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街のはずれの古びた館
この町のはずれには、壁のほとんどを緑の蔦で覆われたような大きな館がある。
昔王侯貴族が別荘に使っていて全員殺された、だとか
意地の悪い領主が一揆にあって血祭りにされた、だとか
後ろ暗いうわさが飛び交うような、不気味な館だ。
しかも館の周りには鬱蒼とした常緑樹の森が館を町の人々から隠すように取り囲んでいる。
そんな館の下町では今日も八百屋の店主の怒号が響いている。
「くぉら、ガキどもー!」
その日もルグリは近所の幼馴染三人といつものように八百屋の親父からリンゴをくすねて森の中に逃げ込んでいた。
「ちょろかったな。」
「ま、いつものことだろ。」
「学習しないよねあのジジイ。」
「ガキども―!!って自分の方が精神年齢ガキ以下じゃない。」
「「「 言えてる 」」」
行く手を阻むように伸びる細い枝や、背の低い木を飛び越え
足を絡めようとしてくる植物の根をからかうように駆ける。
どれほど走っただろう。一番体の小さいプティの息が上がった頃だろうか。
鬱蒼とした森が途切れ急に視界が開けた。
夏の空の下にポッカリと空いた空間に少年達の目に入ってきたのは
広い庭を備え付けた様々な緑色の蔦に覆われた館だった。
「これって・・・」
「《街の外れの古びた館》だろ…たぶん。」
「ホントにあったのね・・・。」
「でっけぇなー・・・。」
噂でしか耳にしたことのない《街の外れの古びた館》の光景は
小さな家が隙間を埋めるように、我先にと建てられた町を見続けてきた彼らにとって、
まさに圧巻だった。
「芝生…っていうかただの草むらだなこりゃ。」
好き放題に伸びた植物は手入れされているとは到底言えない有様。
本当はさっき走り抜けてきた山も館の敷地内なのだろうが、最近誰かが手を加えたであろう様子は全くなかった。
四人は草むらと化した庭へ降り立ちガサガサとかき分けながら広い庭を渡りきり、玄関へ立った。
だいぶ古い館のようだが近づいてみると案外しっかりした造りのようだ。
長いこと雨風に晒されたドアは元はもっと綺麗な光沢のある飴色だったのだろうが、今は黒っぽい色にくすんで
金のドアノブと獰猛な目つきの犬鷲の頭の銀色のノッカーだけが鈍く光ってその存在を主張している。
「面白そうじゃね?」
四人のリーダーであるノワールがルグリを振り返る。先々月18になった乳兄弟のその表情はもう完全にいたずらっ子のソレだ。
「入ってみるか?」
ニヤリと口角を上げて同じような顔を作ってみせる。
「「え...。」」
上二人のその提案に、三つ下のプティとネージュの顔は対比するようにひきつった
「男ならロマンを求めて入るだろう?」
「幽霊屋敷にロマンも糞もあるかよ。ただの肝試しじゃないか。」
「なんだプティ、怖いのか?」
「ぼッ、僕は別に怖くなんかないぞ!幽霊なんてものこの世に存在するわけないだろ、僕はこの目を通して見えるものしか信じないからな!」
理屈っぽいプティが震える指でメガネを押し上げる。その仕草にルグリが吹き出すと、ノワールがネージュを振り返って嘲笑とともに言葉を吐いた。
「おいネージュ大丈夫か?足震えてんじゃね?」
「は、はぁ?!そんなわけないじゃない!お化けなんて怖くないわ!そんなもの切り刻んで母様の白粉にしてやるわよ!」
小さく震えながら腰に提げた小ぶりで細身のサーベルの柄に手をかける。
「じゃあ何も問題ないな。」
ノワールは満足げにそう言うとドアに向き直り金色のメッキの剥げかけたノブを掴んだ。
誰も中にいない家のドアをわざわざノックしてやるほど下町の少年は礼儀正しくそだっていない。
下二人が待てという暇も与えず勢いをつけてそのドアが開かれる。
鍵がかかっているものと思っていたドアは以外にもあっさりと手前に開いてくれた。
明かりの灯っていない館の中へ一歩踏み出してみると、外のうだるような暑さを感じさせないひんやりとした空気が四人の頬をなでた。
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