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第1話

淫らな吐息とシーツの擦れる音、水音だけがこの部屋を支配していた。幾度となく繰り返される抽送に、身体は悲鳴を上げていた。僕の上には脂ぎった顔の小太りな男が自身の腰を振っている。一応、この国の王様だ。 財を成して栄えたのは一代前の国王の話で、この男―クロヴィドが王座に着いてからは、私利私欲のために金を使い、政治を放棄したお陰でみるみるうちに『終焉の地』何て呼ばれるようになったらしい。 全部本人から聞いた話だ。僕はこの部屋から一歩も出る事を許されていない。産まれた時から王様の玩具となったのだから。僕のような白髪に朱い目を持つ者は珍しいらしく、すぐに王様に気に入られた。それからは王様の執事によって育てられ6つになるころにはこうして王によって抱かれている。逆らう事は許されなかった。 「全く。相も変わらずお前は愛想がないなハク!」 「ッ……はっ」 クロヴィドが僕の中の奥を衝いた。それだけで意識が飛びそうになる。気持ち悪い。早く終わって欲しい。直も情事は続き、解放されたのはそれから何時間も後の事だった。 中に残るクロヴィドのものを掻き出してティッシュで拭く。憎悪と吐気で一杯だった。それからは泥のように眠る。そんな日々の繰り返しだった。 ***** そんなある日、城が騒がしくなった。数年前もこんな風に騒がしくなった事があった。あれは、市民による暴動だった。デモ隊が城まで押し入り、次々と兵隊を殺していった。困り果てたクロヴィドは、城の上部から民衆に向かって爆弾を投下した。何よりも自分が狙われることが解っていた王は、その財産を戦闘兵器や武器に使った。爆発の威力はすさまじく、たちまち城周辺は火の海と化した。人々は焼け死に、城も崩れ落ちた。残ったのは僕を隠しておいた地下部屋だけだ。それから、大枚を叩き城を再建させた。元通り以上の城となったが、民は減ってしまった。皆、王に嫌気が差して出て行ってしまったのだ。 衛兵の騒ぐ声が聞こえる。僕は息を潜め、じっと事が過ぎるのを待った。しかし、僕の部屋に近付いてくる足音が聞こえた。どたどたと煩い。この足音を僕は知っている。 「ハク、逃げるぞ!!」 「王様…」 クロヴィドは僕の腕を掴み強引に引っ張る。訳が分からず僕は引かれるままに着いて行く。ドアを出た所で少年と出くわした。少年はクロヴィドを見るなり殴り掛かって来そうな勢いで詰め寄った。 「俺の弟はどこだ」 クロヴィドはしどろもどろの答弁を披露した。聞いているこっちが不安になるくらい、何を言っているのか解らない。その間にも少年は先ほどと同じ言葉を繰り返す。白い髪に朱の瞳。僕と同じだった。背は、彼の方が高めだ。 「お前、ハクか!?」 少年は僕を見るなりそう聞いてきた。無言で頷いてみせる。少年は朱の瞳を見開き、満面の笑みを作った。 「逢いたかったぞ! ハク…!」 「っ!?」 空いている方の手を握られた。クロヴィド以外に触れられたのは産まれて初めてで、どう反応したらいいのか解らない。戸惑っているとクロヴィドが物凄い剣幕で少年に捲し立てた。 「こいつはお前の弟なんかじゃない! 俺のものだ! こいつは絶対に渡さない!!」 唾を撒き散らしながら、怒号を放つクロヴィドに怯む事無く、僕の手を取り走り出した。僕は少年に引っ張られるだけだ。背後でクロヴィドの怒鳴る声と足音が聞こえるが、日頃の不摂生のせいか少年に追いつく気配はない。初めて出た部屋の外は新鮮で、長い廊下も日の光もすべてが目新しかった。城を出て、城下町へと進む。そこは廃墟ばかりで住んでいる人はいないに等しかった。 少年が足を止める。僕もそれに従って足を止めた。 「俺はレト。お前の兄だ」 「兄……レト……」 混乱した。自分に兄が居た事に、そしてあの部屋から脱出出来た事に。この国は本当に崩壊していたんだと、ようやく自分自身で理解した。確かに『終焉の地』と呼ばれる筈だ。レトは僕にこう告げた。自分は死ぬ為にここに来たのだ、と。死ぬ前に弟を助けたかったのだと。どうして僕の存在を知っていたのかを聞くと、レトはこう教えてくれた。 「俺達の両親は、ある事件がきっかけで亡くなった。その時に遺品を整理していたら、お前の事が書かれた日記が見つかったんだ。国王に捕まった事、両親はお前を奪い返そうと城に乗り込んだが駄目だった事が書かれていた」 それから、この地へやって来たのだと教えてくれた。レトは更に話し出した。それは自分への呟きだったのかもしれない。けれど、僕はその言葉を聞き漏らさないように彼の声に耳を集中させた。 「世界はこんなに病んでるんだ、だったら俺達が生きてる必要は何処にある?」 呟かれたのは、そんな悲しい言葉。僕はどうして良いか解らず、ただレトを見つめる事しか出来ない。 「お前は? 今までどうしてたんだ?」 「……僕、は…あの部屋しか、知らない。風が頬を刺すこの感覚も、今初めて知った…」 レトは驚いた顔をした。当たり前だろう。僕のような存在は珍しい。レトは涙を流し、僕を抱きしめた。意味が解らず驚いた。レトは悔しそうに泣く。僕の冷めきった心が少しだけ暖かくなった気がした。 「早く来れなくてごめんな、こんな話して、ごめん…お前は生きるべきだ…」 「じゃあ、レトも生きて。ここは、君の終焉の舞台なんかじゃないよ…」 「全部失ったと思ったんだ。お前が居てくれて良かった…俺、お前と一緒に生きて行きたい。この、『終焉の地』から新たに…」 うん、一緒に生きていこう。 人形と呼ばれた少年は、たった今『人間』になった。

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