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第106話

頭上に響く微かな物音に意識が浮上し、目を閉じたまま手を伸ばす。 すると、鳴っていたのは俺のスマホではなく相葉のもので…… いつもよりも長めに鳴る振動音に電話だと気がつき、目を閉じたまま相葉を揺する。 「相葉?電話っぽいよ。」 昨晩の酒とセックスで擦れてしまった声で呼びかけると…… 珍しく深く寝入っているのか、起きる様子はない。 どうしようかと迷っていると、電話が切れてしまう。 ――あー、切れちゃった……。 自分のスマホの時計で時刻を確認すると、まだ明け方の6時前。 外を見ればまだまだ暗く、一見すると夜にも思える。 こんな時間にかけてくるということは、よっぽどのことかと思うと…… 誰からの電話なのかが気になった。 悪いなという気持ちと、こんな時間に平然とかけてくる相手に嫉妬心を覚えながら 恐る恐るスマホを開く。 すると、ロック画面を見て、半目だった視界が一気に全開になった。 ――なんで、俺の写真……? ぐーすか寝ている俺の写真がなぜか相葉のロック画面に設定されていて 背景を見ると、どうやら車中で撮られたものらしい。 昨日、身に着けていた自分の服装を思い出し あの時撮られていたのかと思うと、妙に照れる。 変な対抗心から人のスマホを勝手に見てしまった罪悪感が急に込み上げてきて それ以上盗み見る気にはなれず、静かにスマホを閉じた。 隣で眠る相葉を見つめると…… なんだか、いつもよりも疲れた顔をしている気がする。 俺がぐーすか寝ている間に4時間も1人で運転し、俺が酔っ払って寝ている間に手を出してきたんだから いつもよりも疲れていて当然で…… ぐったりと寝入る姿に、思わず笑ってしまった。 ――なんか、寝顔かわいいかも……。 肘をついてまじまじと顔を覗き込むと、少しだけ透さんに似ている気がする。 生意気な言葉遣いとか、眼光の鋭さとか…… そういうものを差し引けば、とてもきれいな顔をしているんだなと改めて思う。 ――なんで、俺なんかがいいんだか……。 このルックスなら女なんて選びたい放題だろうし、頭も家柄もいいみたいだし「わざわざ俺みたいな男に引っかからなくても……」と思ったところで、ぶるぶると首を振る。 「釣り合ってないな」という自覚はあるけれど…… でも、やっぱり…… 誰にも盗られたくない。 汗で張り付いた額の髪をちょんと払うと、首筋にくっきりと残る赤い痕に気がついて なんだか気恥しくなってしまった。 ――記憶にないくらい酔っていたはずなのに、独占欲丸出しじゃん……俺。 昨晩のことを思い出し、1人でへなへなと赤くなりながら もはや袖を通しているだけになっていた浴衣の前を整えて、ゆっくりと上半身を起こす。 俺の胸には至る所に愛された証が残っていて、重だるい身体の割に心は軽い。 相葉を起こさないように気をつけながら大きく伸びをしていると、再びスマホが振動する。 しかし今度は相葉のではなく、俺のもので…… スマホを掴んだまま布団を抜け出し、声を潜めて通話ボタンを押した。 「もしもし?」 「よお。」 「あ、サボさん?」 久しぶりに聞く落ち着いた低音に、なんだか懐かしさを感じてしまう。 「司は?」 「相葉は、まだ寝てるけど……?」 俺がそう言うと、にやついた声で話し始めた。 「あー、お楽しみで疲れてるとこ悪かったな?」 「……エロじじい。」 「楽しんだ?」 「酔って意識飛んでたから、あんま覚えてない。」 「うわぁ……司、かわいそー!」 サボさんは朝っぱらからテンションが妙に高めで、大げさな反応を返される。 それに比べて俺はというと、二日酔いのせいか、体位をぐるぐる変えられたせいか…… 頭もだるいし身体も重い。 さっさと電話は済ませて朝飯まで寝なおそうと思い、欠伸をしながらサボさんに用件を促す。 「で、用件は?」 「ああ、悠哉が目覚めた。」 「え……本当?」 「ああ。今はまだぼんやりしてるけど、一応報告な。」 「そっかぁ……本当によかった!」 昨日、病室で眠る冴木さんを見た時は「このまま、目を覚まさないんじゃないか?」とすごく不安だったけれど…… 嬉しい報告に思わず声が大きくなる。 透さんもすごく疲れた顔をしていたから、これで少しは安眠出来るかもしれない。 それに、サボさんとも話をする時間が出来たことが嬉しかった。 ――もしかしたら、千羽鶴効果かもしれない……。 心の中で2人に感謝を述べながら 一刻も早く伝えたくて、相葉の眠る布団をちらちらと見つめる。 「じゃあ、それだけだから。司にも伝えて置いてくれ。いちゃついてたとこ邪魔して悪かったな!」 矢継ぎ早にそう告げると、さっさと電話を切ってしまう。 相変わらずぶっきらぼうで、一方的な会話に笑いながら、相葉の布団に潜りこんで腕を揺する。 「相葉っ!冴木さん目覚めたって!!」 「んー……。」 まだ眠っているのか、目を閉じたまま薄い反応だけ返される。 「相葉?ねえ、聞いてる?」 肩を揺すってそう問いかけても、今度は静かな寝息だけ返された。 一緒に喜びたくて顔をぐっと近づけると…… 気配を感じたのか、目を閉じたままキスをされて抱きしめられる。 「起きた?」 ようやく起きたのかと思って頬を指先でつついてみたが、それを咎めることはしない。 いつもすべすべの頬には、ぽつぽつと無精ひげが目立ち 顔を出したばかりの朝日に照らされて、ざらついた肌が露呈している。 体質のせいか、男性ホルモンが不足しているせいか…… 俺の場合は2日剃らなくても、大して髭は伸びない。 「俺とは違うんだなぁ」という身体の違いをしみじみ感じながら、ざらついた頬に手を伸ばす。 ちくちくとした感触を指腹で確かめていると、先ほどよりもきつく抱きしめられて 頬に顔をすりすりと擦り付けてきた。 「髭、痛いっ!」 じょりじょりするからと顔を背けても、わざとかと思うほど頬に擦り付けられ 逃げてもしつこく繰り返される。 仕方なく相葉にされるがままにしていると、今度は脚を絡ませてきた。 太腿をゆっくりと擦られ、敏感な内腿がぞくりと震える。 「……本当に、寝てんの?」 昨日イけなかったせいか、身体にはまだ熱が残っていて…… その刺激だけで脚の間にあるものがじんじん疼く。 触って欲しいのに、相葉は俺の背中を抱きしめたまま微動だにしない。 「相葉……?」 筋肉質な脚に昂ったモノを擦り付けながら誘っても、相葉は目を開けることはない。 逞しい腕の中に収まりながら、昨晩つけたキスマークに合わせて軽く吸う。 ほんのりと赤く染まるそこをぺろりと舐めると、相葉の味がした。 「……司、すき。えっちしたい。」 そう囁きながら首に腕を絡めて、唇に何度もキスをする。 それでも相葉は目を覚ますことはなく、規則正しい寝息を繰り返す。 よっぽど疲れているのかと思うと、起こすのもだんだん可哀想な気がしてきて…… 相葉にしてもらうのは諦め、ごろんと寝返りを打ち背を向ける。 既に勃ちあがったソコを右手で握り、根元からゆっくりと扱く。 それと同時に左手で胸を撫でると、浴衣の上からでも分かるくらいに突起はぷっくりと膨らんでいた。 「ふ……んぅっ。」 なるべく声を殺して1人で処理をしていると…… いきなり後ろから抱き付かれて、俺の右手が何かに覆われた。 「は、え……?」 何事かと振り返ると、ばっちり覚醒した相葉が微笑んでいる。 「はよ。」 「……おはよ。」 1人で致していたところを見られた気まずさに視線を逸らし、掴んでいたモノから手を放す。 今更取り繕ったところで何をしていたかはバレバレだとは思うが、乱れた浴衣をそそくさと直しながら身体を起こす。 すると、俺に抱き付いたままだった相葉も 俺と一緒にゆっくりと身体を起こした。 「続き、しねえの?」 「……トイレでしてくる。」 そう言って布団から抜け出そうとすると、腕をとられて布団にごろんと寝かされた。 「いいよ、ここでして。見ててやるから。」 そう言って笑いながら、無理やり相葉の方を向かされる。 「……それが嫌なんだって。」 いくらセックスした仲だといっても…… 1人でしているところを見られるほど、気まずいものはない。 でも、このまま放置するのは辛すぎる。 「手伝ってやる。」 俺が1人でぐずぐずしていると…… 相葉は躊躇うことなくソコを握り、丁寧に扱かれる。 待ちに待った刺激に腰が揺れ 口では否定したいのに、身体は早くイきたくてうずうずする。 「んん、あ……あっ!んうっ!」 的確に俺のツボをつき、一気に昇り詰め…… 悔しいくらいに簡単に先端が濡れてしまう。 もう少しでイきそうだと思いながら、相葉の巧みな指の動きをぼんやりと見つめていると 急に浴衣の上から乳首を摘ままれた。 「んんあっ!!」 その刺激で握られていたモノが一気に弾ける。 相葉も予期していなかったのか、驚いた顔で俺を見つめる。 「……乳首、こんな敏感だったっけ?」 「お前が、変なの塗ったからだろ!」 乱れた息のままそう怒鳴っても、相葉は顔色ひとつ変えることはない。 「あ、そういえば……。」 ようやく先日のことを思い出したのか…… 1人で納得しながら、再びふにふにと指腹で突起を摘ままれる。 それだけで足先までじんと痺れ、相葉に握られたモノが再び熱を持つ。 「あ、抓っちゃヤだ……。」 指先で摘ままれ、軽く弾かれる。 相葉は遊んでいるだけのつもりなんだろうが、ヤられている側としては堪らない。 じんじんと響く快感に悶絶しながら、相葉の手に自身を擦り付ける。 「痛い?」 「……むずむずする。」 「感じてんじゃん。」 にやにやと笑いながら突起を弾き、薄く平らな胸を飽きることなく揉まれ続ける。 新しいおもちゃでも見つけたガキのように、しつこくしつこく好き勝手弄られて…… 怒鳴りたいのに声が上擦り、それすらも叶わない。 長いこと胸だけを弄り倒され、先ほど吐き出した欲望も胸に擦り付けられる。 ぬるりとした感触で滑りがよくなり、さらに敏感になった乳首を痛いくらいに抓られて 思わず悲鳴が漏れた。 痛気持ちいい感覚に、なんだか意識が遠くなりそうになって…… ふわふわとした白濁した意識の中、濡れた先端を軽く扱かれただけで、本日2度目の射精をあっさりと迎える。 「……昨日、散々好きにしたくせに。」 そう言って詰ると、相葉は口端をあげて嫌な笑顔を向ける。 「昨日は酔っ払って意識飛んでたから、覚えてねえんだろ?」 「……起きてたの?」 さっき俺が電話口で言っていた言葉を繰り返す相葉に、驚きながら見つめると…… 笑みを濃くしながらぎゅっと抱きしめられた。 「さっきの、もう一回言って?」 「え?」 「俺のこと、なんだって?」 「……髭、痛い?」 「それじゃねえよ。」 頬をむにっと引っ張りながら笑われて、その笑顔に不覚にもドキっとする自分が憎い。 「酒は抜けたみたいだな……。」 「でも……まだ、身体だるい。」 長いこと焦らされたせいだと相葉を睨むと、軽く笑いながら可愛くない言葉を返される。 「つわり?」 「蹴られたいの?」 「ってか、朝飯って何時だっけ?」 「……確か、8時とかだったと思うけど?」 急になんだと思いながら相葉を見上げると…… ゆっくりと唇を重ねて、至近距離で見つめられる。 「昨日いっぱい食ったから、エネルギー余ってんだろ?」 そう言いながら尻を揉まれ、ぎらついた目で見つめられる。 「運動、する?」 「する。」 俺の質問に即答すると、着崩れた浴衣を全て剥がして俺の上に半裸のまま跨ってきた。 「あ……あのさ、写真。」 「写真?」 鎖骨を食むように舐める相葉に、気になっていたことを質問してみる。 「俺の写真、撮ったの?」 俺の問いかけにしばらく固まると、じっと見上げるように睨まれた。 「……人のスマホ、勝手に覗いたのか?」 「ごめん。」 流石にまずかったかと謝ると、相葉は気にした様子もなく 再び俺の胸に顔を埋める。 「別に、見られて困るもんねえけど……。あみさんが、記念写真撮ったほうがいいってアドバイスくれたから。」 「記念写真?」 「そういえば、撮ってなかったな……って思って。」 意外な人物の存在に相葉の髪を引っ張ると、鬱陶しそうにしながら顔を上げる。 「で、俺の写真?」 「そーそー。気持ちよさそうなアホ面で寝てたから。」 「……アホ面って。」 確かに、あれはアホ面だったかもしれないと思いながら相葉を睨むと…… 声を出して笑われた。 「嘘だって。かわいいなって思って……。」 そうはっきり言われても、どういう反応を返せばいいのか分からない。 1人で照れながらとりあえずキスで誤魔化すと、相葉は何かを思いついたように声を上げる。 「あー、せっかくだし……ヤってる時の写真も残しとこうぜ。」 「は?」 「挿れてる瞬間が、お前一番かわいい顔してる。」 「……それ、撮る必要ある?」 人の寝てる顔を撮るなんて可愛いところがあるんだなーと思っていたが…… それは、どうやら大きな間違いだったらしい。 ――こいつの頭の中には、きっとエロしかない……。 「あみさんも1人でいる時に眺めると幸せな気持ちになれるし、何回見返しても飽きないって言ってた。」 「絶対、意味合い違えだろ?」 そんなほのぼのとした気持ちで見るものじゃねえだろと思いながら相葉を睨むと、拗ねた様子の相葉がさらに続ける。 「いいじゃん。どうせ俺しか見ないし……。」 「誰かに見せたら殺す。」 そう言って睨むと、しばらく俺をじっと見下ろしてから…… ふっと視線を逸らしてしまう。 ――なんだろう……? その変な間に相葉の顔をまじまじと見つめていると、ぽつりと本音を溢した。 「散々、他の男に見せてきたくせに……。」 「え?」 小声ではあったが、相葉の言葉ははっきりと聞こえた。 「なんでもない。」 そう簡単に濁されたが、軽く流せる言葉ではない。 「もう、見せないよ?」 「見せたら殺す。」 噛みつくように唇を奪われ、痛いくらいに首筋をきつく吸われる。 何度も何度も痕を残され、これが全部相葉の独占欲なんだと思うと…… 嬉しくなるのと同時に、申し訳ない気持ちも芽生える。 俺と同じように嫉妬してくれるのは嬉しいけれど、俺と同じように苦しいんだと思うと…… 今まで気軽に抱かれていた過去の自分の行いを、初めて悔いた。 セックスなんてコミュニケーションの一環で、親しい間柄ならキスも平気で出来る。 そんな俺とノンケの相葉の感覚は、随分異なるのかもしれない。 「司、すきだよ。」 過去をなかったことには出来ないから、せめて今の気持ちを伝えると…… 司は俺のことを苦しいくらいに抱きしめてくれた。 「もっと、言え。」 「すき。」 「……もっと。」 「ちゅーしてくれたら、その回数分言ってあげる。」 そう言って笑うと、司も同じように笑いながら…… 何度も何度もキスをくれた。 そのキスの分だけ好きだと言って、俺が言った分だけ司も好きだという言葉を返してくれる。 そんな他愛のないことを繰り返しながら、ふと思う。 未来に向けての不安や恐怖は、きっと一生消えることはないけれど 過去の過ちや後悔は一生付き纏うけれど その感情が少しでも薄れればいいな、とそんなことを祈りながら…… 今はただ、この胸の中に抱く感情を大切にしたいと思う。

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