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第71話

***  次に目覚めたのは、見知らぬ天井が目に映ったときだった。鼻が感知したのは消毒液の匂いで、事故のあったあの場で倒れたことにより、病院に運ばれたのがわかった。 「龍、気がついたのか?」  ぼんやりする僕の視線の先に、心配そうな面持ちの怜司が顔を覗き込み、縋りつくように横たわる躰に抱きつく。 「怜司?」 「龍のお袋さんは、お医者さんの話を聞きに行ってる」  お医者さんという言葉を聞いたからこそ、なんとしてでも訊ねなければならない。 「浩司兄ちゃん……はどこ?」  天井を見ながら勇気を出して、彼のことを口にした。すると、僕の躰を抱きしめる腕の力がいきなり強まる。なにも言わない怜司に焦れ、ムッとして問いかけた。 「怜司、答えてよ。浩司兄ちゃんは大丈夫なんだよね?」 「龍、兄貴は……兄貴は霊安室にいる」 『霊安室』というセリフをオウム返ししたものの、突きつけられた現実を受け止めたくなかった僕は、何度も首を横に振った。 「嘘でしょ。悪い冗談はやめろよ」 「兄貴はトラックにぶつかったまま、塀とトラックに挟まれて圧迫死した。即死だって」 「嘘だ!」 「トラックの運転手、いきなり心臓の血管が破裂して、意識朦朧の状態で運転していたらしい。兄貴が亡くなるのと同時に、息を引き取ったんだって」  やけに流暢な口調で説明する怜司の態度が、どうにも信じられない。 「怜司はどうして、淡々と説明できるんだよ」 「いきなりのことで、現実味がないせいかな。でも兄貴の亡骸を見たら――」  語尾が震える声に変わり、僕を抱きしめる腕の力が弱まる。躰を震えさせながら、絞り出す声で続きを口にする。 「ああ死んじまったんだなって、嫌でも実感した」 「やめろよ、そんなことを言うの……」  とめどなく流れ落ちる涙が、横たわったままでいる僕の枕を濡らした。 「龍が無事で、本当によかった」 「よくない、よくないよ。浩司兄ちゃんがいないなんて、そんなの僕のせいじゃないか!」  お腹から声を出したせいか、僕の怒声が病室に響き渡った。 「龍のせいなんかじゃない。兄貴が不運だったんだって」 「でも――」 「お願いだから、自分のせいにしないでくれ。こうして残された命を大切にしなきゃ、兄貴に叱られるぞ」  僕の気持ちを悟った怜司が、釘をさすように告げた。さすがは幼なじみといったところだ。 「僕はこれから浩司兄ちゃんの分まで、ちゃんと生きなきゃダメなんだよね」 「ああ、そうだ。俺が傍で支えてやる。だから生き残れたことについて、後悔なんてしないでくれ」  僕らは黙ったまま、ひとしきり涙を流した。愛しい人を亡くした気持ちが悲しすぎて、僕はしばらく学校を休んだのだった。

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