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第25話

「浩司兄ちゃん、なにをする気なの?」  今の僕はまさに、まな板の上の鯉状態。自身の恐怖を示すような、震える声で訊ねた。すると目隠ししていたたすきがスルッと外される。目に映ったのは頭の上にいる、優しくほほ笑んだ浩司兄ちゃんだった。 「なにをするって、決まってる。最後までするんだよ」 「は?」  なにを言ってるのかわからず、呆然とした僕を尻目に、浩司兄ちゃんは傍らにしゃがみ込んで、僕の両腕を引っ張って、長テーブルの裏側に括り付けた。 「ちょっと待って。最後までするって、もしかして――」 「俺のを龍のナカに挿れたり出したりする」  浩司兄ちゃんは立ち上がりながら静かに告げたあと、下側だけ留められている僕のワイシャツのボタンを外しにかかる。 「イヤだ、そんなことされたくない!」  起き上がりかけても、長テーブルの下に括り付けられている腕が、それを見事に邪魔する。だけど抵抗せずにはいられない。何度も起き上がりながら、上半身をねじって動き続けた。 「龍、されたくなければ言って。『浩司兄ちゃんが好き』って」  らしくないくらいに、とても弱々しい口調だった。ワイシャツのボタンを外し終えた浩司兄ちゃんは、そこからなにもせずに、暴れる僕を見下ろす。最後まですると言っておきながら、異常なくらい冷静でいる浩司兄ちゃんの瞳は、どこか虚ろな感じに見えた。 「浩司兄ちゃんの言う好きって、恋愛感情の好きだよね?」  浩司兄ちゃんが落ち着いているおかげで、僕は取り乱すことなく、同じように話すことができた。抵抗するのをやめて、返事をじっと待ち続ける。 「……ああ、そうだよ」 「僕は幼なじみとして、浩司兄ちゃんのことは好きだけど、頼まれたことを言ってしまうと、嘘をつくことになってしまう」  真っ当なことを言うと、浩司兄ちゃんの眉間に深い皺が刻まれた。 「どうしたら龍は恋愛感情で、俺のことを好きになってくれる?」  言いながら僕の頬に優しく触れながら、胸元に頭をのせる。 「俺はこんなに龍が好きなのに……。やろうと思えば最後までできるんだ。だけど龍を見ていると、どうしてもできない。それをして嫌われたくない気持ちと、大事にしたい気持ちがある一方で、めちゃくちゃにしたい気持ちでせめぎ合ってる」 「浩司兄ちゃん……」 「怜司と並んで歩いてるだけでも、気が狂いそうになる。俺だけの龍になって?」  僕の胸元から顔を覗かせた浩司兄ちゃんの瞳には、涙が滲んでいた。  幼なじみとしてずっと一緒にいて、彼が泣いているところを見るのは、これが生まれてはじめて――だからこそ、すごく困ってしまった。 「浩司兄ちゃん、泣かないで」 「俺を泣かせたくなければ、俺だけの龍になってくれ」 「それは――」  最後まで断る言葉が出そうにない。それくらいに浩司兄ちゃんの悲しげな顔が、僕の思考を乱しまくる。 「龍ごめん。いますぐ自由にしてやる」  あまりに悲壮な浩司兄ちゃんの顔が見られなくて、顔を横に逸らした途端に、あっけなく長テーブルから解放された。 「浩司兄ちゃん」 「今日のこと、怜司には内緒な。きっとすごく怒るだろうし」  僕に背を向けたまま、いつもの口調で淡々と語る。顔が全然見えないので、浩司兄ちゃんの今の感情はまったくわからない。 「うん。それじゃ……」  手短に挨拶してその場から逃げるように、自宅に帰ったのだった。

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