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第1話

絵葉書が届いた 綺麗な砂浜が続き、そこに穏やかな波が押し寄せる写真だった いつもは手紙なのに、珍しい…… その違和感に何となく胸騒ぎがした いつからか始まった文通は、確か雑誌の文通コーナーで適当に見つけた相手だった だけどその雑誌が廃刊になった今でも、彼とはずっと続いている 僕はどんな事でも書いた 学校でうさぎに餌をあげた事、プールで二十五メートル泳げた事、テストで百点取った事 球技大会で活躍できた事、告白されて彼女が出来た事、受験に失敗した事…… 彼はそのひとつひとつを丁寧に読んでくれた様で、嬉しい反応の手紙を書いて寄越してくれた だから僕は調子に乗って、彼には沢山の事を書いた 毎日ノートに書き溜めて、それを見ながら手紙を書く それがいつしか僕の日常生活の中に組み込まれ、僕の楽しみのひとつになっていた そうして高校は夏休みに入り、彼から一枚の絵葉書が届いたのだ 『いつも御手紙をありがとうございます。 ソラさんは今、体調を崩され○○療養所に入所しています。』 彼からではなかった その文章を見た途端、僕は取るものも取らず、書かれた住所を頼りにそこへ向かっていた 電車に揺られる事、四時間… 駅のホームに着くと、絵葉書にあった療養所の広告看板を見つけた そこから専用バスで三十分 療養所の駐車場に着くと、僕は走って建物の中へと入った 顔なんか知らない どんな人物なのかも解らない ソラは自分の事を殆ど語らなかった ……くそ、何で自分の事ばっかり…、クソ…… ソラの部屋番号を受付で聞き、そこへ急ぐ 初対面の僕に、彼は驚くだろうかーーー 「……!」 窓のカーテンが揺れる それを眺めるかの様に、角度を上げたリクライニングベッドに背をつけた男性がいた 体は痩せ細り、腕には管が繋がれていた 肌の色は、着ている病衣と大差ない程白い 細い首筋までかかる髪は、色素が抜け落ちたように明るく、風に揺れキラキラと輝く 「……誰?」 彼がゆっくりとこちらへ振り向く 「………」 少し幼さが残る顔 潤む瞳に長い睫、透き通る程の白い肌、その肌に際立つ赤い唇… 首を少し傾けた彼のその姿に、僕は不謹慎ながら美しさを感じ、ドキッと胸が高鳴ってしまった 「…ヒロだよ、ソラ」 そう言うと、ソラは口角を少し上げ目を細める 「……ヒロ?」 「うん、会いに来た」 僕はソラの傍へと身を寄せる 「ヒロなの?……ごめん、僕はもう目が見えなくなってしまって…… …ヒロ、いつも楽しい手紙をありがとう… 僕は生まれつき体が弱くて、普通の生活が出来なかったから、ヒロの手紙を通してそれを想像の中で体験できた事が嬉しかった……」 「………ソラ」 「それだけでも充分なのに…まさかヒロが、会いに来てくれるなんて……」 ソラの目尻から、涙が溢れ頬に伝う 僕は彼の細い手を両手で包んだ 「僕だって!…僕もソラのお陰で、毎日が楽しかった ソラに喜んで貰えると嬉しくて……だから、色んな事を頑張れたんだ!いつもソラを傍らに感じていたんだよ……」 「……ヒロ」 「もしソラがいいと言うなら、僕はこれからもこうしてソラの所に来るよ! ソラが聞きたい話、いっぱいするから……」 ……だから、生き延びて……! 僕の瞳からも涙が溢れ頬を流れた ザザザ…ザザザ… 波打ち際に映る二つの人影 ソラと僕が立ち並んだ絵葉書が 病室にそっと飾られた

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