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第99話

日曜日。 いつものように大堀のバイト先で課題をこなしていると カバンに入れっぱなしだったスマホが、ぶるぶると震える。 ちょうど集中し始めたところで、放っておこうとしばらく放置していたが…… いつまで経っても鳴り止むことはない。 ――クソ、しつこいな……。 それと同時に冴木に何かあったのではと思い、イラつきながらも恐る恐るディスプレイを覗く。 すると、相手が透ではないことに安堵しながらも、掛けてきた相手に眉を潜める。 「相葉 崇」 つまり、親父だった。 ――出たくねえな……。 随分前に親父からメモを渡されていたが、女性には連絡していない。 そのお咎めだろうとすぐに察したが、怒られるのが分かっていて出るのも面倒で…… しばらくすると電話が切れてほっとしていると、間髪入れずに再びスマホが震えだす。 ――本当に、しつこいな……。 自分のことは棚に上げ、いつも大堀から言われる文句をそのまま親父にぶつける。 俺がしつこいのはこの人の血筋かもしれないと思いながら、仕方なくスマホを持って席を立つ。 12月に入ってから、この何もない駅前にも簡易なイルミネーションが飾り付けられているようになった。 クリスマスだなんて、無宗教の俺には全く関係のない日のひとつだと思っていたが…… まるで周りから責め立てられるように、その雰囲気にのみこまれつつある。 駅前ということもあり、まだ午前中なのに人通りは多い。 恋人か友達かは判断つかないが 俺と同じくらいの年齢の男女が、楽しそうに会話を交わしながら改札に向かっていく。 その背中を視線で追いながら、その姿を自分と大堀に当てはめてみる。 ――あれが、デートか……。 会話の内容までは聞こえないが、どちらも何やら楽しそうで微笑ましく思う。 今までなんとも思わなかった景色が、大堀といることで違う景色に映る。 新宿まで手を繋いでぶらぶらと歩いた、あの時初めて味わった苦しい気持ちと晴れやかな気持ちが懐かしい。 それが今では首にキスマーク残されるくらいに、大堀の気持ちが成長しているのかと思うと…… 2ヶ月も経っていないことなのに、その時間の経過が愛おしく思った。 その時間の経過を愛おしいと思う反面、冴木にとってその時間は彼を蝕むもので なんだか、世の中上手くいかない。 そんなことをしみじみと考えていると、再びスマホが震えはじめる。 「もしもし。」 「ああ、司。元気か?」 「ええ、まあ。」 親父の声は怒気を含んだものではなく、久しぶりの俺との会話を戸惑っているように思う。 実家で暮らしていた時も、挨拶以上の会話を交わすことはほとんどなかったせいか 俺との距離感を掴めていないのかもしれない。 それはもちろん俺も同じことで、一対一で話すとなると…… 無言に耐えられずに話題を探すことから始めなければならない。  何から話せばいいのか…… そんなことを考えていると、親父が妙な間をあけて話し始めた。 「今日、会えるか?」 「え?」 「都合悪いか?」 「まあ、大丈夫ですが……。」 都合は悪くもないが、休日にわざわざ会いたくはない。 その言葉を飲み込んで渋々承諾すると、電話口から安堵の声が漏れる。 俺が思うよりも、親父の方がずっと緊張しているのかもしれない。 そんなとっつきにくい俺と話す内容は、きっと楽しいものなはずはなく 重苦しい気持ちを抱えたまま電話を切った。 *** 「遅くなりました。」 親父が指定した場所は実家ではなく、なぜか実家の最寄り駅のそばにある喫茶店だった。 古い作りのその店は、洒落た雰囲気は感じないが…… どこか落ち着ける場所だった。 祖父のサボカフェを彷彿する店構えに、少しだけ気持ちが和らぐ。 「今日は勉強か?」 「ええ、まあ。」 曖昧にそう濁すと、親父はこちらをまっすぐ見つめながら早速本題を切り出してきた。 「早速だが、例の彼女から連絡があったのだが……。」 「はい。」 「向こうから、お断りの連絡を頂いた。」 「そうですか。」 俺の素っ気ない反応を見て、親父は落胆するとでも思っていたのか 意外そうに眉を潜める。 どうやら、俺があの女を本気で気にいっていると信じて疑わなかったらしい。 相変わらず、俺の感情には無頓着な親父に、心の中でひっそりと息を吐く。 「……気が、合わなかったのか?」 「いえ、それ以前に連絡しませんでした。」 「何だと?」 親父の顔色が変わったのを見て、彼女がそれも伏せて親父に話したことを知る。 名前も顔もうっすらとしか覚えていないが、俺から連絡を絶つなんて…… 彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。 確かに美人だった気はするが、誰にでも好かれて当然だというその根拠のない自信は 一体、どこから湧いてくるのだろう……? そんなことを考えながら、自分に対して全く自信のない大堀の顔を思い出す。 あまりにもタイプが違い過ぎて、俺が気に入るわけがないことがよく分かった。 親父の視線に気がついて、俺も親父をまっすぐに見つめ返しながら 大堀と約束したことをはっきりと口にする。 「今、付き合いたい人がいますので……。」 そう短く答えると、親父はなぜか信じられないようなものでも見るような目で固まってから 嬉しそうに顔にくしゃりと皺をつくった。 「そうか、そうだったのか!今度、家に連れてきなさい。」 ご機嫌でそんなことをいう親父に、期待させすぎるのも面倒で…… でも、どう切り出していいのか分からない。 「司、どうした?」 俺が無言で俯いていると、親父は不思議そうにそう問いかけてきた。 「父さんは、気に入らない人かもしれません。」 「……どういう意味だ?」 「そのままの意味です。」 俺の答えにしばらく眉を潜めたまま睨まれたが…… 別に今更疎まれたところで、心は少しも痛まない。 視線を真正面から受け止めながら、俺も無言で親父を見つめ返す。 「お前が気に入っているのなら、私も否定はしない。」 「それは、どうでしょうか?」 まさか男を連れてくるとは夢にも思っていないのか、それとも何か勘付いてはいるのか…… 俺の問いかけにも、親父のポーカーフェイスは1ミリも崩れない。 「お前のことは信頼しているし、期待もしている。」 そう静かに言うと、伝票に千円札を数枚挟み さっさと腰を上げる。 ――やっぱり、逃げたか……。 「……嘘ばっかり。」 親父の背中を見つめながら、そう思った。 牽制をかけておけば、大人しくしているとでも思っているのか…… 聞きたくないことには耳を塞ぐスタイルは、昔から少しも変わっていない。 はっきり男だと断言してしまえばよかったなと後悔しながらも、大堀に何かされては堪らない。 もっと慎重になったほうがいいのか、はっきり宣言して見放されたほうがいいのか…… そんなことを考えながら、カップに口をつける。 舌に残る苦さは嫌いではないが、やはりサボテンさんの美味い珈琲を味わいたい。 いつになったらあの味が飲めるのかと思いながら、煙草を銜えて火をつけた。

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