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第88話
透に追い出されてタクシーを捕まえて家に帰ると、マンションの前に座り込んでいる人影が目に入る。
まさかと思いながらも近寄ると、体育座りをしたまま顔を膝に埋めている大堀の姿を発見した。
近くに寄っても動く様子はなく、まるで置物のように固まっている。
「おい。」
そう声をかけても、大堀はじっと動かない。
こんなところで何をしているのかと聞こうと思ったが、顔をぐいっとあげると……
目をしっかりと閉じて眠っていた。
「……まじかよ。」
こんなところでよく眠れるなと呆れながら、仕方なく脇に手を入れて持ち上げる。
身体も心もくたくたに疲れているはずなのに、大堀のずっしりとした重さは逆に心地が良かった。
そのまま背中にのせると、首筋に柔らかな頬が触れる。
歩くたびに吐息が耳をくすぐるせいで、溜まりに溜まっている性欲が呼び起こされそうになる。
背中にぴったりと感じる温もりや規則正しい寝息に、なんだか安心してふにゃふにゃと力が抜けてしまいそうになった。
ようやく部屋に辿り着き、大堀をベッドに下ろしてから……
俺もそのままごろんと倒れ込む。
規則正しい寝息をたてて、安心しきった顔で眠っている大堀の頬を撫でていると……
自分のすべきことを見失いそうになる。
透が家を継げば俺は用なしというわけで、そしたら……
――そしたら、ずっとこいつと一緒にいることも可能なのだろうか?
透にすべてを背負わせて、逃げてしまえばいい。
そんな狡い考えが頭に浮かぶとともに、冴木の顔も思い出した。
「俺……どうしたら、いいと思う?」
大堀にそう尋ねても、もちろん返答はない。
こいつの顔を見ていると、ここにいたいと思ってしまう。
飽きることなくその間抜けな寝顔を見ていると、大堀が薄く目を開けた。
「……相葉?」
「何?」
「まだ、怒ってる?」
そう不安そうな顔で問われて……
いつの話だと呆れながら、柔らかな頬をむにっと摘まむ。
「……もう、怒ってねえよ。」
っていうか……
今は、それどころじゃない。
透の結婚のこととか、跡継ぎのこととか、透に冴木のことを話してしまったこととか……
色々問題は山積み。
だけど、こいつの顔をみていると……
なんだか全てがどうでもよくなってしまいそうになる。
「よかった。」
そう言って緊張感のない顔で微笑むと、首に腕を絡ませて抱き付いてきた。
久しぶりの感触に背中をぽんぽんと撫でていると、大堀がなぜかおれのベルトを外し始めた。
「……何、してんだ?」
「えっちしよ?」
「は?」
「だって、セックスしないのが嫌だったんだろ?」
その一言に、なんだか本当に身体の力が抜けてしまった。
俺が男に妬いていたなんてことよりも、大堀の耳にはヤらせてくれないっていう言葉のほうが響いていたようだ。
身体ばかりが目的なんだと思われているのが癪だが、今までの自分の行いを思い出すと……
そうとられても仕方がないようにも思えた。
大きなため息とともに布団を肩まで掛けて髪を乱雑に掻き混ぜると、大堀はぽかんとしたアホ面で俺を見つめている。
「……寝ろ。」
「え?」
「寝ろ。」
「しねえの?」
「付き合ってからする。」
「……ん。」
俺の言葉に小さく頷きながら、大堀に手を引かれて俺も布団の中に潜り込んだ。
まだまだくっついていたら汗ばむくらいの気温だが、それでも人肌が心地よかった。
独りだとあんなにも広く感じていたベッドが、寝返りを打つのも躊躇われる程狭く感じる。
近くにいるのに邪魔じゃなくて、逆にもっと近づきたいと……
そんな風に思ってしまう。
実家ではあんなにも息苦しい思いをしていたのに、大堀といると近寄っても息苦しさは感じない。
むしろ、この距離が心地いい。
このまま目を閉じて眠ってしまおうと大堀の身体を抱き寄せると、さっきまでは自分から抱き付いて来たくせに……
身体を強張らせ、胸を押された。
「なんだよ?」
「あ、いや……ええと。」
「……何?」
「おっきくなってる。」
そうわざわざ下半身事情を指摘されて、仕方なく少しだけ隙間を空ける。
「そりゃ、好きな奴とベッドで寝てたらこうなるだろ?」
「まだ、俺のこと好き?」
「お前、また喧嘩売ってんのか?」
「売ったのは相葉じゃん?」
「いや、どう考えてもお前だろ?」
「俺は普通に仕事してただろーが?」
目くじらを立てて反論する大堀に、ふと気になっていた疑問が浮かぶ。
「お前、俺がなんでキレてたか分かってんの?」
「……は?」
俺を見て固まっている姿に、何も伝わってなかったんだということがようやく理解できた。
結構前から好きだって告白してんのに、ただの友達扱いをされたことや男に媚びを売る姿を見て、俺が何も感じないとでも思っているのだろうか……?
こいつと話していると、本当に疲れる。
「男と話しているだけで嫉妬するくらいには、お前に惚れてる。」
「……あの人、ただのお客さんだよ?」
「嫌なもんは嫌だ。」
「わがまま。」
そう言って笑う大堀のことを抱き寄せて、耳元でもう一度告白する。
なんで好きなのか、どこが好きなのか……
こいつが俺の気持ちをちゃんと理解できるまで、一晩中同じ言葉を繰り返し続けた。
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