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第2話

翌日。彼が起きてくる前にコーヒーを淹れ、淹れた後でミルクも牛乳も切らしていることを思い出した。 『ちゃんとお付き合いができる人を探している』 ……ということは、こっぴどい目に遭わされた過去でもあるんだろうか。それとも……。 俺は彼にとってちゃんとお付き合いできる人間か、それとも一晩限りの相手なのか、それは彼が決めること。……けどなぁ。28にもなっていつまでも受け身なのもどうなんですか、と胸の内で自分をつついてみる。 リビングのドアがぎぃときしみ、昨夜貸した俺のTシャツにアンダーウェアだけの恰好をした彼が、小さなテーブルの向かい側に座った。 「コーヒーはブラックでも平気?」 微笑んで頷いた彼の前に濃紺のマグカップを置いた。湯気の立ったマグに唇をつけ一口飲むと、おいし、と小さくつぶやいた。両手でカップを持ってコーヒーを飲む男性を見たのは、初めてだ。 「僕、これまで1人の人と長くお付き合いしたことがなくて」 「長く、ってどれぐらい?」 「3か月も続けば」 「ははっ。俺、3か月だったら3回ぐらいしか会えないうちに終わっちゃうな」 「1人でいるのは寂しいくせに、あまりにも近い距離に他人がいることにいつまでも慣れなくて、いつも自分から離れちゃう。それでまた寂しくなって……」 「また来ればいいんじゃない? ここでもいいし、店でもいいし。俺、そういう話を聞くのは、結構得意だから」 話している間、小さく「あ」という形で開いたままだった唇をきゅっと結んで、テーブルに置いたマグカップに彼が視線を落とした。……と思ったら、ぱぁっと赤みがさした顔を上げ、 「今日、髪を切りに行くんですか?」 「え? えぇ? 何それ」 「昨夜、マスターとそう話してたから」 ……あぁ。 店に顔を出したのが久しぶりだったせいか、俺がカウンターに座った途端に、「髪が伸びすぎ」とか、「主任になったんだからちゃんとしなさい」とか、マスターにいきなりオカンが憑依して。「ハイハイ」とあしらっても止めないものだから、「明日切りに行くから!」とムキになって答えたんだ。聞いていたのか、君はそれを。 「僕、たぶん最初にあの店で土屋さんを見た時から、ちょっと気になっていて」 「髪型が?」 「違いますよ」 ふふ、と唇をすぼめて笑う彼の顔をこちら側から見つめていると、彼が「ん?」と小首を傾げる。昨日、同じ仕草をベッドでも見せてくれた。ひとあたりの好い顔。きっと職場でも、友達の前でも、明るい時間帯はその表情が曇ることはそんなにないんだろうな。君が、大切だと思う相手に対してどうやって距離を測ればいいのか、息苦しい思いをしていることをたいていの人は知らないんだろうね。 「あのさ、君がもしも、俺のものになってくれるなら、ね」 ごとり、と彼がテーブルにマグを置く音がやけに大きく響いた。 「俺だけに見せる顔、見せてよ」 君が俺のものになるなら、いつも笑ってばかりいなくたっていいんだよ。それに、 「キライになったら離れればいいから、とかは言わないタイプだけど、好かれるための努力は惜しまないほうだから」 ふふ、とまた彼は笑って、 「そういうちょっと強引なところ、僕、嫌いじゃないです」 「強引? これって強引なの? 俺としてはわりと紳士的だと思うんだけど」 「紳士は『俺のものになるなら』とは言わないと思います」 そう言いながら、あはは、と彼が大きな口を開けて笑う顔を正面から初めて見た。 こういう「初めて見た」とか「初めて知った」を積み重ねていくのが、恋愛の楽しいところだと思わない? と、そのうち彼に話してみよう。

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