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ビーチだぜっ!

「ひゃっほう~っ!!」 「落ち着け落ち着け~。転ぶなよ~」  パラソルしょってビーチへ一目散の俺に、後ろから声かけたのは乃村先輩だ。ぼっさぼさの茶髪でメガネかけたこの先輩は、竹みたいに細いくせにすっげ声通るから、ちょい目立つけど平気!  だって海見えた瞬間からテンション上がったからね!  昨日は一日かけて離れの仕上げやってた。  初日にヤスリかけたトコに塗料塗って磨いたり、渡り廊下に壁紙張ったりして、できあがりはもうサイッコーにカッコ良くて、俺は絶賛しまくった。  だって畳とかは別として、マジでビックリするくらいキレイになったんだもんよ~、なんなら本館とかよりめっちゃかっけーんだもん、黙ってなんて居らんねえよな!  温泉とメシつう流れでまた飲みに突入したわけだが、例によって俺は何があったかまったく覚えてない。酒弱いんだよ。  けどすぐ寝ちまったからか、二日酔いとかなってねえから、朝から超元気!  なんで今日、朝イチで海行くぜ~~っ! とかって騒いで弁当作ってもらったりして。  ブーイングぱねかったけど、なんだかんだ先輩たちも海つう単語には弱い。  ハイエースと姉崎の車に分乗して到着した浜辺は、夏休みのせいかそこそこの人出。つっても家族連れがほとんどの平和な風景だ。  んでも海だもんね! ちょい曇ってて天気はイマイチだけど海! ビバ太平洋! 「いいねえ!」  同じノリで海に駈けてる姉崎の声が聞こえた。デカいシート抱えてめっちゃ笑顔だ。負けるかっ! と足を速める。砂浜は走りにくいけど構わないもんね!  俺のが早く波に追いついた。勝ったぜ! 一瞬遅く横に来た姉崎に「うえい!」と波を蹴ってやる。やつの小洒落たキャメルの半パンにバシャッとかかった。ざまあみろ! 「うわっ! やったな!」  姉崎も波蹴り返して来たっ! 胸まで飛沫がかかる。 「負けるかこのっ!」 「ソレはこっちのセリフ!」  打ち際でバシャバシャやりあう! うはっ、水冷てえっ!! 「おい鉄砲玉ども~、先走るな~」 「パラソルとシート持って来い!」 「うは~い!」  そうだ、姉崎なんかとじゃれてる場合じゃ無い! 先輩たちが陣地とってるトコ向かって走ったら姉崎も走る。砂なのにめっちゃダッシュ早い! 負けるかっ!!  結果二人して争うように駆け戻ることになった。 「まったく、ガキかおまえら」 「え~、こういうトコ来たら楽しんだモン勝ちじゃない?」 「何でも勝ち負けだなおまえ」  大熊先輩が姉崎を小突く。「痛いなあ」とか、ぜんぜん痛くなさそうにヘラヘラ笑うコイツにも、今日は全然腹立たないもんね!  指示された場所にパラソルぶっ刺してたら、クーラーボックス担いだ丹生田とか弁当を捧げ持つ大田原先輩と岡部さんとかビーチチェア抱えた鈴木とかが到着~  ビール配りつつ会長とかと話してる姉崎をのぞいた二年で陣地整えてたら、どっかりシートに胡座かいた小谷先輩が早速ビールを飲みながら、「荷物は見てるから、おまえら行っていいぞ」と言ってくれた。 「やり~」  とか言ってTシャツ脱いでたら、丹生田が先輩たちに飲み物配りつつ「いえ、俺が見てます。先輩はくつろいでください」とか、いつも通りの淡々とした声で言う。 「俺はこれでくつろいでる」  小谷先輩は少し上げたビールの缶を見せながら、厳つい顔のまま言う。このヒトもめったに笑わない。つうか丹生田のことすんげえ買ってるらしいんだよね。何かと声かけてるし。 「おまえも楽しめ」 「いえ、俺は…」  丹生田ってすぐ自分のこと後回しにするつうか。そういうの、先輩も見てるんだろな。 「いいじゃん、先輩がイイつってんだから行こうぜっ!」  だから俺はTシャツ放り投げ、「いやしかし」とかまだ言ってる丹生田の腕つかんで強引に引っ張る。 「おい」  とかって抵抗してたけど、そんな頑張る感じじゃねえからイケそうだと思うじゃん? 「だって丹生田、海だよ?」  俺も超頑張る! だって波で遊びてえもん! 姉崎じゃ無くて丹生田と!  灼熱の食堂で妄想してたみてーに!  頑張ってたら「良いから行け」とか小谷先輩に怒られて、丹生田も力抜いた。俺がニカッと勝利の笑顔を向けたら、苦笑いになった丹生田がめっちゃ可愛いぜ!  なんつって超ニヤケちまいながら海へ一直線!  波打ち際まで来て、バシャッと水かけてやった。丹生田のTシャツが濡れる。 「……………」  けど……困った顔して丹生田は固まってる。あれ? 水かけ返すとかは?  俺はムキになってバシャバシャかけ続ける。ほらほら丹生田、バシャッと来いよ!  けど全く抵抗しないまま、丹生田はかなりびしょびしょになっちまった。 「えーと……」  ついに水かけを諦めた俺をチラッと見て、丹生田ってば無言でザブザブと海に入っていった。 「え、どした?」  波をかき分けるみたいに沖へずんずん進みつつ「ここまで濡れたら同じだ」とか言って身をかがめる。長身が波間に沈み、―――悠然と平泳ぎ。  沖へ向かう頭がゆっくりと浮いて沈みつつ遠ざかっていく。 (あ~、そうだよね~、丹生田が水の掛け合いとか、ンなガキみてーなコトするわけないよね~)  妄想はあくまで妄想に過ぎない。ちょいがっかりしつつ、俺も海に入る。 「おほっ、水冷てえっ」 「やっぱり北海道、水温低いんじゃない?」  なんて横で声が聞こえた。姉崎は腰まで水につかって、けどなぜか白いパーカー羽織っててサングラスまでしてる。女子か。 「なんだそのカッコ」 「日焼けすると赤くなっちゃって痛いんだよ」 「サングラスは」 「度入りだよ~、いいでしょ」  知るか! 俺は丹生田を追って沖へと泳ぐ。平泳ぎで。  おお、海面に近い視線で見ると、世界がとんでもなく広い感じ。いいなあ。  つうかやっぱ丹生田は正しい。ココは黙って平泳ぎで泳ぐべきなのだ。  ……てかさ。 「なんだココ!」  俺はぶち切れて叫んだ。 「どこまで行っても足つくんだけどっ!」  けっこう沖まで来たのに立てば腰までの深さ! ありえねえっつの!! 「遠浅のようだな」  ……あり得るわけね。  丹生田が当たり前のように言うから、そういうモンかと納得するしか無い。丹生田も腰がすっかり出る水深のトコで立ってる。 「マジかー」  しょうがねーから俺も近くまでバシャバシャ行く。小学校のプールより浅いこんな感じじゃ泳ぐのもちょい恥ずかしいくらいで。いまさらだけどバシャッと水かけてみたりして。  頭まで濡れた丹生田は、片手で髪を後ろになでつけながら少し笑った。  ……おお。  Tシャツが濡れてちょい透けて丹生田の逞しい胸板がなにげに分かる。やべえ、裸より色っぺ~ 「……どうした」  きっとヘンな顔してたんだ。丹生田が少し眉を寄せたから「い、いやっ!」とか誤魔化す。 「ほらっ! あんな遠いっ!」  海岸を指さして叫んだ。つってもヒトとか豆粒みたいにちっちぇーんだけど。ソレなのにはっきり分かる集団って! 「うわーっ、なんか笑える~っ!」  ほんわかした家族連れがほとんどの海岸で、露店でも開くみたいにバカでかいパラソル(俺が運んだんだけど)そしてむくつけき先輩たちの集団は目立つ。  そう、無駄に目立つんだ! そこだけなんか不穏な感じで!  んで波間で遊んでる先輩たちも無駄にでかいからそれはそれで目立つ! ガキんちょとかしかいねえ海岸に、異次元的に融和してないっ!  ゲラゲラ笑ってたら「なにがおかしいんだ」と丹生田が聞いた。 「だって! 先輩たち! やべえよアレ! 怪しすぎっ!」  指さしてゲラゲラな俺の頭を、丹生田のデカい手がガシッとつかんだ。 「……楽しいなら良い」  そのまま髪をわしゃっとする。  うーわ、ドッキドキ。  いつのまにか笑いなんてどっか行ってた。チラッと丹生田見る。目を細めてる。  くっそ、やべえ、マジやべえ 「……っ、離せよ」  言いながら丹生田の手を邪険に払った。 「ガキ扱いすんな」 「ああ、すまん」  丹生田は苦笑いだ。  ごめん、と腹の中で思う。丹生田は悪くないよ、とか言いたいけど言えない。  だってやべえもん。こんな公衆の面前で。お日様の下で。  なにすっか分かんねえ自分が怖いぜ。

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