりと重みを感じた。  あまり考えたくなくても終わりはやってくる。  篠原の言う通り、明日で約束の一週間がやってくる。  篠原の恋人役としての務めも終了だ。 「それでね。きちんと明日も翔太と恋人として過ごしてから、そのあと好きな人を呼びだして自分の気持ちを伝えようと考えてる」 「そう……なんですね」 「うん。翔太はどうする?」  何日目だったか、篠原が「一週間の恋人が終われば気持ちを伝える」ということを聞いてから、翔太も告白しようと決心していた。 「芥さんの告白を見守ったあと……僕も、告白しようと考えてます。芥さんの勇気が僕にも移ったみたいです」 「見守ってくれるの心強いし、翔太も同じ気持ちで告白しようと思っていることが嬉しい」  ただ、篠原の行動によっては告白するタイミングが変わってしまう。なので、翔太は自分がいつ告白するのかということを語ることはせず、篠原の行動を把握すべく話を誘導させた。 「僕のことは大丈夫なので、明日どんな予定でいきますか?」 「翔太がそう言うなら……一応考えてきたんだけど、翔太にも意見聞こうと思って」 「芥さんが考える計画だったらバッチリな気もしますが……」 「そんなことないさ」  篠原は明日の計画をゆっくり話しはじめた。  なんでも、明日は篠原の希望で遊園地に行きたいと言ってきた。 「遊園地……ですか?」 「そう、遊園地。デートの定番といえば遊園地もそのうちのひとつだし。それに、平日は学校で、翔太とデートらしいデートもできてなかったしね。最終日にでも、きちんとデートできたらいいなって思って……ダメだった?」 「今もこうしてカフェで会っているのも、その、で、デートって言うんじゃ……」 「それはそれ、これはこれ」 「ご、ごめんなさい」 「怒ってないから、謝らない」  最後の思い出というわけではないが、せっかくだから記念に残ることをしたかった篠原。だから、こうして翔太を遊園地に誘おうと計画したのだ。  しかし、翔太はひとつ疑問なことがあった。 「僕と遊園地に行こうと計画してくれるのは嬉しいんですけど、芥さん告白はどうするんですか?」  この期間が終わる前に告白をする――と言ったのは篠原だ。  翔太と遊園地でデートしている場合ではないのだろうかと思いつつ、尋ねたのであった。  それなのに、そんな翔太の質問に篠原はこう答えた。 「翔太ときちんとデートしたいのは本当なんだけど、告白する前って緊張するじゃん?」 「だから、僕とデートして、告白前に緊張が少しでもほぐれたらいいなって思ったんですね?」 「うっ……」 「そのときはいいかもしれませんが、いざというとき緊張すると思うので、あまり意味がないと思いますが……でも、そういうのいいと思いますよ」  くすっと笑いながらも、翔太の言う言葉はぐさぐさと篠原の心を抉っていく。冗談で「翔太も言うときは言うんだな」と言えば、翔太は焦って「あ、違うんです!」と慌てだした。  あまり見られない翔太の一面を見ることができて、少し嬉しかった篠原だった。 「僕と遊園地でデートして、そのあと告白をするのはいいんですが、呼び出しはどうするんですか?」 「あー、それは大丈夫。それで、翔太にお願いがあるんだ」 「お願い、ですか?」 「うん。お願いというより、俺の我が儘かな。俺、きちんと翔太に報告したいから、学校で待ってて欲しいんだ」  篠原が言うには、遊園地でデートをしたあと、その足で告白する相手の駅で待ち合わせをする連絡をすでにしているという。  告白がうまくいった、いかなかったに関わらず、翔太に報告をしたいからと言って、学校で待っていてほしいと篠原にお願いをされてしまった。  翔太は、篠原の告白がうまくいく、いかないに関わらず報告を待たないといけないのかと考えると、気持ちはとても複雑だ。  それならば、そのとき自分の気持ちを伝えればいいだろうか。  報告される前に、先に告白を――。そのほうがタイミング的にもいいような気がした。 (当たって砕けろ。それでいいじゃないか)  ぐっと、テーブルの下で握り拳を作る。  もう時間は元に戻せない。  確実に明日はやってくる。 「翔太」 「はい」 「明日で最後だけど、この一週間ごめんね。それと、ありがとう。俺の我が儘につきあわせてしまって」 「だ、大丈夫ですよ! 僕も誰かと付き合う前のいい経験になりました」  ――なんて嘘。  本当は篠原と想いを交わし合い、本当の恋人として付き合ってみたかった。  しかし、篠原の想い人は翔太ではなく別の人だ。  同性であり、翔太と同級生の子。 (……芥さんに想われているなんて羨ましいな)  切ない想いを胸に秘めながら、篠原の言葉に耳を傾けた。 「それとさ」 「はい?」 「明日で最後だけど、これからも先輩、後輩として仲良くしてくれたら嬉しいな」 「……そうですね」  何気ない篠原の言葉は毒だ。  胸がツキンと痛んだ。  ――先輩、後輩として仲良く……。 「なにかあれば、いつでも相談して」 「……はい。そのときはお願いしますね」  声は震えてないだろうか。まだ明日もあるのだ。 「僕、芥さんと一緒に一週間を過ごせたこと、楽しかったし嬉しかったですよ。……僕にとって芥さんは、憧れの先輩ですから」  今日が最後というわけでもないのに、今のうちに言っておかないとタイミングを逃してしまう。憧れの先輩、と言ったものの、本当は心の底から「大好きな先輩」と言いたかった。 「明日の遊園地デート、楽しみです。芥さん、告白頑張ってください。応援してます。僕も、芥さんみたいに、勇気を振り絞って告白してみます。……叶わないってわかってるんですけどね」  最後の言葉は、明らかに諦めた声が思わず乗ってしまった。  そんな翔太を、篠原はなにも言わず、頭を優しく撫でてくれた。 「……ありがとうございます。弱気になってたら駄目ですね」 「そうだな」  叶わなくても、奇跡が起こって叶っても、それでも翔太は篠原に自分の気持ちを知って欲しいと思った。  恋人として付き合うことができなくても、翔太が篠原を好きな気持ちだけは受け取ってほしかった。  ――芥さんが好きです。

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