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泣き虫くんのあやしかた
「…ううっ。み、三笠 ぁ…」
これは一体どういう状況なんだと、暑さであまり働かない頭を振り絞って考えてみる。
HRの終わりを告げるチャイムは、結構前に鳴ったような気がする。
その後も壇上で担任の教師が夏休みの宿題がどうのこうのと、つまらない話をしていたことも覚えている。
制服を着た生徒たちが一斉に起立、礼の挨拶をした後。
ガヤガヤと帰宅の準備をし始めている姿を、いつもの窓際の後ろから3番目の席でぼんやりと眺めていた。
それが最後の光景だった。
…はずなのだが。
視界には小刻みに揺れる黒髪、の後頭部。
白シャツの肩口には何かで濡れるような湿った感触。
そして、このクソ暑いのに伝わってくる人間の体温の熱と。
ずっしりと重たくのしかかる、人一人分の質量。…正確には男子高校生一人分、と言っておこう。
それが、最新にアップデートされた俺の現在の状況のようだった。
「おい、江藤。お前の席はあっち。廊下側」
椅子に座る俺の上に向かい合わせで跨 がっているので顔は見えないが、それが誰なのかは考えずともわかる。
そいつの本来の席がある教室の反対側を指差すが、しくしくと泣いているだけで返事はない。
時折「三笠、三笠」と俺の名前をうわ言のように言っているのがかろうじて聞き取れる。
このしがみついたまま離れないのは現代の妖怪子泣きジジイ、というわけではなく。
クラスメイトの江藤だ。
クラスメイトであり…そして俺の恋人、でもある。
普通は男にいきなりくっつかれるなんて気持ち悪いだけなのだが、可愛い彼氏となれば話は別な訳で。
「江藤。こっち向けって。泣いてるだけじゃわかんねーだろ」
「みか、さ…。だって…」
江藤がようやく顔を上げると、予想していた通り、その綺麗に整った顔はすっかり涙でぐしゃぐしゃになっていた。
手のひらで頬に伝った涙を拭ってやるのはこれで何度目だろうか。
江藤は極度の泣き虫らしく、こういったことは初めてではなかった。
昨日はコンビニのアイスで当たりが出たと泣き、先週は購買で焼きそばパンが目の前で売り切れたと泣き。
先月は片想いの相手と両想いになれたと泣いたこともあったっけ、とその他数えきれない江藤の泣き顔ダイジェストが自然と脳内で再生される。
お互い中学は別なので知り合ったのは高校に入ってからでまだ日は浅く、最初はちょっとしたことですぐ泣くしうざいと思ったけど。
毎日つきまとわれていくうちに、俺もこいつのこと好きかもという気持ちに変化するまでそう時間はかからなかった。
「おーい、三笠ぁ!また痴話喧嘩かー?」
「もう、早く仲直りしてよね!」
「江藤、人前でいちゃつくのも程々にしとけよー!」
同じクラスの外野どもが通りがかりに冷やかしてくる。
俺たちは男同士とはいえ、普段から見境なしに江藤がひっついてくるものだから周囲からはすっかり公認カップル扱いで、今日のこれも珍しい光景というわけではなかった。
むしろうちの高校の名物だとか、俺たちが二人揃っていないと物足りないとまで言わる始末だ。
同性ということを受け入れてくれることはありがたいのだが、こうもあっさりし過ぎてるのも逆にどうなんだろうと思ったりもする。
「うるせー。つか、喧嘩じゃねえし。お前らはあっち行ってろよ」
しっしっ、と手で猫を追い払うように、ある意味平和な級友たちを追い出し。
ようやく教室には江藤と二人きりになる。
「あ、ごめ…。俺、重かった?」
「いや別に。…重いっつーか、暑い」
泣きじゃくっていた江藤も落ち着いてきたようで、やっと会話をしてくれる気になったらしく。
ひとまず隣の席に座るように促すと、素直にそれに従った。
江藤はこんな風にすぐ子供みたいに泣くヤツだが、こう見えて一応平均並みの大きさに育った立派な高一男子である。
女みたいに柔らかくて小柄で童顔というわけでもなく、いくら細身で端正な顔立ちとはいえ正真正銘の性別男だ。
今のように触れあってみると、程よく筋肉もついているのもわかる。
元々ゲイではなかった俺がなぜ男と付き合うことができたかというと、やっぱり相手が江藤だからなんだろう。
周りからも既にアホの子と言われ愛されているように、俺自身もそういうギャップも含めて可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みというやつか。
「…で、今度は何で泣いてんの?今日は卒業式じゃねえぞ。まだ一年の、一学期の終業式だぞ」
そう言うと、江藤の瞳からまたぶわっと涙が溢れだす。
「だから、悲しいんだってば…!だって、夏休みになったら…、大好きな三笠に、あ…会えなくなるし…」
自分でも涙腺が弱いのを気にしているのか、唇を噛み締めるように耐えているのがわかる。
そこもまたいじらしいというか何というか。
「別に学校なくたって会えるだろ。俺たち、付き合ってるんだし」
すると、江藤の涙がぴたりと止まった。
「本当に?会ってもいいの?じゃあ、じゃあ。三笠。夏休み、俺とデートしてくれる…?」
「してやるから、もう泣くな」
江藤の頭をぽんぽん、と手で撫でてやる。
こいつは普段は平気で人前で抱きついてきたり、大きな声で好き好きと言ってくるくせに。
嫌われるのが怖いのかたまに変なところで俺に遠慮したりと意外に臆病な面もあった。
「んー、そうだな。じゃあ、今度俺んとこの地元で夏祭りあるから、それ一緒に行くか」
「い、行く…!行きたいっ!」
「お。やっと笑ったな。やっぱそういう顔のが可愛いよ、お前」
くすりと笑ってやると、流石 の江藤も少し照れたのか頬を朱色に染めた。
下校時刻となり、チャリを手で押しながら江藤と並んで歩き駅まで送っていく。
道中、りんご飴を食べたいとかかき氷も食べたいとか、江藤が楽しそうに今度の計画を立てているのをその横で眺めていると。
「あ、そうだ三笠。今度の祭りの日は、二人で浴衣着たい!」
「えー。俺も着んの?面倒くせえ」
「だって三笠の浴衣姿見たいし。三笠は俺が浴衣着てるとこ、見たくないの?」
「…………見たい」
「んじゃあ、決まり!」
半ば強引に浴衣着用が決定となった。
正直浴衣なんて着るのも億劫だし動きにくいから遠慮したかったんだが、こいつの浴衣姿という誘惑にあっさり負けてしまった。
それに、さっきまでわんわん泣いていたのが嘘のように今は嬉しそうに笑っているので、それはそれでいいかと思ってしまうほど俺は江藤バカだ。
そんな話をしてるうちに駅前まで着いてしまい、ここでお別れとなる。
いつもの線路沿いの伸びきった草むらの陰に入ると俺たちは。
「それじゃあ、三笠」
「おう、またな」
バイバイ、の代わりにキスをする。
電車が駅に到着し、それが通り過ぎた後も。
江藤の柔らかい唇の感触は消えることはなかった。
*
「ぁ…、江藤…っ」
はぁはぁと荒い息を漏らし、ティッシュに自身の精液を飛ばす。
それまで激しく動かしていた手を休め、気怠さとともにベッドに仰向けに倒れ込む。
壁に掛けていたカレンダーがふと目に入り、夏休みが始まってから既に数日が過ぎようとしていた。
自分の性器を包んでいたティッシュを丸めてゴミ箱へと放り投げると、軽い音を立てて紙屑の山へと積み重なった。
…以前に比べて、オナニーの回数が増えたような気がする。
ここ最近は毎日か。一日に数回するときもあったりする。
そして、オカズはいつだって江藤、だ。
俺たちは付き合って一ヶ月以上は経つけれど、未だにキスまでしかしていない。
この間のように学校で抱きつかれることも少なくはないが、場所が場所だけに気軽に手を出せずにいた。
なので今はあいつの顔や声や、エロい姿を想像して抜くしかないわけで。
健全な高校生の俺は、当然のように欲求不満になっていた。
何度も合わせた唇の感触だけが、生々しく残っている。
江藤とキスの先のことまでしたい。ヤりたい。
あいつの身体に触って、色んなとこ舐めて、そんで中まで滅茶苦茶にしてやりたい。
エッチの時はあいつどんな顔で感じるのかなとか。どんな声で喘ぐのかとか。気がつけばそんなことばかり考えてる。
でも、押し倒したりなんかしたらあいつ確実に泣くだろうなと思うと、なかなか行動に移せない。
というか、あの天然記念物は男同士でどうやってセックスするのかわかってて俺と付き合ってるんだろうか。
それとも、俺が一切手を出さない聖人だとでも思っているんだろうか。
江藤といるのは幸せだし、キスするのも好きだけれど。
これじゃあ、生殺しに近い。
カレンダーによると、もうすぐ江藤とのデートが迫っていた。
何気に学校外で会うのは初だ。
夏祭り。どうやったら江藤とそういう雰囲気に持っていけるかなとか。でもあんな人混みじゃ無理だろうなとか。気がつけば頭の中でエロいことばかりを巡らせる。
「あー…。こんなこと考えてるの、俺だけなんだろうな」
一人、真っ白な天井を見上げて呟いた。
今まで毎日ずっと江藤から愛の告白をされ続けてきたけれど。
今では俺の方が好きという想いが強くなっているような気がしてならなかった。
*
「おーい、三笠ぁー!」
当日、待ち合わせ場所である駅前に着くと、すぐに聞き慣れた声が俺の名を呼ぶ。
振り向けば、浴衣を纏った江藤が手を降りながら立っていた。
縞模様の入った紺色の浴衣は江藤にとてもよく似合っていて、思わず目を奪われた。
手には信玄袋とかいう巾着まで持っていて、俺なんか適当にボディバッグを斜めにかけているだけなので小物へのこだわりにも関心する。
「悪い。待たせたか」
「三笠は遅れてないよ、俺が早く来すぎただけだ…から…」
江藤の方へと近寄って行くと、何故か俺を見たまま動かなくなった。
「親父のお古を貰ったんだけど。…変か?」
俺の浴衣は薄墨色の無地だったので、江戸の町人みたいに見えるだろと笑って言うと。
「そんなことない!すっごく格好いいよ、三笠!」
「江藤も、浴衣。すげー似合ってる」
「ほんと?嬉しい!」
ガバッと勢い良く飛びついてくるもんだから、「ここは学校の連中みたいに訓練されてるわけじゃねーんだから離れろ」と引き離す。
別に俺は好奇の目で見られようが構わないが、泣き虫のこいつが傷つくようなことを言われては困ると思った。
既に俺たちを見て何事かと視線をやる者もいたが、今の江藤は遠くに見える屋台に夢中になっているらしく、特に周りは気にしていないようだった。
まぁ少しくらいは周囲の目というのも気にしてくれないと困るのだが…と思いつつも、いつになく楽しそうな江藤を見てつい笑みが溢れる。
人混みを見渡せば他にも浴衣で着飾った女たちも大勢いたけれど、やっぱり俺の江藤が一番可愛いと思った。
恋は盲目とはよく言ったもんだ。
ちょこちょこと屋台へと走っていった江藤は、両手にチョコバナナとフランクフルトを持って戻ってきた。
美味しいとそれらを交互に頬張る姿を見て、俺は思春期にありがちな妄想が止まらなくなる。
「…江藤。あんま煽んなって」
低い声で呟くと、江藤は意味が分からなかったようで不思議そうな表情をする。
「だから。咥 えてるところが、エロすぎ」
直球で指摘してやるとさすがに理解したのか、顔を真っ赤にしながら背けた。
つか、何でよりによってその二つをチョイスするんだよお前は。
そう責めてやりたくもなったが、よくよく考えてみれば勝手に卑猥な妄想をしてしまったのは俺の方で、後になって気まずさがやってくる。
食べ終えたようなので、話題を変えようと「花火を打ち上げる海岸までまだ結構歩くぞ」と振り向けば。
江藤が急にポロポロと涙を溢して泣き出した。
「三笠…。ごめん、俺…」
「え、何。どうした?」
慌てて、チョコバナナでもフランクフルトでも好きなだけ食ってもいいと慰めると、江藤は違うと言う。
「そうじゃなくて。俺。足、痛い…」
言われて江藤の足元を見ると、下駄の鼻緒が当たる部分で擦れ、指の付け根が真っ赤になっていた。
おそらく新品の下駄で、まだ履き慣らされていなかったのだろう。
「江藤、ごめんな。気づいてやれなくて。…歩けるか?」
念のため確認するが、江藤は首を横に振った。
「せっかくの、三笠とのデートなのに…。俺のせいで、花火。ご、ごめ…」
「いいって、別に。今は花火よりお前の足優先だろ。…混んできたしここで突っ立ってると危ねえから、ちょっと移動するぞ」
江藤の手を引き、裏道にある小さな神社へと連れて行く。
大通りから離れたそこは外灯が少ないのか辺りは少し薄暗い。
鳥居をくぐってすぐの石段へと江藤を座らせ、そっと下駄を脱がす。
「鼻緒緩めといてやるけど、無理しなくていいからな。何なら俺ん家すぐそこだから、スニーカー取ってきたっていいし」
「ん…。ありがとう」
静かなところへ移動して少し落ち着いたのか、江藤はようやく泣き止んだ。
少なくとも、涙で濡れた顔をハンカチで拭く程度には冷静さを取り戻しているようだった。
下駄の鼻緒を調整してやり、江藤の前に跪 く。
脱がした下駄を履かせようとして、ふとその手が止まる。
浴衣の裾からすらりと伸びた江藤の足を見た瞬間。
自分の中で何かのスイッチが入った。
衝動。この場合、そう形容するのが正しいのか。
頭 を垂れるように屈み、そのつま先にそっと口づけをする。
「みみ、み…かさ…っ?」
驚く江藤の声を無視して、そのまま指の付け根の擦り傷を舌で舐める。
舌先でゆっくり舐め回すと唾液で傷口が濡れて、やがてぴちゃぴちゃと水音が立てられていく。
「三笠…ぁ、…ん…っ」
上の方から江藤の掠れた声が漏れる。
普段の柔らかくて少し低い声と違い、切羽詰まったように高いその声は更に俺の理性を奪っていく。
それから、指先から足の甲へと舌を這わせていき。足首、ふくらはぎ、太腿へと徐々に上へと移動していく。
その都度江藤はびくんと痙攣するかのように全身を小さく震わせ、それが余計に俺の性欲をかき立てた。
「…ゃ、三笠…っ…」
「江藤…」
顔を上げ、目線を同じ高さへと移す。
江藤は刺激に耐えるかのように目を伏せていて、時たま熱い吐息とともに俺の名を呼ぶ。
浴衣の合わせに手を差し入れると指先が胸の突起を捉え、それをくりくりと捏ねるように転がすとその身を捩らせた。
「ん、ぅん…っ」
あー、ヤバい。声、色っぽい。キスしてえ。
唇を塞ごうと頬を撫でると。
同時に濡れた感触が指先から伝わり、ふと動きが固まる。
薄暗くて今まで気がつかなかったが、何度も覚えのあるその感覚。
「…え、江藤、悪い…!」
一気に距離を置くように、慌てて体を離した。
かろうじて理性を繋ぎ止めたが、未だに頭は混乱したままだ。
俺は今、こいつに何をした?こんなところで、何をしようとした?
初めてするときは、ちゃんとしたところで、優しくしてやろうと思ってたのに。
足元を見ると、どう見ても性行為に適しているとは言えない固そうな石の階段が嫌というほど視界に入る。
ロマンチックでもない、いつ誰が通りかかるかわからない場所で一方的に手を出して。
泣かせてしまった。
そうだよな。江藤にとっては心の準備もしてなかった上に、初めてなのにいきなり野外とか。
いくら好き合っていようが、ナシだよな。
「嫌がることして、ごめん。もう、しないから…」
江藤の顔がまともに見れない。
そしてこんな状況だというのに、俺の息子は勃起が収まっていないようだった。
頭は冷静になってきているのに、下半身の方は未だにヤる気マンマンなのがムカついてくる。
「悪い。…ちょっと抑えられそうにねーから、俺一回抜いてくるわ」
背を向け急いで離れようとすると、手を掴まれ呼び止められる。
「ま、待ってよ。三笠」
「とりあえず一回家帰って処理して、そしたら靴持ってまた戻って来…」
「…何で、もうしないの?」
「え?」
思いがけない言葉に振り返る。
だけど、江藤の瞳はやっぱり潤んでいて。
「何で、って…。お前が泣いて嫌がってるのに、無理矢理手なんか出せねーだろ」
「手…出していいよ」
「…へ?」
「俺、嫌で泣いたんじゃなくて…、その。嬉しくて、泣いちゃった…だけで」
「それって…どういう…」
おずおずと俺の手を取り、その手を自分の下半身へと誘導させる。
薄い浴衣の布の下に、俺と同じようにすっかり硬くなった昂りがあった。
江藤が、熱を帯びた双眸で見つめる。
「三笠…。俺、さっきの続きしたい…」
艶のある声で懇願され、俺の中で何かが崩れ落ちる音がした。
後で思い返すと、それはきっと理性という名だったかもしれない。
「…俺ん家。ここから歩いて5分くらいだけど、もう少しだけ歩けそうか」
「うん…」
「足、辛かったら言えよ」
「うん…」
俺たちは、言葉少なに歩き出した。
徒歩5分で着くはずの自宅が、果てしなく遠く感じた。
緊張と焦りで玄関の鍵がなかなかうまく刺さらず、早く早くと心の中で自分を急かす。
玄関に下駄を脱ぎ散らかして。
ようやく2階の自室へと江藤を連れ込む。
「…今日は家族みんな出かけてて、花火終わるまでは帰って来ないと思うから」
「そうなんだ…」
俺の部屋に、江藤がいる。なんかそれだけで感動してしまう。
いつも一人で自慰してたけど。
今は、江藤が一緒だ。
今まで妄想の中で何度も江藤を抱いてきたけど、今度こそ触れることができるんだ。
スピーカーに繋がれてるんじゃないかってくらい、心臓の音がうるさい。
「三笠…」
「ん?」
「パンツ、脱がせても…いい?」
「いいけど…。その代わり、お前のは俺が脱がすから」
お互い、ぎこちない動きで脱がせっこする。
江藤の下着にはじんわりと染みが出来ていて、より一層興奮した。
今身体を覆うものは、浴衣一枚とそれを真ん中で抑える帯一本だけだ。
中の布が一枚なくなっただけで、こんなにも色気が出るものなのか。
けれど、全部脱がしてやろうという気にはなれなかった。
普段見慣れている学生服ではなく、せっかく着ている江藤の浴衣姿をもう少し楽しみたいというのもあったし。
何より和装というシチュエーションが俺のフェティシズムをかき立てた。
一言でいえばこっちのがエロいから、なんだけど。
「…なぁ。浴衣は着たままで、シてもいいか?」
汚しちまったら責任持って洗うからさ、と耳元で囁いてやると。
江藤は若干の逡巡の後、恥ずかしげにこくんと小さく頷いた。
自分のベッドに座り、江藤も隣に来るように呼ぶ。
しかし江藤はベッドには上がらず、俺の足と足の間に入り込み、四つん這いになる。
墨色の裾を捲られ、恥ずかしいくらいに反り返った熱が露わになったかと思えば。
直後にぬるりとした感触が襲った。
「……っ!えと、う」
江藤の口が俺の熱を咥え込む。
先走りを舐め上げるように、舌が根元から先端まで淫らに動く。
口腔内の熱い粘膜に包まれ、びりびりと痺れるような感覚が体内を走った。
江藤がとろけるような瞳でこちらを見上げ、時折熱い吐息が俺の性器に吹きかかる。
「三笠の…おっきい…」
「江藤…」
「本当は、チョコバナナやフランクフルトじゃなくて…。ずっと、三笠のを咥えたかった…」
江藤の言葉に、単純な俺の下半身がより大きく成長していく。
そんな様子が嬉しかったのか江藤は指を添えて頭を上下に動かし、更に俺を追い立てる。
「っ…、やべえ…。お前、可愛すぎ」
自分の中心を必死にしゃぶりつく姿が愛おしくて、サラサラした黒髪に手をやって何度も撫でる。
指で髪をすかれる感触が気持ちいいのか、お返しと言わんばかりに強く先端を吸い上げられる。
思わず腰を浮かして手で頭をぐっと抑えつけると、その行為に興奮したのか、江藤も自身の身体を触り始めた。
「み、かさ…ぁ。好きぃ…」
江藤は息を荒くしながら俺のモノを口いっぱいに含み、同時に片方の手で自らの臀部へと手を伸ばす。
「んっ」とくぐもった声を小さく漏らし、身体をうねらせながら窄 みに指を入れそこを弄 っているようだった。
その姿はとても濃艶で、酷く情欲をそそられた。
これはこれでエロくて良いのだが、さすがに全部任せるというわけにはいかない。
「待てって、江藤。そこ、解 すの俺の仕事だから…」
俺にも触らせて、と声をかけると。江藤は物欲しげな表情で顔を上げた。
「ご、め…。俺、我慢できなかっ…」
江藤の口端から唾液が一筋とろりと垂れる。
もう何なんだコイツは。俺専用悩殺マシンか。
一気に押し倒して犯してやりたいのを我慢して、この時のために用意していたゴムとローションを取りに行こうとすると。
江藤が先に、「これ使っていいよ」と自分の巾着からおずおずと取り出した。
何、お前。お祭りだ屋台だ花火だのとはしゃぎながら、ずっとこんなもの持ち歩いてたのかよ。
けど、こういうことしたいと考えてるのは俺だけじゃなかったんだと、嬉しくて堪らなかった。
浴衣をなるべく汚さないようにと、江藤をベッドの上で腹這いにさせ、お尻だけ高く突き出す体勢をとらせる。
下半身を隠していた裾を大きく捲れば、色白の綺麗な肌が露わになり、思わず生唾を飲み込む。
指先にローションを塗りたぐって入り口へと押し入れると、誘うようにきゅうっと締め付けてくる。
いきなり無理をさせないように、少しずつ、ゆっくりと指の抜き差しを繰り返していく。
「江藤、平気か…?」
「うん…。だいじょ…ぶ…」
江藤は俺の枕に顔を埋めていて、目線だけこちらに向けて答えた。
枕に鼻を押し付けて「三笠の匂いがする…」と恍惚とした顔で呟かれ、そんな仕草すらも可愛くて仕方がない。
初めてなので解すのに時間をかけようと思っていたのだが、思いのほか早く江藤の後ろは俺の指を受け入れ始めていた。
嬲 るように中を指でかき混ぜると、イイところを擦ったのか、江藤は堪え切れず嬌声を上げた。
「あっ…、んぅっ…」
「江藤のここ…。すっげー気持ち良さそう」
「ん…っ。だ、だって、きもちい…ぃ」
「初めてなのに、こんなに感じてんの?」
「は…じめてじゃ、ない…けど」
「…何。俺じゃないヤツとこういうことしたことあんの」
「そっ、じゃなく…て」
一瞬、自分以外にもこの江藤の身体を好きにしたヤツがいたんじゃないかと、醜い嫉妬と執着心が脳裏をよぎるが。
「……いつも一人でするとき。三笠のこと想像しながら、弄ってた…から……あんっ」
最後まで言わせずに、俺は江藤の中に差し込んでいた指を引き抜いた。
もう…無理。我慢できない。
気がつけばゴムの封を切っていた。
「も…、入れるから、力抜いて」
「ひゃ…ぁんっ、三笠…ぁ」
熱で滾 った塊を艶やかに濡れた窄まりに宛てがい、ずぶずぶとと浸食するように押し込めていく。
ゆっくりと腰を動かし、最奥へと到達するとそのまま後ろからぎゅっと強く抱き締めた。
「…んっ、は…ぁ。江藤、苦しく…ないか?」
背中に被さりながら耳を舌で愛撫して聞けば、返事の代わりにがくがくと大きく頷いた。
江藤の中心に手を伸ばし、包むようにしてその昂りをゆっくりと扱いていく。
その動きに合わせてピストンの動きで腰を前後に揺らすと、江藤が快楽の声を漏らす。
前と後ろに同時に与えられる刺激に耐え切れず、何度も身体を反り返らせては中にいる俺自身をより深く呑み込んでいく。
着ていた浴衣はすっかり乱れ、自らも腰を揺らして「もっと動いて」と淫らに強請るその姿は酷く扇情的で。
俺はまるで動物が交尾するように、ただただ夢中になって江藤を犯していく。
「三笠ぁ、好き…、好きぃ!」
「俺も…好き、だ…江藤」
奥へと腰を打ちつける度に汗ばんだ肌が合わさり、もうどこが二人の境い目かわからないくらいぐちゃぐちゃになっていた。
六畳の狭い部屋には腰がぶつかり合う音と、接合部分から漏れる厭らしい水音。
そして、二人の荒い呼吸の音だけが響いていた。
江藤の目尻には快感のせいか大粒の涙が溜まっていたが、今だけは泣いてる姿を見て一層興奮を覚える。
こいつをこんな風に泣かせていいのは、俺だけだ。
「ん、んあぁ…っ。み、三笠、も…俺。い…イっちゃ…」
「えと…う、俺も…そろそろ、ヤバ…っ」
お互い限界が近づいてきて、江藤の腰を両手で掴み、追い立てるように猛烈なスパートをかける。
江藤のモノの先端からぴゅうっと精が放たれると、強く収縮した中で俺自身もびくびくと震わせながら果てた。
ぐったりと力尽きて半分意識を失いかけている江藤の身体を丁寧に拭いてやって、ベッドの上に二人で並ぶようにごろんと転がる。
潤んだ唇にちゅっちゅっと啄 むようにキスをすると、江藤もまた俺の唇を追うように合わせてきた。
ちゅくちゅくと唾液の音を立てながら、ねっとりと舌を絡めていく。
セックスも気持ちよかったけど、こうして触れ合うだけでも心地よい。
濡れた目尻をぺろりと舐め涙の跡を拭 うと、江藤ははにかむように笑った。
ドーン、と遠くで大きな音が鳴る。
「花火…始まっちゃったね」
「あぁ。でも俺は、もっと綺麗なもん見れたからいいけど?」
閉めたカーテンの隙間から差し込む色鮮やかな光に包まれながら。
もう一度二人で身体を寄せ合った。
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