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7月7日、雨
一年に一度の逢瀬、七夕。
彦星と織姫のように俺もあいつと今日会うはずだった。
だけど空港で待つ俺の目に映ったのはあいつの乗る飛行機が悪天候のため着陸できなかったってことを知らせる表示だ。
豪雨だけでなく雷もひどく乱気流が起こってたらしく、着陸は無理だと判断されたらしい。
結局飛行機は俺が待つ空港じゃなく、遠く離れた空港で着陸した。
あいつが海外赴任に行ってしまってもう一年。
プロジェクトにかかりっきりで忙しく帰国もままならなかったあいつがようやく休みが取れて一時帰国できることになったのに。
一週間は日本に居る予定だけど、全部が休みってわけじゃないし、俺も仕事あるし今日明日でゆっくり過ごすつもりだった。
空港のベンチに座って大きなため息を着く。
スマホを取りだしてあいつの名前を表示させた。
もうあいつは別な空港についてるんだろうか。
今日は会えないけど明日はきっと会えるだろう。
だけど、なんでだろう、恋人たちの日である今日会いたかった。
会えるって期待してたぶん、会えないってわかったいま寂しくて仕方ない。
きっと明日会えるのに、それが待てない。
一年待ってたはずなのに、なんであと少しが待てなくなっちまうんだろう。
もう一度勝手にため息が出た。
と、スマホが着信を知らせる。
表示されたのはあいつの名前。
どくん、と心臓が跳ねて情けなく震える指で慌てて通話を押す。
『もしもし。奏(カナ)?』
俺が言葉を発するより先に、あいつが―――修史が俺の名前を呼ぶ。
本当は奏汰って名前なんだけど、学生時代はカナなんて呼ばれるの女みたいでいやだったけど、修史になら特別で。
「……お、おう! 大丈夫か、無事着いたのか?」
名前を呼ばれてホッとして、泣きそうになって、だけどいい大人がそんなんできるはずもなく平静装って訊いてみる。
『ああ。平気。こっちは晴れだったからな。ごめんな?』
「なんでお前が謝るんだよ。しょうがねーだろ、まじで天候悪かったしさ。さっきなんて稲光すげーの。あれどっか落ちたんじゃねーのかなってくらいだったんだぜ?」
『そうなんだ。上空で着陸できるかかなり待機してたみたいなんだけどさ、結局無理だったみたい。奏にもうすぐ会える距離だったのにな……』
「しょうがねーってば。別に明日には会えるだろ? 今日は疲れてるだろうしそっちで泊って、明日朝イチで戻って来いよ。あ、そうだ。せっかくだからそこでも土産買ってこいよ」
『わかった。……奏は平気?』
「……なにが」
『いや、そっち豪雨すごいんだろ? ちゃんと帰れるか?』
「大丈夫だよ」
『そう? ならいいけど。あ、悪い。キャッチ入った』
「……ああ。じゃ、明日な。連絡よこせよ」
『わかった』
また明日、って電話はあっさりと切れた。
切れた、のにギュッとスマホを握りしめてもう何度目かのため息が落ちる。
元気そうでよかった、って思うのと同時に、修史はそんな寂しそうじゃなかったな、なんて落胆する自分がいる。
いや、ちゃんと残念がってたし、いいんだけど。
でも―――やっぱり、会いたかったな。
明日には会えるのに、俺おかしい。
自嘲気味に笑って、結局またため息が出た。
家に帰らなきゃなんねぇけど身体が動かない。
ひとり帰って、誰もいない部屋で今日の夜を過ごすのがいやだった。
しょうがない、ってわかってるのに。
ため息ばっかりついて、そのままそこでぼうっとしていた。
どうでもいいことばっかり考えて落ち込んで、ただひとりで帰るのがいやで。
いったいそれからどれくらい経ったんだろう。
またスマホが音を鳴らし始め、見れば修史からだ。
「……もしもし」
『奏? もう家?』
「……あ、……ん」
ちらり近くにある柱時計を見ればもうかれこれ数時間経っていた。
窓の外はすっかり暗く窓にぼうっとしている自分が映りこんでいて呆れてしまう。
まさかまだ空港にいるなんて言えないから曖昧に濁した。
『メシは? 食った?』
「……ん。平気」
嘘は言ってない。食ってはないけど、食う気分じゃないから平気ってことだ。
『俺は腹減ったな』
「まだ食ってないのか?」
『んー。奏と一緒に食うつもりだったから』
「……バカだなー。今日は会えないんだから早く食べろよ」
『だってさ、今日は奏と久しぶりにあっていろんなこと一緒にするつもりだったのに』
拗ねるような声に、ため息しか出なかった口から笑いがこぼれた。
「ほんとバカじゃねーの。明日には会えるのに」
『そう? 奏よりはバカじゃないと思うけど』
「いや、バカだよ。いいから電話切ってメシ食えよ? 長時間フライトだったんだしさ、疲れてんだろ。美味しいもの食え」
『奏と食いたい。バカ奏と』
「バカ奏っていうなバカ修史」
そう言ってくれる修史が嬉しくて暗く沈んでいた気持ちが少し浮上する。
『バカだよ。バーカ、バーカ』
「おい……お前なぁ」
「ほんっと、バカだな、奏は。動けないくらい寂しいならそう言えばいいのに」
「なに言って―――……え?」
聞こえてきた声が受話器越しじゃなくて、すぐ後から聞こえたような気がした。
そんなはずない。
そう思うのに心臓が苦しいくらいドキドキして、スマホを持つ手が震える。
迷う、けど、まさかって思いながら振り返った。
「―――ただいま、奏汰」
ふわり、と笑うのは修史で。
「……え、……え。な、んで」
「あー。向こうついて、どうしようかなーって悩んでさ。新幹線使うかタクシーか。で、もうひとつの可能性に賭けてそのまま空港で待った」
修史が一歩俺に近づいてくる。
いい歳した男が泣くなんてあるわけない。けど、情けないことに目頭が熱くなって歯を食いしばって耐えた。
「で、待つこと1時間半。こっちの天候が良くなったみたいだったからー、飛行機で来たよ。奏、ここで待ってそうな気がしたし」
一時間で着くしな、と修史が笑う。
お前ずっとここにいて知らないんだろうけど、外もう雨止んでるよ。
って、修史は可笑しそうに目を細めて、そして俺の頭を撫でた。
「待たせてごめん。俺腹減ったからなんか食い行こう? で、一緒に帰ろう? 俺たちの家に」
「……」
修史が海外赴任になる前から俺たちは同棲をしていた。
赴任が決まってずっと俺は俺たちの家にひとりで帰る日々で。
「奏ちゃん、泣くなよ」
「……泣いてねーよ」
一年ぶりに会う恋人に泣き顔なんて見せたくない。
けど全部強がりになってしまいそうなのは自分がよくわかってる。
「……修史」
「おう」
「……修史」
「なーに」
一歩、踏み出す。
もう一歩、踏み出して距離がゼロになる。
触れる体温、懐かしい匂い。
「修史。―――おかえり」
ずっと、早く言いたかった一言。
「ただいま、奏」
抱き締められて、もう一度はっきりと伝えられる言葉。
少しだけ涙がこぼれて、それを修史が笑って。
空港だっていうのに―――人目も気にせず、いや、少しだけ気にして、触れるだけのキスを交わした。
END
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