50 / 71

第50話

そんな先生に、多少の罪悪感を覚える。 だけど……ここまで話して、引き返す訳にはいかない。 「黒川くんは、その返事を貰えるものだと信じて……来たんです。 先生に受け入れて貰えるかもしれないと……淡い期待を胸に、大きな鞄を抱えて……」 「……」 『何で来たんだ!』──夏祭り本番の夜。蛍が舞う田んぼのあぜ道で、白川に放った自分の声が、頭の中で響く。 ……これで、いいんだよね。 小山内先生に伝えて欲しくて……僕に、託そうとしたんだよね。 「……でも犯人は、それを決して許さなかった」 思い出すだけで、嫌悪感が増す。 異常な光景。鼻に纏わり付く、腐敗臭。 先程までとは違う、不整脈のような胸の高鳴り。 ………もう、手のひらの感覚が、殆どない── 「何時までも、小山内先生を想い続ける黒川くんに、苛立ちを隠せず……半ば強引に、あの小屋へと連れ込んだんです」 「……」 「中に入るなり、黒川くんは……犯人に、思い通りにされた。 実の父親にされたのと、同じように。 裸にされ。拘束され。犯人の妻に仕立て上げられて。 絶望の中、それでも………先生に会いたいと、ずっと犯人に……」 「──やめろっ、!!」 ダンッ── テーブルを叩く音と共に発せられる、がなり声。 喉奥から無理矢理絞り出したように、苦しそうに擦れていて。 「……、」 俯いたまま、目元を指先で摘まむようにして拭い、更に小さく丸めた肩を震わせている。 「もう、止めてくれ……」 「……」 ………言い過ぎた。 幾ら何でも、ストレート過ぎた。 今回の事件を聞くまで、きっと先生は、黒川くんの幸せを遠くから願っていた筈。 その彼が、まさか事件に巻き込まれていて、地元の土に埋められていたなんて…… そんなの、微塵にも想像していなかっただろう。 事件を知って、一番ショックを受けたのは、先生かもしれないのに。 「………」 そう思ったら…… 自分の浅はかさに気付き、恥ずかしくなって俯く。 それと同時に、ずっと強いと思っていた小山内先生の、繊細さと心根の優しさを……僕は初めて、垣間見たような気がした。

ともだちにシェアしよう!