48 / 71

第48話

「……見せられた?」 僕の奇妙な科白に、小山内先生の瞳が揺れ、困惑した表情を覗かせる。 「はい。……でも、その前に。ひとつ。……聞いても、いいですか」 ドクン、ドクン…… それまであった平常心が、簡単に崩れる。だけど、このまま崩れ落ちる訳にはいかない。 「黒川くんとは、……その、お付き合い、されてたんですか?」 「……」 不躾な質問をしてから、気付く。 現役の教師が、当時生徒だった彼との関係を、暴露する筈がない。 しかも、生徒に。 「……」 それでも、視線を逸らしちゃ駄目だ。 テーブルの下にある両手を、グッと握り締める。 「──いや。丸山が思ってるような関係は無かった」 「……」 「ただ……黒川に想いを寄せていたのは、確かだ」 「……」 真っ直ぐ僕に向けられる瞳。 真面目な表情ながら、気恥ずかしそうに瞬きをする小山内の頬が、仄かに赤く染まったように見える。 「あの頃は……人との繫がりが強かった分、今より周りの目が厳しくてな。生徒と一定の距離を保つのに精一杯だった。 黒川にだけ、特別扱いをする訳にはいかなかったんだよ。……だから、懐いてくる黒川の思いに、素直に答える事が出来なかった」 お冷やのグラスを掴み、グイと飲む。まるで、思いと一緒に飲み込むかのように。 「……」 二人は……親密な関係じゃ、なかった。 あくまで『教師と生徒』として接し、それ以上の事はなかった。 ……お互い、想い合っていたのに。 それがかえって、悲劇を招いてしまった。 もし小山内先生に、もう少し踏み込む勇気があったら。 もし……二人のプラトニックな関係が、許される世の中だったなら。 もう少し違う結末を、迎えられていたかもしれないのに── 「先生は、黒川くんがどうしてこの村に戻ってきたと思いますか? あんな……酷い目に遭って。世間からも白い目で見られて。今すぐにでもここを立ち去って、この村での出来事を忘れたいと思っていた筈なのに」 「……」 別に、先生が悪い訳じゃない。 でも、僕に二十年前の出来事を見せた理由がこれなら……少し位キツい事を言っても、いいよね。 先生をじっと見据えながら、テーブルの下にある両手を、再び強く握り締める。 「それは、──先生に会いたかったからです」

ともだちにシェアしよう!