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濃密な夜の秘め事
肌に纏わりつく空気は、じっとりと言うより、ねっとりと言った方が正確だろうか。
温度が高ければ、湿度も高い。最低な環境だ。日本の夏が「不愉快だ」「過ごしにくい」と言われる原因は、ここにあるんだろうな。
季節柄、半袖を着ていて、腕はむき出し。不快感を紛らわすように、オレはそんな、どうでも良いことを考えた。
……まあ、今考えるような事でもないんだろうけど。
人間、普段とは違う環境になると、ちょっと思考が変な方向に飛んでいくものなのかも。
暑さの所為もありそうだけど。
とにかく、不愉快である事に変わりはない。
だけど、オレの表情はしかめっ面を作るんじゃなく、むしろ、口元は笑みの形を作っていた。
別にオレは、不快な事や痛い事が好きだという性癖の持ち主、いわゆる、マゾヒストってヤツではない。
個人の好みをとやかく口出す様な趣味もなければ、わざわざ口に出そうとも思わないけれど、「痛いのが快感」って言う様な人間の気は、正直知れない。
逆に、オレは有り体な言い方をするなら、いじめたい側だ。だけど誰彼構わずっていうんじゃない。1人だけ。たった1人だけ限定。
それもいじめるとか、意地悪とか、そういうんじゃなくて。
もっともっと、傷付けたいとか、オレを心身共に刻み込みたいといった、仄昏い願望。
情欲。
まあ、痛いのが良いって気持ちは、やっぱり分からないけど、その、オレがオレを刻み込みたいって願う、たった1人から与えられる痛みなら、大歓迎かも。
マゾヒスト上等、とさえ叫んでしまえる。
でも、もう、そんな未来なんて、絶対に訪れないけれど。
朝からずっと降っていた雨はもう止んでいて、窓から夜空と、星さえ見えている。
だけどやっぱり、この国では、雨あがりともなると、湿気が増して不愉快でしかないけれど。
薄暗い闇の中、ぼんやりと浮かび上がる白い輪郭。
雨の、埃っぽい匂いに混じる、濃厚な甘さを孕んだ鉄の匂い。
月明りや星程度じゃ、都会の夜に慣れた目にはオレの両手はよく見えない。
あの子から、痛みを与えられる事は、もう、ない。
だって今、こうして床に横たわって、赤い色した液体を流し続けている。空気を、益々ねっとりとしたものに変えている。
「これでずっと、ずっと一緒だね」
あの子が流す赤い色した液体で自分の両手を染めながら、オレはまた、にっこりと笑った。
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