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第47話

 「な、今年は無理だけど、来年行こうか。カミーノ。」  夜、一緒に潜ってるベッドで、蓮が言った。  「どうして?乗り気じゃなかったのに。」  「うん、俺も心の整理したいし、イタリアに行ってケンの両親に会って墓参りしたい。」  そうだ。そうだね。彼には家族が残されていた。突然の訃報でイタリアからご両親が来日した時はあまりに動揺されて蓮も手一杯だった。蓮はケンが灰と化した後、出来る限りかき集めハンカチに包んでケンの痕跡を取っておいた。それをご両親に渡す事しか出来なかった。たとえ、悪魔崇拝してても親は親だ。小さくなった我が子を抱きしめて帰国した。    「弔いカミーノか。きっとケンもついてくるね。」  「うん、俺もそう思う。それに途中からじゃなくて、サン・ジャン・ピエ・ド・ポールからスタートしたいしな。」  「ん。よく言えたね。調べた?」  「うん。こないだは、バタバタしたカミーノだから、今度はしっかり仕事片付けて2人で歩こう。」  「ありがとう、蓮。来年が楽しみだ。」  蓮は優しい。以前に一回だけ、またカミーノ行きたいと言ってた事、忘れてなかった。  華からメール。  「蓮、今夜、華と健太が来るって。」  「うん、そう。そうか。いよいよか。」  「何?何がいよいよ?」  左手をヒラヒラさせてる。  「え?まさか、結婚?まだ三回生だよ?社会にも出てないのに。」  「華の親父のおかげで、健太は出世出来たし、華もトレーダーのセンスあるし、生活に支障はないだろ?」  「い、いや、だけどさ。まだ若いよ。」  「健太以外とは考えられないだろ?」  そうだけど、動揺してしまうな。結婚の報告かな?す、寿司頼んだ方がいいのかな?慌てて出前のファイルを開く。  「動揺し過ぎ。まだ分かんないだろ?違ったらどうすんだよ。」  笑いながら言う。笑い事じゃないのに!  「ただ今~。」  夕方、2人揃って家に来た。  「いらっしゃい。ご飯たべるよね?」  「うん、食べながら話したい。」  うう、何の話だろうか。  「来年の夏さ、私と健太でカミーノ歩こうかなと思って。」  「はい?カミーノ?なんで?」  今まで興味すら持たなかったのに。  「ケンの事もあったし、健太も来年なら長期休暇取れるみたいだし。」  「俺らも来年、歩く予定だよ。」  蓮が先に言った。  「え?ほんと?じゃ4人で歩けるの?」  「そうだね。俺は3回目になるし、蓮は英語話せるから安心出来るな。」  夢だった家族でカミーノ!嬉しい!  「健太はスペイン語出来るから。良かったね、リラックス出来そう。」  「僕のスペイン語が利用できるなんて、思っても無かったです。あと提案なんですが。」  うん、なんだろ。  「歩いてる凛さんを撮影出来れば、カミーノの巡礼本出版に花が咲きます。」  俺撮るの?  「いいんじゃね?今まで読んだ巡礼本、写真だけと少しの案内だけだもんな。写真集的に綺麗なの作れよ。」  「えぇ、勿論です。華が撮影しますから、安心出来ると思います。」  あ、そうか。漫研と映研、やってたな。  「はぁ、話があるって言ってたから、てっきり結婚かと思ったよ。」  「あら、珍しい。姫、正解。途中、気に入った教会で2人だけで指輪交換しようと思ってたの。」  ・・・蓮、当てちゃった。爆笑してる。  式はあげないらしい。写真だけ撮るシンプルな結婚。撮影の時は呼んでくれるらしい。はぁ、娘の花嫁姿みる年齢か。中身はもうすぐ50だしな。  2人が帰り、また静かな時間に戻る。  「はぁ、結婚ねぇ。」  「何?反対なの?」  「いや、反対じゃないよ。でももっと社会見てからでも良くないかなとは思う。」  「いいじゃないか。結婚しても子供は作れないんだ。好きな同士なら一緒になるのも早いも遅いも無いよ。」  そう、ヴァンパイアになってしまったから、普通の女性みたく好きな相手の子を産めないのだ。ヴァンパイアは血液の交わりで仲間を増やす。華にとって哀しい選択だったろうに。健太と共に歩んで行くと決めたんだ。親として応援しなきゃいけないな。  また、宅配。  「蓮、買い物するなとは言わない。内容が問題なんだ。」  「別に毎回、アダルトグッズじゃないよ。」  「嘘こけ。こないだ三回連続、アダルトグッズじゃねーかよ。」  蓮は優しく情熱的である。ただその方向性がおかしい。  「試されるこっちの身にもなれよ。」  「んじゃ、開けていいよ。違うから。」  開けてみたら、冷凍保存のケーキ!  「どうしたの?ケーキ買うなんて。」  「ネット、ウロウロしてたらみつけて予約してた。3か月待ちだったな。」  超有名パティシエのケーキ!よし、解凍して食べよう!  「ケーキ食べたら、俺、凛をデザートにす・・・」  最後まで言わせないぞ。蹴りをかました。  次の日、ガブリエルが我が家に来た。  「厄介な事が起こったぞ。」  ん、なんだ?  「何が、厄介なんだ?」  「ケンの灰を両親に渡したな。」  「あぁ、俺が渡した。遺灰だからな。」  「違う。アレは普通に焼かれた人間の遺灰とは訳が違う。あの男の両親は悪魔崇拝者だと伝えたのに何故渡した。」  何が起こった?  「両親は、あの灰から息子を復活させたぞ。もう、ナイトウォーカーでもディウォーカーでも無い。悪魔の申し子として。」  俺たちは、2人で見合わせて驚いている。  「今、どんな状態なんだ?」  「今は人の形を成して、人間として両親と共にいるが、いずれ悪魔として動き出すだろう。その前に灰に戻すんだ。」  「俺たちがか?お前の仲間が灰にしたんだろ?ソイツにやらせればいいじゃないか。」  「私たちが灰にしてもまた復活してしまう。あの男に死を理解させ人間と成してる内に逝かせるんだ。」  俺を見つめるガブリエル。  「君の役目だ。凛。彼を人間として最期を遂げさせるんだ。」  同じ男を2度も殺すのか。しかもその男が愛してるのは俺だ。  「俺じゃ駄目なのか?」  蓮が言う。  「お前では駄目だ。復活した時の私念は全て凛に対する想いだけだ。」  「・・・わかった。一人でイタリアに行く。」  「俺も行くよ!」  「いや駄目だ。俺だけじゃないとケンはまた意識が散漫になってしまう。俺に集中させて逝かせる。」  俺の役目だ。俺の手で旅立たせる。それがケンの愛に対する答えだ。  英語もイタリア語もさっぱりだが、蓮のくれたメモと翻訳アプリで、なんとかケンが居る町まで来た。ケン、何処だ?早く見つけなきゃ。悪魔になってしまう前に。  「えぇっと、番地はここだな。」  古めかしい住宅はひっそりしていて人の気配がしない。違うのかな?と建物を見上げた。  「凛!凛じゃないか!」  ケンだ。人間の姿をしてる。本当に悪魔の力で存在してるのか?  「凛!どうしてイタリアまで?」  慌てて家から飛び出してきた。  「ケン、今自分の状態、理解してる?」  「あぁ、そうか。あぁ勿論。公園で灰にされて、両親に復活させて貰った!ディウォーカーじゃないけど調子も良いし、なんの問題もないよ!」  ガブリエルは、いずれ悪魔になる。と言った。目の前の男の眼は澄んでいて、人間そのものだ。  「1人で来たの?よく蓮は許したね。凛を諦めたのかな?」  違う。違うよ。ケン。悪魔になってしまう前に旅立つんだ。俺に抱きついてきたケンの身体は冷たく死臭がする。やはり人間じゃない。開いている扉の奥から両親らしき人物が警戒しながら俺を見てる。  「なぁ、ケン。ずっとその姿だと思う?」  「ん?傷んだら両親が治してくれるよ。だから大丈夫。」  「これ、平気?」  聖水をケンの腕に垂らす。ジュワッと肉が焼ける臭いがする。  「ウワッ!痛い!なんでこんな事するの?!」  「ケン、よく聞いて。今は意識もはっきりしてるし、理性もある。でもケンの身体に温もりは無く死臭がする。もう人間じゃないんだよ。」  「わかってる!だけど、また凛に逢いたかった!両親に復活させて貰って、身体が安定したら、逢いに行くつもりだったのに。」  「いずれ、意識も理性も無くなって悪魔に成り下がってしまう。理解出来る?」  「あぁ分かってるさ。ほら、聖水の跡も無くなった。意識の半分近くは悪魔だよ。」  今まで見た事が無い冷笑。寒気が走る。  早く、早くしなければ。ネックレスに触れようとしたら、腕を掴まれた。  「僕を殺しに来たんでしょう?分かってる。悪魔になったら凛じゃ手も足も出ないからね。」  「離せっ!ケンのままで逝かせたいんだ。化け物に悪魔になる前に!」  凄い力で両腕を掴まれ、家の中に引き摺られていく。  (ヤバイ。家の中は両親もいる。悪魔の力が満ちてる!)  「凛も僕と交わって仲間になって?独りぼっちは嫌だ。」  SEXか!駄目だ、何とかしなければ!  足で思いっきりケンの脇を蹴り上げ、腕を抜き、ネックレスに触れた。  「ケン!俺も大好きだったよ!カミーノ楽しかった!でももう終わりだ!」  よろけているケンを真っ二つに切り裂いた。  俺と眼を合わせたまま、ケンの身体は2つに分かれた。  家の中から悲鳴が上がる。  ケンはまだ動いて俺に近づいて来る。  「どうして?大好きなら、どうして殺すの?凛、愛してるのに。」  俺は泣きながら、ケンの上半身を抱きしめて  「愛してた。確かに俺も愛してた。だから悪魔なんかにさせたく無いんだ。」  バックから大量の聖水を出しケンの身体にかける。ケンの身体は、灰にはならず、焼けて溶けていく。  「痛い、痛いよ凛。どうして?」  「悪魔になんか渡さない。ケンは紳士で俺を愛してる男だ。人間の心のまま、旅立つんだ。」  泣きながら、言い聞かせる。下半身はもう溶けて残骸が僅かに残ってるだけ。上半身にも、聖水をかける。  「あぁ、痛い、苦しいよ凛!」  まだ頭には聖水をかけてない。愛おしい男の溶けていく様をみる決心が揺らいでいる。  ケンの顔を両手で包み、  「ケン、許してね。俺、蓮を選んだんだ。君じゃない。」  ケンの唇にキスをして、聖水をかける。  「凛、凛。愛してる。愛してるんだ。悪魔になんかなりたくない。」  最期になって、ケンの意識が勝り、痛みでは無く、俺への愛情を伝えてきた。  「うん、忘れない。忘れないから。悪魔にはさせない。」  瞳と瞳を合わせ再びキスをする。最期のキス。嗚咽しながら、残る頭部にも聖水をかける。腕の中で  「あ・・いして・・る・・」  最期まで愛を残して彼は人の心のまま、旅立った。溶けた残骸をいつまでも抱きしめた。離れがたかった。グズグズと粉々になるケンの身体。愛おしい。黒い残骸を握りしめながら、いつまで泣き続けた。  家の中から両親が何か手に持ち、出てきた。俺を殺すつもりのようだ。息子を2回も殺されたんだ。殺意も湧くだろう。俺は最初から甘んじて受けるつもりだった。だから1人で来たんだ。死ぬ所、蓮に見せる訳にはいかない。彼らが近づいて来る。俺は眼を閉じ、その時を待つ。  カミーノ、一緒に行こうって言ってくれた蓮。愛情が強すぎて空回りするけど、この数年、色々な事が有っても愛してくれた蓮。ネックレスを通して、伝わるといいな。  もう目の前に気配を感じる。  (蓮、愛してるよ。だから前向いて新しいパートナーを見つけて)  心の中でそう願っていたら、身体に烈しい衝撃が走った。意識が遠のく。  蓮、大好き。バイバイ。

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