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第1話

父が亡くなって、今年が七回忌。 約束の時は、来てしまった。 母は僕がまだ赤ちゃんのうちに病気で亡くなったそうだ。 父一人子一人で暮らしていたところ、父の癌が見つかった。 僕はまだ小学生で、父には身寄りもなかった。 そんな中、父にはたったひとりだけ、頼れる人がいた。 「律希。朝ご飯できたぞ」 父の無二の親友、和彦さん。 和彦さんは父との約束を守り、今日までこの家に一緒に住んで、僕の面倒を見てくれている。 でもそれも、もうすぐ終わる。 僕の面倒を見るのは七回忌までという約束だから。 僕ももう十八になった。 もう一人で生きていかなければ。 「明日だね、七回忌」 「うん、お墓の掃除しなきゃね」 明後日から、この生活はどう変わるのだろう。 和彦さんは、早くこの家を出ていきたいと思っているのかな。 父はちょうどお盆のシーズン、八月十五日に亡くなった。 「いろいろまとめてやってしまえるから、家族思いだろう?」 なんて言っていた、息を引き取る寸前の弱々しい笑顔を今でも憶えている。 いよいよその日が来た。 お墓を綺麗にして、仏花を供え、迎え火を焚いて。 これまで毎年やってきたことと変わらない。 風鈴の下、縁側に並んで座る。 月明かりが眩しいくらいの、澄んだ夜空。 連日の酷暑が続く中、今夜の風は、なんだか少し冷たい。 「律希くん」 何か言わなきゃと思っていたら、先に和彦さんから呼びかけられた。 「はい」 「七回忌、終わるね」 「はい…」 和彦さんも、同じことを切り出そうとしているのだろうか。 「やっと自由になれるね、長かったね」 和彦さんから思いもよらない言葉が出て来て、僕は何も答えられない。 「えっ…?」 「だって、こんな他人のむさ苦しいオジさんと一つ屋根の下、息苦しかったろう?律希くんももう立派な大人だ、これからは好きに生きていいんだよ。…アイツも、きっとそう言ってる」 「僕はそんなっ」 「来月から住む部屋ももう手続きしてあるんだ。悪いけど、今月いっぱいはまだ居候させてくれる?」 「和彦さん!」 急な展開に、頭が追っつかない。 約束の期限が来たからって、そんなに早く出ていかなくても。 出ていかなくても、いいんだよ。 出ていかないでよ… 「っ和彦、さん」 涙をこらえて僕は言った。 「これからもずっと、ここにいてもらえませんか…」 和彦さんは僕の頭をポンポンと撫でた。 これも、一緒に暮らし始めた頃からずっと変わらない。 今では和彦さんの背を追い越したというのに。 「律希くん。これからは何の足枷もなく、生きたいように生きなさい」 「その答えがこれなんです!僕は、和彦さんに、ここでこれからも一緒にいてほしい…」 和彦さんは困ったように笑った。 「もう、子どもみたいなこと言って…」 「子どもです、十八なんてまだまだ子どもですよ!だからまだ一人でなんて生きてけない」 こらえ切れなくなった涙がぽろぽろと零れだす。和彦さんを困らせてしまっている。 「僕、和彦さんと離れたくないんです、お願いします!僕、僕はずっと、和彦さんのことが」 そこまで言ったところで、和彦さんは人差し指で自分の口を押さえて、かぶりを振った。 「それなら、なおさら僕はここから出てかなきゃ」 そう言われることはわかっていた。 困らせることも、わかっていた。 だから、ずっと、黙ってきた。 僕は、和彦さんのことを、愛しています。 「…ごめん、なさ…っ」 せり上がる嗚咽にうまく喋れなくなった僕の背中を優しく撫でる、和彦さんの手のひら。 もう、こうやって触れてもらえることは今後ないのだろう。 「僕には、生涯愛し続けると誓った相手がいてね。ごめんね」 どこまでも優しい和彦さん。謝ることなんて何もないのに。 …もしかして。 「その相手って…父さん?」 僕のことを見ては、父によく似てきたとたびたび目を細めていた。 その目がやけに悲しげで、切なげなのに気づいたのは、二、三年ほど前だったか。 和彦さんは否定とも肯定とも取れるような、柔らかく儚げな笑みを浮かべるだけだった。

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