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交接の怠さもあり、金魚鉢を眺めながら畳の上に横たわる。
チリン、チリン……
龍次に預けた風鈴が
夏の夜風に揺られ、高い音色を響かせる。
……もう、寂しくないね……
目を細めながら二匹の琉金を眺めていれば、鉛の様に身体が重くなっていき、瞼が閉じてゆく……
……戻ら、なくちゃ
そう思っているのに、なかなか身体が言う事を利いてくれない。
その時……
障子戸の開く音が、微睡みの中で微かに聞こえた。
「……結螺、か」
くぐもった、龍次の声。
龍次の気配と畳を擦る音が近付き、僕の直ぐ傍で止まる。
「こんな所で、……無防備に寝やがって」
猫のように丸くなって寝る僕の傍らに、龍次が腰を下ろす。
ふっ、と溜め息混じりに笑った龍次の声……
「……可愛いな、結螺は」
意外な台詞に、もう夢の世界に迷い込んでしまったのかと錯覚した。
「……お前は気付いちゃいねぇが……
大見世にいる、太夫候補の引き込み禿にも見劣りしねぇ程、……可愛くて、綺麗な顔してんだよ……
あと五年早く、『禿の年』に売られて来てりゃあ、大見世の三浦屋辺りに引き取られて、楼主から寵愛されて、水揚げしたがる助平な爺が群がる位色気のある『振袖新造』になっただろうにな……」
……やっぱり、夢……?
龍次の口から、そんな言葉が飛び出してくるとは、思えない………
「……お前に客が寄り付かねぇのは……
この中見世に似合わねぇ程器量が良すぎて、妙な誤解をされちまってるからだ……」
曝されてしまった方の首筋に、先程の客に強く吸われて付いた痕がある。
そこに、龍次の指先がそっと触れた。
「……ん、っ」
果てずにまだ敏感な体が、ぴくんっ、と反応し
嬌声も一緒に鼻から漏れ出てしまう。
「……ふ。本当に感じやすいな、結螺は……」
その声は、何処か憂いを帯びながらも優しくて。
僕を包み込んでくれる……
……龍次……
龍次の指が離されたのを最後に、僕は完全に意識を手放した。
……すー、すー、
寝息を立てる僕の唇に、龍次の指先がそっと触れる。
「……お前を仕込めなかったのは、感度のせいじゃねぇ。
……俺が、冷静に対処できる自信が無かったからだ」
その指が、ゆっくりと愛おしむ様に下唇をなぞる。
「………遣り手、失格だな」
そう呟き静かに指を離すと、今度は下になった方の僕の頬を手のひらで包む。
「もしお前が年季明けまで、誰にも身請けされなかったら……
……そん時は、俺が貰ってやるから……、覚悟しとけよ」
龍次の言葉は、既に夢の世界へと旅だった僕には──届かない……
金魚鉢の中で泳ぐ二匹が
キラキラと輝く月光の中で体を寄せ合い
優雅に尾鰭を揺らめかせる。
その金魚鉢の前で眠る僕に
龍次の顔がそっと寄せられた。
-終わり-
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