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第3話

「……ここに、しようよ」 これだけの花火が上がるのであれば、見物客がいてもおかしくはない。 しかしその人影は全くといって見当たらず、まるでここだけが異空間へと迷い込んでしまったかの様に感じた。 「そうだな」 凛の独り言のような提案に、真翔は同調する。 自殺方法は簡単だ。 内側から目張りをし、予め用意した練炭に火を付ける。──これは、携帯で連絡を取り合った際、二人で最速決めた方法だ。 「……キス、してもいいよ」 ガムテープで窓の隙間を塞いでいた真翔は、凛の唐突な科白に手が止まる。 「した事なくて死ぬの、嫌じゃない?」 「……何を、突然……」 此方をじっと見据える凛に、真翔は乾いた笑顔ではぐらかす。 しかし凛は、簡単には引き下がらなかった。 「……僕、男だけど。女の子に間違えられる事しょっちゅうあるし」 「……」 「お礼代わり、だから……」 目張りを終えた真翔が、ゆっくりと振り返る。 宝石を模った氷玉のような、凛の双眸。 黒目を左右に揺らした真翔は、軽い溜め息の後口角を持ち上げ、笑顔を作ってみせる。 「……言っておくが、キスの経験ぐらいはあるぞ」 「……」 そうは言ったものの、真翔の言葉が虚しく響いただけで、凛の表情は崩れない。 今時の若い子は、キスなど造作もない事なのか。 世代のせいか。それとも凛が特別なだけなのか──真翔は、そのギャップに軽くショックを受けた。 表情を崩さない凛とは対照的に、真翔の頬がみるみる赤みを帯びる。 ……確かに。 良く見れば、凛は女の様に綺麗な顔立ちをしている。 伸びた前髪から覗く、潤んだ大きな瞳。くっきりとした二重。天を向いて長くカールする睫毛。 青白く光る肌に映える、艶やかな唇。 ぷっくりと膨らみ、何とも柔らかそうで── ハッと我に返った真翔は、数回瞬きをしながら凛から目線を外す。 悟られぬよう、作業に戻る振りをして背を向けた。 「……」 意味も無く、窓ガラスに手をついた真翔の動きが……止まる。 「…………しても、いいのか……?」 凛の頬に触れる。 クーラーが効きすぎているせいか、ひんやりと冷たい。 それは、何処か冷めた瞳をする凛に良く似合っていた。 色素が抜け無機質に光る髪の毛と、漂白剤にでも漬け込まれたかの様な白い柔肌に、花火の色が灯り染まっていく。 ぴくんっ、と小さく反応を示した凛の瞳が、ガラス玉の様に冷たく光る。 血で滲んだ様に赤い下唇に親指を当てると、ゆっくり紅を引くようになぞった。

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