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酒は呑め呑め呑むならば

 その日、俺のむしゃくしゃはピークに達していた。  夜になっても気温がまったく下がらない、バカみたいなこの猛暑のせいではない。  いや、そのせいもあるが、とにかく俺の精神不快指数は針を振り切った状態であった。 (鍵村、こんな簡単な書類も出来ないのか) (鍵村、新入社員からやり直すか? んん?)  くそ厭味ったらしい上司の声がまだ耳に残っている。  ふざけるな、死ね、クソが。  腹の中で吐き捨てつつも、唯々諾々と従うしかない悲しき社畜の俺。  さらに先日金を貸した友人(もはや友人とも呼びたくない)が蒸発した。  保証人になったわけではないから、貸した金が返って来ない、というだけで、これ以上とばっちりを受けることはないが、千円とか二千円とかそんな単位の額ではないので、俺にとっては手痛い出費だった。  やくざに追われているのだろう友人に、逃げ切れ、とは微塵も思わない。むしろとっ掴まって、切り刻まれ、東京湾で魚の餌になればいいと思う。  そんな俺に追い打ちをかけるように、最近マンションの隣の部屋に引っ越してきた奴が、毎晩頼んでもいないのに、AV顔負けの喘ぎ声を聞かせてくる。  これが色っぽい女の声なら、おこぼれに与かってシコるおかずにでもさせてもらうところだが、男の喘ぎ声なのだ。  クソだ、クソ。どいつもクソだ。  しかし、そんな男の喘ぎ声に少しもよおしてしまう俺が、一番のクソだ。    俺は断じてゲイじゃない。  男のごつごつとした体よりも、女のやわらかな体の方が好きだ。巨乳ならなお良し。ガリガリよりも少しぽっちゃりとしている女が好みだ。  しかし、仕事が忙しすぎて、ここ数年彼女ができない。いや、付き合い出してもすぐに別れてしまう。  だから、肉欲を鎮めてくれる相手もいない俺の体は、欲求不満が過ぎて、こんな男の喘ぎ声ごときで容易く勃起してしまうのだろう。  憂鬱なことだらけの毎日を持て余した俺は、安酒を飲ませる居酒屋に行って、しこたま……それはもう、浴びるほどの酒を飲んだのだった……。  足元がふわふわと心地良い。  酒のちからは偉大だ。嫌なことを忘れられるし、楽しい気分になる。  大声で笑いたいような、ウキウキとした心持ちで、俺は繁華街の路地裏を歩いた。  店の裏口が立ち並ぶ、細い路地裏だった。こんな路地裏にも、昼間の暑さがムッと閉じ込められ、逃げ場もなく沈殿してるようだった。  表通りの光が届き切らない、薄闇の中、ビールの空きビンが入ったカゴが積まれているのが目に入る。  俺は何気なく、そのビンを一本、抜き取った。  茶色のビンが、大通りから漏れてくるネオンを反射して、キラリと光る。  俺はそれを振り上げて、手近な壁に叩きつけた。    ガシャン。  ガラスの割れる音が響き、俺は笑った。  もう一本抜き取り、今度は上司の名前を叫びながらそれを割る。 「ふざけんじゃねぇぞ、クソがっ」  掛け声とともに、ガラスが砕け、俺の気分は昂揚した。  もう一本。  次は友人だった男の名前を叫びながらビンを割る。  気持ちいい。  最高だ。  次は誰の名前を呼んでやろうか……。  新しいビンを手に取って、次のターゲットを考えていた俺の耳に、 「こっちです。変な音が……」  という女の声が聞こえてきた。  普通に考えれば不審な音を聞いた通行人に、警察を呼ばれたのだろうが、酔っている俺はこのとき、俺のことだとはこれっぽっちも思わずに、ただ、破壊衝動に夢中になっていたのだった。  笑いながらビールの空きビンを路地裏で割っている、そんな怪しさ満開の俺に、すぐ傍の背後から声が掛けられた。 「おい! そこのおまえ! なにをしているんだ!」  高圧的な声が俺に向けられた・・・・・・・・鍵村攻めルートへ 「そこのきみ、少し話を伺いたいのですが……」  やんわりと、たしなめる声が俺に話しかけてきた・・・・・・・・鍵村受けルートへ      

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