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ぐらりと視界が歪んだ時、ふと、もうどうにでもなってしまえとそんなことを思った。倒れ込んだ先で彼が優しく支えてくれる。 右手に持っていたコップは机に置き損ね、俺の服へとビールがこぼれた。冷たいそれが染みていき、服の色が変わるのをボーッと見つめていると、何をしているのかと隣から呆れた声がした。 「佐久間、お前飲みすぎやって。もういい加減にせんと。そんなことしちょっからこうやって酒もこぼすんやろ」   「ありさわぁ……」 「そうやって甘えた声を出しても無駄。ほら、とりあえず退いて。服と床を拭かんといかんやろ」 顔だけ見ると怒っているように思うけれど、方言のせいで怖さが半減している。俺は謝りもせずに、有澤に抱きついた。ビールまみれのままで迷惑だろうに、それでもどうしても離れたくなかった。 「佐久間、どうしたと?」 俺の頭をぽんぽん叩きながら、片方の手で近くに置いていたタオルへと手を伸ばし、有澤は床を拭いた。怒るのをやめたのか、無理矢理引き剥がすことはなく、俺の好きなようにさせてくれている。こんなふうに有澤はいつも俺に甘いのだ。 「有澤……っ」 初めて会った時からそうだった。穏やかな顔をして穏やかな口調で、安心感をくれる存在だった。隣はとても居心地が良くて、何をするにもずっと一緒にいた。こうして家で飲むこともしばしばあって、俺は彼に気を許していたし、彼もそうしてくれているようだった。人付き合いが苦手な俺だったから、優しくしてくれる有澤は誰よりも特別になって、そのうちその特別が友人を超えていることに気づいてしまった。 ゲイではないのに、有澤を好きになってしまったと、その気持ちに気づいてすぐは戸惑っていたけれど、有澤なら仕方ないとも思った。彼は魅力的なのだ。いつも周りには人がいるし笑顔で溢れている。一緒に時間を過ごしていれば、恋愛感情を抱くのも珍しいことではないだろう。 「だから佐久間、どうしたとって。名前だけ呼ばれても俺は何も分からんよ? ちゃんと何があったか言ってくれんと」 「……っ、」 みんなの有澤くんだ。それは十分に分かっている。俺はその友人の中でも少しだけ多く仲良くしてもらっていて、でもそれは俺が他に友人と呼べる存在がいないから気を遣ってくれているだけかもしれないとの自覚もきちんと持っている。それでも良かった。一方的な想いを持ち続けることになっても、それでも俺は、有澤が好きだったから。 「みんなの有澤が、誰かのものになるなら、その前に一度だけ、俺のものにしたっていいだろっ」 理不尽な理由を彼にぶつけた。 昨日女の子と一緒に歩いていたと、今朝学校で話題になっていた。とても良い雰囲気で彼女としか思えなかったと、あんな可愛い人なら応援するしかないと、みんなの有澤くんが誰かのものになったかもしれないと言うのに平気そうな顔をしてそう言っていた。 俺は、応援できない。 「佐久間……? お前何し……って、」 「有澤っ、」 応援したくない。 俺は、抱きしめてくれていた有澤をそのまま床に押し倒した。彼より少しだけ力の強い俺には容易なことだった。抵抗している彼を無理矢理押さえつけ、スウェットを下げるとペニスに触れた。 「佐久間、何しちょっつや! やめろっ、」 怒鳴る有澤に申し訳ないとは思わなかった。これっきりで今後はもう友人としても関わらないからと、それだけの覚悟はあるのだ。ここでやめられるわけがない。他人のペニスなんて触ったことはないから分からないけれど、自分が触って気持ちの良いところを集中して責めた。 本気で抵抗すれば、逃げることはできるのに。そうしないのは、それも彼の優しさなのだろうか。いっそのこと気持ち悪いと叫んでくれたら、散々罵声を浴びせて軽蔑してくれたら、俺はこうして有澤を傷つけなくて済むのに。 「佐久間っ」 少しずつ反応を見せ始めた彼のペニスを、今度は口に含んだ。ねっとりと舐め、裏筋を舌で刺激すると、びくりと腰が動き、口の中で大きくなった。根本から舐めあげた後、全体を含むように奥まで入れる。ひねりながら上下すると完全に有澤のが勃った。 「やめて、それだけは……」 「やめない」 彼に跨がり、ズボンを脱ぐと自分のと合わせて擦った。咥えながら勃っていた自分のソレからは先走りがこぼれ落ち、彼のお腹へと垂れた。それを指先で掬い、自分の秘部へと指を入れる。痛いし、異物感がたまらなく気持ち悪いけれど、そうでもしなければ今だけ彼を自分のものにすることはできない。 「酔ってしていいことじゃあないって。佐久間、後悔するよ」 「酔ってない! 後悔しない!」 「佐久間っ、」 「ってぇ、」 もどかしくて、もう無理にでも入れてしまおうとしたけれど、裂けるような痛みが襲い、先っぽすらも入らない。それでもと押し込もうとした時、勢いよく起きあがった有澤に押し倒された。今度こそ本気で抵抗されて、軽蔑されるんだ。唇を血が出るくらいに強く噛みしめる。 「慣らしてないのに入るわけないやろ。お前が痛い思いするだけよ? 血、出てきたやん。何でこんな自分を傷つけるようなことをするとね」 相変わらず怒りが伝わりにくい口調だけれど、聞いたこともないくらいに低い声で、それが怖く思えた。でも出てきた言葉は怒っているというよりは俺を心配しての言葉で、その優しさに涙が溢れた。 「そんなの、好きだからに決まってんだろ! 片想いで我慢できてたのに、お前が、彼女作ったから、だからっ、」 勝手なことをしてごめん、好きになってごめんと、今更ながら罪悪感が湧いた。後悔するかしないか、俺だけの問題じゃあないのだ。これっきりにする覚悟だとか、それも全部俺の勝手だ。有澤は俺のことを考えてくれているのに、俺は嫌になるほど自分のことしか考えられていない。 今だってこうして気持ちをぶつけて泣くことしかできないだなんて。 「ちょっと待って、佐久間、俺のこと好きやと? って、さっきも変なこと言よったけど、俺、彼女おらんよ」 「だって、昨日っ、可愛い女の子とっ」 「え、昨日……? 昨日? あっ、それは兄貴の奥さんだ。帰り道に偶然会って、兄貴のこと色々話してたから。確かに可愛い人やけど、何がどうなっても彼女ではないし、それ、みんなの勘違い」 「……え?」 「それであんなにお酒飲んで、こんなことまでしたっちゃね。お前、俺のこと好きやったのか……」 頬の熱が一気に上がったのが分かった。どこかに逃げてしまいたくて、帰ると一言そう伝えると、有澤の手から逃れ、自分のズボンを握った。 「……っ、」 勝手な勘違いをして迷惑な感情を押しつけて、あげくあんなことまでして。最悪な形で気持ちを伝えることになり、それで友人関係も終わりだなんて。 帰るとそう言ったのに、どうしようもない感情が溢れ、ズボンを掴んだまま固まってしまった。これからどうしたらいいのか分からない。責めてこない有澤も怖いし、自分で脱いだこのズボンの履き方も分からない。 「佐久間……」 「……っ」 「この流れで言うのもアレやけど、俺も、お前が好きだよ」 「え……」 聞き間違えたのかとそう思い脳内で再生するも、言われたのはやはり告白で。どいういうことだ? とぐるぐる考えながら有澤の方を見ると、俺が下げてしまったスウェットを戻しながら優しく笑っていた。 「ちょっと目のやり場に困るかい、この毛布かけてて」 俯せ状態だった俺を起きあがらせ、それから胡座をかいたそこに座らせると、有澤は俺にベッドにあった毛布を引っ張って掛けてくれた。背中を覆うように抱きしめられ、触れ合っているそこから熱が伝わり、緊張で足の指に力が入る。手には汗が滲んだ。 「何かの冗談? 俺がお前に嫌なことしたから、俺が一番嫌がる方法で仕返ししてる?」 「何でそんなこと俺がすると思ったと? 冗談で好きって言葉を言うわけないやろ。その言葉は冗談で言うべきものじゃあないって、お前だって分かってるくせに」 俺を抱きしめる力を強くして、また俺に都合の良い言葉を吐く。……本当に信じてもいいのだろうか。 「……本気にしてもいい?」 「してもらうつもりで俺は言ってるっちゃけど」 まだ聞くのかと、有澤が拗ねたようにため息を漏らした。ああ、こんなことが現実に起こるだなんて。神様が結んであげようと応援してくれるような、そんな行いは何一つしていないのに。有澤の意志でこの結末を迎えたなら、彼はとんだバカだ。俺なんかを特別に思ってくれるだなんて。 「だったら」 だってこれだけ言われてもまだ、信じられないとその気持ちが勝ってしまうんだもの。信じさせてよと、自分に自信のない俺には、どうしたって証拠が必要なんだ。 「俺だけに見せる顔、見せてよ」 振り向いて、有澤の襟元を掴んだ。顔は涙でぐちゃぐちゃにしたまま、勝手な言葉をぶつける。 「みんなの有澤じゃあなくて、俺の有澤だって、俺だけの有澤だって、ちゃんと見せてよ」 みんなに優しい有澤の笑顔と、俺に向ける笑顔の差も分からない。有澤のことを長い間見てきたというのに。そんな俺に分かるようにちゃんと証明してみせて。 有澤! と悲鳴にも似た声でそう叫べば、毛布にくるまれたまま床に押し倒された。有澤は穏やかな顔とも少し怒った顔とも違う、どこか冷たさのような、それでいて執着心を滲ませたような、そんな初めて見せる表情をしている。 「有澤……っ」 「人付き合いの苦手なお前に優しくしたのも、甘やかしてきたのも、全部好きになってもらうためって言ったらどうする? 俺はそれだけ本気よ。お前が俺を好きになるのも、いつかこうして爆発するのも分かってたよ。みんなに昨日のことを彼女とのデートかと聞かれた時だって俺は一切否定せんかった。お前に嘘が伝わるようにってわざとね。それでもお前は、そんなことをした俺のこと好きって言えると? 逃げないで付き合える?」 「うん、好、き……」 黒くて、でも俺にとってはとびきり嬉しい言葉に支配され、彼の腕の中で震えた。そっと頬に手を伸ばし包み込むと、その手を舌でなぞられる。 「たとえお前が俺だけしかおらんからって、それで俺を好きになったとしても、俺は遠慮なくそこに付け込むかいね」 ぬるりとした感触の後に、甘い痛みを感じた。噛まれた手のひらには歯形がくっきりと写り、舌なめずりした彼が今度は俺の唇にかぶりつく。 「俺の物って印、見えるところにも、お前の中にもいっぱい付けちゃる」 「あっ……」 俺だけに見せる顔。俺だけが彼の特別な存在。どんな意味であれそれは現実になったのだ。されるがままに求められながら俺は、強く彼の背に爪を立てた。 END

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