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第5話

 翌朝。いよいよ合宿最終日。  朝からほとんど帰る準備、テニスはやりたいものだけが早朝に少しコートに入る程度だった。 正午にはマイクロバスが出発する。  真吾はいつものようにみんなに挨拶した後は、嵯峨の位置確認を試みた。 が、いない。 わざとらしくない範囲でちょろちょろと探してみるが、見当たらない。  昨夜体調が悪いって言ってたから、まだ寝てるのかも。 そう思って、しばらくは嵯峨のことを忘れ自身の荷造りなどに精を出していた真吾であった。 「嵯峨ちゃんおっそ!」 そんな声が聞こえたのは、それから一時間ほど経った頃だっただろうか。 「っせえなー、寝坊することぐらいあるだろ」 快活に笑う中にも、寝起き特有の気怠さが入り混じり、真吾の目にはなんとも色っぽく映ってしまう。 「せんぱ」  真吾が駆け寄ろうとすると、絶妙のタイミングで宇佐美が嵯峨に声をかけた。 「片付けとかやっとくから寝てな。まだキツそうじゃん」 「お前にはなんも隠し事できねーのな」 嵯峨はフッと笑うとまた部屋の方へと消えていった。  無性に腹立たしい。 それが嫉妬の念だと、自覚はしている。 ぶつけどころのない、醜い感情を持て余したまま、真吾は黙々と帰り支度をこなした。  帰りのバスの中でも、嵯峨と宇佐美は隣同士。 今までもそうだったかもしれない。 今までならなんとも思わなかったのかもしれない。  現実から逃避すべく、真吾はスマホからイヤホンで音楽を聴きながら目を閉じていた。 いつのまにかうとうとしていたようで、意識を取り戻した時にはすっかり音楽が終わっていた。 「…にしてもスドシンやべーよな」 小声ではあるが、はっきりと耳に飛び込んできた自分の呼び名。 思わず見開きそうになった目をすんでのところで閉じたまま、じっと話に聞き入る。 「嵯峨ちゃんかなり弱ってたもんなぁ」 また別の誰かの声。 「んなことないって」 嵯峨の声だ。 「んなことないわけないだろーよ、俺に隠せると思ってるのか?」 大げさな口調で得意げに話しているのは宇佐美の声だ。 「お前がはっきりしないのも悪いんだぞ、中途半端な優しさは時に人を傷つけるんだからな」 「なんだよ、人に優しくして説教されんのかよ」  嵯峨が笑っている声が聞こえる。 あんなに焦がれた、あの笑い声が、今は遠く遠くに聞こえる。  それ以来真吾の元へ嵯峨が寄ってくることはなかったし、常に誰かと一緒にいるようになった。 まるで真吾と二人きりになるのを避けているかのように。  サークルの仲間も、概ねの経緯を把握しているのだろうか、真吾にはなんだか奥歯に物が詰まったような話し方をするのだった。

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