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ビックリするのでやめてください
今日も深夜残業から終電で帰宅。お盆休み前の駆け込み時期とはいえ、ホント勘弁してほしい。
唯一の救いは明日から5連休というところか。今朝は遅刻ギリギリで焦ったが、明日はゆっくり寝ていられる。
連休とはいえ、世間的にもみんながみんな夏休みなのだから観光地も大混雑が予想できるし、帰るべき田舎も俺にはない。
いや、一応迎え盆くらいはしないとマズいか。出掛ける予定があるならともかく、家にいるのだから言い訳もない。
自宅は親の遺産である一戸建てで、都心に近い住宅地に駐車場付きの敷地面積はそこそこ余裕と言っていいだろう。正直な話、掃除が大変なんだが。家賃がかからない代わりに固定資産税高いし。
生まれ育った家だから愛着はあるし、便もいいから仕方がない。
門柱に付いたチャイムを鳴らし、3段の敷石を上って玄関を開ける。
玄関扉を開けて真っ直ぐ正面に掛けた時計は、1時を30分以上過ぎた時刻を指している。時刻を認識したら、疲れがドッと両肩にのしかかった。
家の中も蒸し暑い。1日閉じ込められて蒸されている空気が、余計に暑さを助長する。これはもう、大急ぎでエアコン案件だ。
外から入ってくる明かりで物が見えるから、室内灯を点けるのも面倒で、リビングのエアコンをリモコンで起動し、真っ直ぐ冷蔵庫へ向かった。
こう暑い日は、やっぱりキンキンに冷えたビールが良いよね!
食材も常備菜も適度に詰め込まれた冷蔵庫の、1番上を占拠する缶ビールの群れから1本取り出し、ひんやりした冷蔵庫の冷気に名残惜しさを感じつつ、扉を閉める。
動き出したエアコンのモーター音を聞きながら、首筋の汗にタオルを当て、その上からビール缶を当ててみる。おー、冷っこい。
ギシッ
廊下から聞こえた音に、瞬間で背筋が凍った。
時計を見る。うん、1時半だ。
モーターの唸る音が唯一のような深夜の静寂に、余計に怪しさを覚える。
ギシッ
ギシッ
ゆっくりゆっくり近づいてくる音。
音源は多分、階段だ。
不気味さが勝って、身動きが取れない。
冷っこく気持ちいいはずの缶ビールの冷気が、むしろ肌寒い。
いやいや。この家、オバケとかいないはず。
はず。
ギシッ
ガタッ
「……ぇり」
「ひぃっ!!」
自分の引きつった悲鳴にこそビックリして、飛び上がる。
目の端に映る、ぬぼーっとした人の影。
って。
「び、ビックリした……」
「……ぁんで、悲鳴……?」
「お前が脅かしたんだろうが!」
なんてことはない、在宅勤務の同居人だった。
あぁ、もう。脅かすな。
寿命が縮まったかと思った。
寝ぼけているのか、バテているのか、いつにも増してぼーっとした様子の同居人が、実に不思議そうに俺を見下ろす。
そう。見下ろす。
情けない話、腰が抜けた。
「……大丈夫か?」
「だいじょーぶじゃねぇよ。クタクタで体力ねぇとこに肝試しとか、勘弁しろ」
「……肝、弱ぇな」
「悪かったな! お前のせいだよ、お前の!」
「責任転嫁、イクナイ」
「……うるせぇ」
分かってるよ。疲れてるせいで気が立ってるんだ。自覚があるから、それ以上弄るな。
というか、同居人の方もいつになくぬぼーっとしすぎなんだが。
「お前の方こそ、元気ねぇな」
「……クーラー負けかね……?」
答えながら手を差し出してくるから、そこに俺が持っていた缶ビールを置いてやる。と、ダルそうな中でもほんのり嬉しそうに目元を緩めて、いそいそとプルタブを開けた。
俺も、冷蔵庫からもう1本。
缶同士をぶつけると、ペコリと音がした。
翌朝。といっても10時過ぎ。
クーラーで程よく冷えた部屋の中。温かい体温に包まれた状態でヌクヌクと目を覚ます。
今日から5日間、のんびりできそうだ。同居人の仕事次第だが、こうして隣で一緒に惰眠を貪っていることだし、大丈夫なんだろう、きっと。
「ん、起きたか。おはよう」
「おう、おはよ。クーラー負けは大丈夫そうか?」
「クーラー負け? 俺が?」
起き抜けに憎たらしいくらいの寝起きの良さを発揮する同居人が、昨夜のボケ具合を心配してやった俺に首を傾げる。
いやいや。自己申告してただろ、昨日。
「昨日? そういや、昨日も遅かったんだな。お疲れ様。連休はゆっくり出来るんだろう?」
「うん。それも、昨日聞いたし」
「ん? いや、昨日? 帰りを待ちくたびれて先に寝かせてもらったが。何だ、拗ねてるのか?」
「……え?」
いや。
……え?
じゃあ、俺、昨日は誰と乾杯したんだ?
いやいや。
……えええぇぇ?
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