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猟奇的なアルファ
「きょう、クラスにね、あたらしい子がはいってきたよ」
バスタオルで息子の髪を拭いていた時、突然彼がそう言ったので、私は思わず「え」と訊き返していた。
息子のビリーは今6歳。キンダーガーデン(幼稚園)に通っている。
「エミっていってね、ニホンにすんでたんだって」
「そうか。良かったな、新しいお友達ができて」
「うんっ!」
元気よくビリーが頷いたところで、タオルをドライヤーに持ち替える。ビリーの鮮やかな金髪に風を当てるこの時が、一日の終わりの安堵を最も私に与えてくれる。同時に、心に埋まった棘のような罪悪感もまた、その存在を知らしめるのだ。
私の髪は、ビリーとは真逆の黒色だ。くせがなく、さらさらとした髪質はビリーのそれと似ているかもしれないが、子どもの髪質は、成長途中で変化することも十分ありえる。
ドライヤーの風を当てると、ビリーの髪が、一瞬ふわりと波打った。その光景が、私に「やっぱり」と思わせる。
やっぱり、彼の子なのだな――と、わかりきっている事実を教えてくる。
いつもは軽く溜息をつくだけで済むこの瞬間も、今日は違った。私は心臓を早鐘のように打たせながら、動揺を悟られまいと、時折声をかけながらビリーの髪を乾かした。
「よし、できた。今夜はもう寝なさい」
「やだー、もうちょっとおきるー」
「だめだ。明日はトニーのお誕生日会に行くって言ってなかったか? あんまり夜更かしすると、寝坊して遅刻しちゃうぞ」
髪を撫でてそう言うと、ビリーは頬を膨らませて抱き着いてきた。
一瞬びくっと身体を震わせ、私は必死に自分を押し殺しながら、ビリーの背中を優しく叩く。
「どうした?」
「じゃあ、パパと寝る」
不機嫌そうな声の裏に、ビリーの寂しさを思い知る。
私には配偶者がいない。大学在学中にこの子が産まれ、卒業後、イギリスの実家を離れてから、ずっと一人で育ててきた。
私はここ、カリフォルニア州のIT企業でプログラミングの仕事をしている。世界的に名の知れた企業で、また実力に応じて報酬をはずんでくれるため、とてもやりがいがある。25歳という年齢にしては、年収はかなり多いはずだ。だから今、息子と二人で、サンフランシスコの中心地にある、広いマンションに暮らせている。
昼間は家政婦とベビーシッターに来てもらっていて、二人とも気の良さそうな中年の女性だ。ビリーのことをとても可愛がってくれ、ビリーもまた、彼女たちによく懐いている。
とはいえ、やはり肉親と同じ温もりは得られない。
複雑な年ごろといえば思春期を思い浮かべるが、私はビリーを見ていて、むしろ何もわかっていないような子どものほうが、ずっと敏感でいろんなことに気づいているような気がする。ただ、それを言葉にする技術を得ていないだけだ。
ビリーはきっと、私ともっと、一緒に暮らしたいと願っているはず。もちろん、私だってそうしたいが、今夜はどうしてもできない理由があった。
「……パパは、今夜はやり残したお仕事を持って帰ってきているんだ。だから、すまない。その代わり、明日はパパが美味しい夕食を作ってやるから」
「ほんとうっ?」
「ああ、本当だ」
ゆっくりと言って、また髪を撫でてやる。するとビリーは納得してくれ、自室のベッドで素直に眠りについてくれた。
ビリーの寝息を確認して、私は深く息を吐く。その呼吸はもはや乱れ、あさましい熱を帯びている。
私はすぐに自分の部屋へ駆け込み、ドアに鍵をかけた。
時々ビリーが、トイレに行きたいと言って私を起こしてくるが、今夜だけは、絶対に入られるわけにいかなかった。
「……っ」
スウェットのスボンを脱ぎ、穿いていた黒のボクサーパンツを、性急な仕草でずり下ろす。
すると、すでに膨張しきった下半身の熱が、待ち侘びたようにぶるんっと顔を出した。まるで檻に閉じ込められていた野獣が、突然出口を見つけたみたいに。
下半身を丸出しにした状態で、ふらふらとベッドに歩み寄る。シーツの上には、ペット用のトイレシーツが敷いてあり、その上には、見るもおぞましい卑猥な形の、私の自慰道具が置いてある。
肌色の、まるで本物の陰茎をそのまま切り取ったかのようなリアルなディルド。亀頭や雁首の形はもちろん、幹に走る血管や、包皮の皺のまで生々しく再現されている。
ベッドに乗りかかると、私はすぐさまそれを手に取り、ベッド脇に用意していたローションを垂らした。
「っは……!」
ディルドがぬるぬると濡れた光沢を放つ。それを見ているだけで、さらに興奮してくる。
ベッドに仰向けになり、まずは乳首を触った。
ビリーを出産してから、昔より少し膨らんだピンク色の乳輪は、女よりも淫靡ではないかと自分で思う。乳頭も、かつてのそれよりかなり大きい。もう絶対に、プールなので人前に裸体を晒せないと思う。
その乳頭を指で摘まみ、かつて「彼」がそうしたように、こりこりとすり潰すように指の間で転がした。じわじわと染みるような快楽が湧き起こり、痩せた腰が自然としなる。
「ぁ……ん……、ん……ッ」
目を開けると、浮いた腰の中心で充血したみたいに赤い屹立が揺れていた。花みたいだと思う。風に揺らされる一輪の花。私の花は、甘い蜜を先端に滲ませ、何かを待ち侘びるように揺れている。
「あっ……く、ぅ……ッーーん」
いくら部屋が離れているとはいえ、ビリーに聞かれてはなるまいと必死で声を押し殺す。
浮き上がった腰の後ろから指を忍ばせ、臀部の奥の窄まりを探った。そこはもう、しっとりとぬめった愛液で濡れていて、女性器のように、雄を奥へ誘う準備ができている。
「っ……あっ、は……あん、あぁッ……!」
指がぬぷりと窄まりにめり込む。私の指は、白くて細くて頼りない。締めつけると、折れてしまうのではないかと錯覚する時もあるほどだ。
慣れた手つきで、前立腺を探り当てる。ちょっと触れただけで、あまりの快感ゆえに指の動きが止まってしまう。
物足りない。もっとここ、こりこりされたい。
――ねえ、キース。
低く、そして甘さに満ちた「彼」の声が、耳の奥でこだまする。ぶるりと腰が震え、もどかしさが膨れ上がった。
――ここ、もっとこりこりされたい? それとも、俺のが欲しい?
眩しい金色の髪。宝石のようなエメラルドの瞳。
「アル、フォンス……っ」
どうしてまた出会ってしまったのか。彼の目、唇、指先、その姿のひとつひとつを思い出すだけで、昂ぶりが増してしまう。
今夜は、発情の日だ。
私は指を一気に引き抜くと、ローションで光るディルドを手に取った。
ずっと探した、アルフォンスのそれによく似た、大きなディルドを――。
***
人は普通、男と女の性交によって産まれてくるものだが、この世にごく稀に変わった性質を持って生まれてくる者がいる。
アルファとオメガ。
いずれも男にのみ出現する性質だ。まるで先天性の病みたいだと私は思っている。
オメガは、男にも関わらず、身体の中に子宮とよく似た妊娠器官を持っている。つまり、妊娠する。だが、どの男性と性交渉をしても妊娠するのかといえばそうではなく、オメガを孕ませることができるのはアルファに生まれた男だけだ。
アルファは、普通の男性とは違う精子の構造を持っていて、それがオメガを妊娠させるそうだ。これは非常に不思議なことだが、彼らは生まれつきカリスマ的要素に恵まれている者が多く、あらゆる業界で高い地位に就いている。
また、アルファは女性を妊娠させることも可能だが、その確率はかなり低い。ゆえに、生物的な本能から、自分たちにとっての「雌」であるオメガを強く求めているのだ。
私はオメガだ。両親はいずれもごく普通の人なのだが、なぜか私はオメガに生まれた。
とはいえ、オメガは男性としての機能を持っていないわけではない。むしろ、アルファよりも高確率で女性と子を持つことができる。だから私も、将来はそうするつもりでいた。両親もまた、それを強く望んでいた。
けれども高校生になった時、私は当時イギリスの全寮制学校に通っていたのだが、予期せぬ事態が起きてしまった。
私の入っていた寮は二人部屋だったのだが、同室になった者が、アルファだったのだ。
彼は名を、アルフォンス・ランバートといった。少しくせのある金髪に、エメラルドの瞳を持つ美男子で、背が高く、高校生のわりにがっしりとした体格をしていた。頭が良く、スポーツもでき、常に皆の中心にいて、典型的なアルファといった感じだった。だがそれよりも、私たちは本能で互いをオメガとアルファであることを認識した。
その学校に通う者は、たいてい初等部から在籍しており、私もそうだった。だから私が、子供のころからアルフォンスのことを知っていたら、彼と同室は避けるよう学校側に頼んでいたはずだ。
ところが、アルフォンスは転入生だった。だから中等部に上がった時、「新顔と同室だよ」とだけ告げられていて、部屋に行って初めて事態に気づいた。
恥ずかしさから、私は自分がオメガであることを学校に申告していなかった。
また、アルフォンスもそうだった。彼の場合は、恥ずかしさからではなく、ただ単に忘れていたか、あるいは面倒臭かったのだろうが。
すぐに教師に部屋を変えてもらうよう、私は頼もうとした。だが、部屋を出ていこうとする私の手を掴み、彼は言ったのだ。
「逃がさないよ」
そして、
「やっと会えたね」
――と。
何度も言うが、アルファとオメガは非常に希少だ。だから、出会う確率はさほど多くなく、中には己の体質に気づかず一生を終える者もいると聞く。
そのせいだろう。
一部の人間は、アルファとオメガにまるで童話じみたロマンを抱いており、双方の出会いを「運命」などと呼ぶ。そういう人種から言わせれば、私とアルフォンスの出会いは、まさしく「運命」だった。
馬鹿らしいと思う。人の身体に、ましてや望んだわけでもないこの特性に、勝手に話をつけるなと言いたい。
だが、私はその時、「運命」とは何かを知ってしまったような気がする。
それはロマンでもなんでもなく、ただただ避けられないものなのだ。
私は引き止めたアルフォンスの手を振り払うことはできず、じっと俯いて、頬を熱くして小さく頷いた。
そうすることしかできなかった。アルフォンスの放つ甘やかな匂いが、その瞳が、私を逃れなくさせた。
オメガは、ごく普通に暮らしていれば、特になんの問題もない。女性のように生理もなく、この体質を、それまで苦しいと感じたことはなかった。
だがアルファと触れ合った瞬間、オメガの中の本能は突然目覚める。「発情」という形を持って。
思春期の後半に差し掛かった私の身体は、アルフォンスと触れ合ったことで、突然発情を迎えた。
それは、想像していたよりもずっと苦しい衝動だった。身体が高熱にかかったかのように火照り、めまいを起こし、腰の奥に激しい疼きが生じる。身体を何かに、強烈に埋めてもらいたくなる。欲しくて欲しくて、何も考えられなくなるのだ。
だから、出会ったその日に、私とアルフォンスは早速関係を持った。だが彼は「学生で妊娠はまずいよね」と言い、きちんと避妊具を使ってくれた。
「本当は、今すぐにでも、キースと赤ちゃん作りたいんだけどなぁ」
柔さを帯びた声で言われて、臍の裏側がずくんと疼いた。
私も、妊娠は困ると思っていた。その時だけでなく、一生嫌だと思っていた。
にも関わらず、「赤ちゃん」という言葉を聞かされると、どうしようもなくむず痒い喜悦に犯され、喉を掻き毟るほど、自分が何かを欲しているのを感じた。
中等教育は二年ある。その間、私たちはずっと同室で、数えきれない回数淫らな行為に耽った。
もちろん、避妊具を使って、だ。
ゴム越しに、アルフォンスが自分の中で達するのを感じるたび、とてつもない物足りなさを覚えたのだが、理性でどうにかそれを押さえた。
発情の際は、一晩に何度も体位を変えて、私たちは交わった。そうでなもしないと、衝動を押さえられないからだ。
オメガが発情すると、アルファも強い発情を覚えるらしい。だからアルフォンスもまた、精が尽きることなどないと言わんばかりに私を抱き、ゴムの中に白濁を放った。
「発情を収めるには、さ。受精しちゃうのが、一番手っ取り早いんだけどね」
アルフォンスはよくそう言っていた。まるで、私の理性の箍を、引き剥がそうとするように。
しかし、私はついに折れなかった。そしてとうとう、中等教育も終わりを迎え、私たちの淫らな生活にも終止符が打たれた。
私は卒業後、電子系の大学へ進学することが決まっていた。アルフォンスもまた、別の大学へ行くことになっていた。確か法学部だと言っていた。
「最後に思い出作ろっか」
寮生活の最後の夜、アルフォンスはそう言った。
それが何を意味するのかはわかっていた。
また、奇しくもその日は、発情の日でもあった。
私は頷き、素直にアルフォンスを迎えた。この快楽に満ちた生活も、これで終わりなのだという寂しさと、同時に普通の生活に戻れるという安心感の両方があった。
「ねえ、キース」
背後から私を抱きながら、アルフォンスは言った。
「大学出たら、結婚しない?」
その感情が何であったのか。
私の奥に、つきんと切ない痛みが走った。
「キース」
いつもより獰猛さに欠け、代わりにいつもより切なさに満ちたアルフォンスの呼びかけに、私は背を向けたまま、ゆっくりと首を振った。
自分がどうしたかったというより、両親の落胆した表情を見たくはなかった。両親は、私がこのまま普通の人として生き、将来は女性と幸せな家庭を築くことを望んでいたのだ。全寮制の学校へ通わせてくれたのも、大学へ進学させてくれるのも、全て立派な「男」に育てるためだった。それが、アルファと結婚して子を身籠るなど、絶対にあってはならないことだった。
「そう……」
意外にも静かな声でアルフォンスは言い、その後ゴムの中に精を放った。
コンドームの使用は、原則的に1枚につき射精は1回。だからこれまでアルフォンスは、射精のたびにコンドームを変えていた。
だがこの日はそうしなかった。彼は射精後、そのまま私の中に腰を送り込むと、2度、3度と何度も同じゴムの中で達した。
もちろん私は駄目だと言った。だが、無様な体制で結合させられ、アルフォンスにしっかりと腰を抱かれた私に、ましてや発情の熱に浮かされた私に、抵抗などできはしなかった。
すでに窓の外は白み始めていて、最後の射精をする際、アルフォンスは脚を開いた私を抱き締めてこう言ったのだ。
「キース、『赤ちゃんできちゃう』って、言って」
思わず聞き返した。何を言われているのか、わからなかった。
「ね、言って。キース」
激しい発情により、平常心などとっくに失っていた私は、彼に言われたとおりにした。
赤ちゃん、できちゃうぅ……っ――。
言った途端、ただでさえ強すぎる快楽が、倍に膨らんだような気がした。避妊具をつけているというのに、妊娠してしまうという危機感がとてつもなく気持ちよかった。
赤ちゃんできちゃう。
私は何度もそう言った。キースは満足げに笑い、大きく腰を震わせて私の中に放った。その際聞こえた彼の呻きは、いつも以上に重苦しかったように思う。
苦しかった発情の熱も収まり、別れの朝がそこまで来ていた。
これで終わる、という安堵からか、私の身体は、その時やけにすっきりとしていた。発情の後は、いつももどかしさを引きずるというのに。
アルフォンスが腰を引いた。
「あ」
何かに気づいたようなその声で、思わず身体を起こそうとした時、すっかり柔らかくなった襞の中から、何かがどろりと零れる感触があった。
「ごめん。ゴム、破れちゃった」
そう言ってアルフォンスが見せてきたコンドームは、ゴムと愛液と精子の境目が全てわからなくなるほど真っ白に汚れていて、先端の部分には大きな穴が開いていた。
愕然とする私に、彼はゆっくり首を傾げた。
「ごめんね、キース」
その唇は笑っていた。私はすぐに指で精を掻き出したが、もはや手遅れだった。
妊娠が発覚したのは、その三ヶ月後のことだった――。
***
「――っ、あぁ……あっ……」
太いディルドの先が、襞を貫く。ぬめった感触を持ちながら、みちみちと音を立てて、私を犯していく。
「く……ぅん……あ、ぁあ……あああぁぁ――……」
蚊の鳴くような喘ぎをあげながら、自らの手で、私はディルドを奥まで挿れる。
妊娠がわかった時、両親が激昂したのは言うまでもなかった。
いい教育を受けさせてきたのに。せっかく大学にまで入ったというのに。あらゆる責めが、私の耳を覆い尽くした。
私が相手の名を言わなかったこともまた、両親の怒りに火を注いだと思われる。
それでも大学を卒業させてくれたのは、親としてのせめてもの愛情だったのだろうか。何しろ大学を出た後、私は一刻も早く両親の元を離れたくて、サンフランシスコへ行くことを決めた。
本当は、何年かイギリスで研鑽を積んだ後に渡米したかったのだが、運よく今の企業で就職が決まったこともあり、当時2歳のビリーを連れてここへ来た。
ビリーには、私がオメガであることは伏せ、母親はビリーを産んですぐに病気で死んだのだと言ってある。幸い、ビリーはオメガではないようだ。
これで、全てが丸く収まる。私はそう思っていた。
誤算だったのは、ビリーの出産後も発情が定期的に起こることだ。アルファのフェロモンを覚えたオメガの身体は、老いが訪れるまで発情し続けるらしい。
けれどもこうして自慰をすれば、なんとか乗り越えることができる。そのため私はあらゆる淫具を購入し、発情のたびに自分で熱を収めていた。
それなのに。
今日、私の勤める企業に、新しい顧問弁護士が来ると聞かされていた。
私はプログラミングの部署にいるので、そういう取引相手とは基本的に顔を合わせない。だが、たまたま今日、廊下を歩いていたら会議室へコーヒーを持ってくるよう頼まれ、言われたとおりにそうしたら……。
「あれ。キースじゃないか」
彼がいた。新しい顧問弁護士とは、アルフォンスのことだった――。
彼の陰茎に似たディルドのスイッチを入れ、私は思う。
まさか、私を追いかけてここまで来たのか――?
「ああぁあっ……!」
あまり話はしなかったけれど、コーヒーを配る私を、アルフォンスは獣のような目で見ていた。私は始終、心臓をばくばくさせながら、彼と目を合わせないようにするのに精一杯だった。
私の身体に、快楽を教えたアルフォンス――。
「あん、ん……ぁっ、あ……」
高性能のディルドは、まるで抽挿を思わせる動きをする。グン、グンと奇怪な音を鳴らして、私の膣みたいな後孔を掻き混ぜる。
ローションと愛液が混じって、ぬちゅぬちゅと卑猥な水音を鳴らす。陰茎から垂れる先走りもまた、ディルドを受け入れる部分に滴っていた。
自らディルドの角度を調節し、前立腺に当たるようにする。ディルドは激しく振動しながら、こりこりとした私の前立腺を容赦なく突く。
「は、あ、あぁ……あっ、ああぁぁああ……――」
だらしなく開いた唇から、唾液が顎を伝って流れる。
機械的な動作でディルドが快楽を与えてくる。けど、それはアルフォンスの抽挿とは程遠い。
彼の腰は、もっと私に意地悪だった。私が欲しいと強請ればくれず、やめてと言うと容赦なく私に喜悦を送り込んだ。
腰を掴む手は力強く、私に犯されていることを認識させた。荒い呼吸、艶っぽい視線、彼の全てが、私を凌辱し、悦ばせた。
ディルドが抜けないように手を添えながら、勃起した花芯を私は握り込む。
熱い。
鈴口が開き、だらだらと雫を垂らし続ける。その時、絶妙な角度で当たったのか、ディルドの与える刺激がビリビリと背筋を駆け抜け、頭が真っ白になるほどの悦楽をもたらした。
「あっ、あっああああ……ああああ――……」
首をいやいやと振る。でも、スイッチを切らない限り、機械が止まることはない。
私をいじめるアルフォンスの動きを思い出した。次の瞬間、私の陰茎から、透明な潮が噴き上がった。
一度噴き出したそれはとどまることを知らず、ディルドの動きに合わせてピュッピュッと小刻みに迸る。
それは私の腹を濡らし、腰の下に敷いたトイレシーツまでびしょ濡れにさせた。これを敷いているのはこのためだ。アルフォンスによってすっかり淫らに染められてしまった私の身体は、潮を噴いたり、精子を出さずに達したりと、信じがたい反応をする。
「アル……アルぅ……っ!」
快感が強まると、私は彼の名を呼んでしまう。
ビリーを産んでからの何年も、ずっと、ずっと。
彼のことを、忘れてしまおうと何度も決意し、けれどもそれは、発情の夜になると崩れ去る。
アルフォンス――!
今日見た彼の、学生時代よりもはるかに男らしさを増した顔立ち。スーツ越しにもわかる、逞しくなった身体。それらを全て思い出しながら、私は絶頂を極めようとする。
その時、スマートフォンの音が鳴った。
今日、アルフォンスと長いこと会話はしなかったが、半ば押し切られる形で、彼に番号を教えたのを私は思い出した。
まさか。
それは怯えか、あるいは期待か……。
私は心臓を高鳴らせながら、着信に応答する。
『キース』
心臓が跳ねた。アルフォンスの声だ。
『ねえ、キース。今、何してるの?』
「何……って……」
『あれっ。息が荒いね。風邪でも引いた?』
答えられない。
すると彼は、何か思い出したように言った。
『ああ……。そういえば今日は、キースの発情の日だったっけ』
笑みにしなる、彼の美しい唇が瞼に浮かぶ。
『オナニー、してるんだ』
「――っ」
しばしの沈黙の後、アルフォンスは口を開いた。
『今日、会社の人に聞いたんだけどさ。キースって……子どもいるんだってね。6歳の』
息が荒くなる。
『ねえ……キース』
アルフォンスは言う。
『俺いま、どこにいると思う?』
恐怖にも似た緊張が一気に走る。その反動で、私はディルドを一気に締めつけてしまい、はしたない声をあげていた。
「ああぁんっ!」
ビリーに聞かれたのではないかと、慌てて口を手で塞ぐ。すると、アルフォンスが静かな声で言った。
『開けてよ、キース。俺、ずっと君のこと探してたんだよ。君以外の雌なんて目に入らない。だって俺たち、運命に導かれたんだから』
部屋の向こう、さらに廊下を超えた、扉の向こうから、甘やかな香りが漂ってくる気がする。
『だから……さ。また赤ちゃん、作ろう?』
ああ、もう駄目だと思った。
私は思いっきり背中をそらし、限界を迎えた屹立から樹液を放つ。
白濁が、宙を飛んだ。
私はふらふらと起き上がり、下半身を剥き出しにしたまま玄関へと向かう。
抗えない運命の扉を、開けようとするかのように――。
《END》
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