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第10章 王子様6
北風がびゅうびゅう吹いて、身も凍りそうな寒さなのにどうして? と日向が思っていれば、洋子がベランダのほうを指差す。
窓の向こうには、雨乞いをする祈 祷 師 のように大雪が降り、マラソンが中止になることを熱心に祈っている心と鍛冶がいた。
「お願いします、天の神様。雪の神様。洋子ちゃんのお母さんたちが言っていたように雪を降らせてください。できればドカ雪で、今すぐ積雪三メートルは降るようにお願いします!」
「マラソンはいや、マラソンはいや、マラソンはいや……」
ふたりの異様な姿を目にした日向は目を点にする。クラスメートたちが“触らぬ神に祟りなし”でふたりの奇行に口出ししないようにしていたことを知ると、酸っぱいものを口にしたときのような顔をして、口をつぐむ。
そこへ日誌を取りに行っていた角次と朔夜が職員室から帰ってくる。
「みんな、外に出て名前の順に並べー……って、うっわ! 心ちゃんと鍛冶のやつ、変なことをやってるな!? どうする、朔夜?」
「引っ張り出す」と朔夜は答えるやいなや、角次に日誌を投げ渡し、ベランダのガラス戸を開けた。
「おい、そこの問題児ふたり! わけのわかんねえことしてねえで、さっさと教室に戻りやがれ!」
ガラス戸の手前にいた鍛冶は、ベランダを走って逃げようとする。
――が、朔夜に首根っこを掴まれてしまう。
「うわー、さあちゃんの馬鹿ぁ……! ぼくをいじめるなんて、ひどいよー!」とおいおい泣き始めた。
「ふざけんなよ、鍛冶。俺がいつ、てめえをいじめたんだよ!? 誤解を生むような言い方するんじゃねえ!」
「今、いじめてるじゃないかぁ!」
「ああ……」と情けない声を最後に、鍛冶は教室の中へ放り込まれてしまう。教室の床で四つん這いになってシクシク泣いている鍛冶を、衛と角次が「ドンマイ」と慰めてやる。
次はおまえだと朔夜は心に狙いを定める。
顔面蒼白状態になった心は欄干に、ひしとしがみついた。
「おい、落ちたら危ねえからよせよ!」と朔夜は心の行動をたしなめたが、心は一向にやめようとしない。
「いやよ、死んだって走らないからね! 朔夜くんの鬼、悪魔、人でなし! 私たちは走ることが大嫌いで、大の苦手だっていうのに……」と叫ぶ。
「仕方ねえだろ! 走るこのが、いやなら俺じゃなくて大林先生に言え。つーか、この授業、サボってみろよな? 先輩方にどやされるぞ!?」
「文芸部の先輩たちはね、運動部の先輩たちと違うんだから。みんな、走るのをいやがっているわ! 雪乞いの儀式を教えてくれたのも先輩たちよ!」と心は衝撃的な発言をする。
あまりのショックに変顔をした朔夜は、その場でずこっとこけてしまう。
「あのなあ……雪は降るときは降るし、降らねえときは降らねえんだよ。祈って降るようなもんじゃねえ!」
「やっぱり、祈るだけじゃ駄目なのね。生け贄 が必用なんだわ。二十一世紀の世界では生きている人間を殺しちゃいけないことになってるし、動物を神様に捧げるための祭壇を作る余力もないわ。こうなったら人形を代用にして」
ブツブツと心が物騒なことを口走ると教室にいる生徒たちは、ざわついた。
ブチッと血管が切れた朔夜は「アホなオカルト話に、いちいち付き合ってられるか! さっさと校庭に行け!」と心を抱きかかえる。暴れる彼女を教室へ連れ戻して「おかえりー、心ちゃーん」とのほほんとしている洋子に押しつける。
「やだー! 走るのなんか嫌いよ!」と喚く心の頭をよしよしと洋子は撫でてやった。
「大丈夫よー。走っていなくても、歩くのをやめなければ、制限時間内にゴールするわー」
「でもでも、だってー……」
すると校内アナウンスが流れ、担任が教室にやってくる。
生徒たちは校庭へ出るように促され、ぞろぞろと廊下へ出ていった。
朔夜はベランダの戸を閉め、大きなため息をつく。
「おはよ、さくちゃん。朝から大変だったね。お疲れ様」と日向は朔夜に声を掛ける。
「ああ、日向か。はよ。マジでこの時期になると大変だわ」
朔夜は日向に近寄り、彼の肩に頭を寄せる。まだ走ってもいないのに、疲れきっている朔夜の背中を日向は、やさしく叩いた。
「鍛冶くんがマラソン大会をいやがるのは毎年のことだけど、まさか心ちゃんまでああやっていやがるとは思わなかったよね」
日向が苦笑していると、朔夜が日向の背に腕を回して抱き寄せる。
「あー……俺だって、できることならマラソンなんかサボりてえよ。おまえと隣町にでもデートしに行きてえ」
「さくちゃん、ダメだよ。そういうことを考えちゃ。マラソンも大切な授業の一貫なんだから。第一授業をサボっているのを先生たちに知られたら大変だよ? さくちゃんのお母さんから拳骨を食らうんじゃない?」と日向が眉を吊り上げる。
「朔夜、あんた……一体全体、何をしに学校へ行ってるわけ? 学生の本文は勉強でしょうが!」
角を生やし、雷を落とさんばかりの勢いで怒る真弓の姿を想像した朔夜は、苦虫を噛み潰した顔をして「やめろよ、勘弁してくれ!」と日向に泣きつく。
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