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第41話
「ちゃんと見ぃや。ここに痕、付けられて帰ってきたんや」
「……」
「精子の採取もしとる。シロだと言い張るんやったら、DNA鑑定してハッキリさせようか?!」
煽りながら僕の襟ぐりを引っ張り下げ、細い首筋を相手に晒す。
「……」
そこに集中する視線。
吊し上げられ、晒し者にされたような気分。居たたまれなくなり、目を伏せて俯く。
「……この度は、うちの樫井が大変ご迷惑をお掛け致しました」
マネージャーだろうか。
樫井の隣に立つ年配の女性が、神妙な面持ちで深々と頭を下げる。その様子に焦った樫井が、攣 られて頭を下げた。
「……」
媚薬を使い、アゲハの身代わりとして僕を思い通りにした上に、……及んだ行為を誤魔化して、揉み消そうとした。
そんな卑劣な人間が、いま目の前で頭を下げている。
「──口先だけの謝罪なら、いらんわ!」
ドスの効いた声で威嚇する凌。
と、ソファを避け、凌の前に出た樫井が両膝を付き、額を床に擦りつけるようにして土下座をする。
「……申し訳、ありませんでした」
背中を小さく丸めた身体。
床に這いつくばる、憐れな罪人。
一筋縄ではいかなかったこの人を、冷ややかな気持ちで見下ろす。純喫茶で、僕に泣いて縋り付くハルオを見た時のように。
僕一人では、こうはいかなかった。
やっぱり凌は……凄い。
「誠意の見せ方なら、……もっと他にあるやろ」
……え……
悪意に満ちた声。
想定外の台詞に驚き、隣に立つ凌を見る。
足先を、床に伏せる樫井の頭頂部まで近付き、静かに見下す凌は……まるで魂を悪魔に売ってしまったような、とても悪い形相をしていた。
「……は、はい」
マネージャーらしき女性が、慌てた様子でハンドバッグから何かを取り出す。
「申し訳ありません。……どうか、お納め下さい」
震える声。
樫井の隣に駆け寄り、両手で凌に差し出したのは──厚みのある茶封筒。
……まさか……
考えるよりも先に、嫌な感覚が全身を纏う。
「なんや、わかっとるやんっ!」
先程までとは違う、上機嫌に転じた軽い口調。
片手で受け取った凌が中身を半分程取り出してみれば……
それは、紛れもない──札束。
ビラビラと空気を含ませるように札束を弾くと、封筒に戻す。
その様子を、少しだけ頭を上げた樫井が様子を覗っていた。
「……水神ぃ、お客様がお帰りや。玄関まで見送ったって」
バンバン。
金額に満足したんだろう。その茶封筒で手のひらを叩き、入口付近に立つ水神に命令する。
「……」
僕と目が合った女性が、深々と頭を下げる。
その横で頭を上げた樫井が、僕を恨めしそうに睨み付けていた。
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