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第8話

 日本家屋の開き戸を開けると、2年前まで勝手に上がり込んでいた部屋がやけに新鮮に感じて。 ゆっくりと部屋の中を見回すと、棚に置かれた写真立てに目が行った。 そこに移っていたのは、中学の陸上部の仲間たちと、俺ひとりが映った写真。 桂がどうしてこんなものを飾っているのか不思議だった。 桂は科学部で、陸上とは全く縁がない筈。 たまに俺が呼び出して、運動場で待たせてはいたけど・・・・・。 「お、懐かし~、これ千早じゃん。なんでココにあんの?」 長谷川が、俺に変わって聞いてくれる。 「ああ、それは・・・・卒業してから中学へ行ったときに、陸上の顧問だった先生に出会って、最後の部活の時に撮った写真が出てきたから、千早に渡しといてくれって頼まれて・・・・・。ごめん、置きっぱなしで忘れてた。」 桂は申し訳なさそうに言ったが、俺が避けていたから渡しづらかったんだろうと思った。 中学を卒業してから今日までの間、互いの顔すら見ることが無かったんだから・・・・・。 「お前ら、ホントにおかしいよな!あんなにべったり仲良かったのにさ、卒業前は全く別行動だったじゃん。ケンカでもしてるのかなって思ってたんだけど。」 長谷川は、俺たちの間に流れる空気を感じていたんだ。 何処かよそよそしくて、互いに目で追うばかりで、声を掛ける事はなかったから・・・。 「まあ、受験でいろいろ忙しかったから。・・・・・丁度良かった、コレ持って帰れよ。」 「ああ、・・・・・ありがと。」 桂から写真を受け取ると、それをバッグに入れた。 大きなテーブルの上に教科書を並べると、桂に質問をして分からない所を教えてもらう。 昔と同じで、分かりやすく説明してくれて、俺と長谷川はただ感心するばかりだった。 問題集に目をやる桂の長い睫毛を見ながら、俺は懐かしいような恥ずかしいような気持になる。 昔は何の意識もせずに、目がデカくていいな、なんて思うだけだったのに・・・・・。 今は変に意識してしまう自分がいる。 「そういえば、彼女の話聞かせてよ。この間はぐらかされたままだったし・・・。」 長谷川が桂の顔を覗きこむと言った。 一瞬俺のペンを持つ手が止まった。 「なんでだよ、ヤだよ。話したって仕方ないじゃん。」 桂は長谷川の顔を手で押しのけると言ったが、俺の顔を見た。 「・・・・・・・」 俺は言葉が出なくて、そのまま問題集に目をやる。 「つまんね~の!この中じゃ唯一の彼女持ちだよ、桂は。参考までに聞かせてくれたっていいじゃないか、なあ、千早。」 「・・・・え?・・・・ああ。」 そう言うと、口元だけで笑みを作る俺。 本当は聞きたくはない。・・・いや、聞いてみたいかも。 高校生になった桂が、彼女とどんな付き合いをしているのか。 「もうヤった?」 唐突に長谷川が聞いている。 俺たち高校生男子の興味なんて、所詮こんな事ばっかり。 大抵の彼女持ちは、身体の関係を喜々として語りだす。 ラブホの情報まで・・・・。 「やめろよ。そういうの今はいいだろ?勉強するっていうから教えてるんだ。」 桂は本当にイヤそうに言うと、問題集をバタンと閉じる。 「勉強しないなら帰っていいよ。」 「・・・・・・・・・」 俺も長谷川も言葉が出なくて、ちょっと緊迫した空気が流れた。 そんな桂を見て、俺は思った。 きっと、今付き合っている彼女を大事にしているんだな、と。 だから、ただの興味本位でヤったなんて聞いてほしくはないんだと・・・・・・。 「ごめん。続き教えてくれよ。」 俺はもう一度、桂の閉じた問題集を開くと言った。 せっかく友達として話が出来る様になったのに、こんな事で、また疎遠になるのは嫌だった。 今なら、もう一度〈トモダチ〉をやり直せる・・・・・。

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