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第1話

 野々村カイ。職業、タレント。  父親が日本人で、母親が北欧系。生まれ育った国は父親が海外勤務の仕事に就いているため母親の母国だが、自他ともに認める日本オタクだ。  身長は平均的だが、ハーフなだけあって見目が整って周囲の目を引くカイにタレントにならないかと声をかけてきたのは、有名なアイドルユニットが所属している事務所だった。  仕事をすれば、日本に滞在できる。  帰国するのが名残惜しかったカイは、二つ返事で了解した。  初めは雑誌のモデルとして始めた芸能活動で目に留まり、お昼のワイドショーでレポーターとしてテレビに顔出しするようになれば、帰国子女という価値で映画関係のレポーターとして駆り出されるようにもなった。  気づけばバラエティ番組のひな壇に座れるようなタレントになり、カイの夢だった全国の色々な場所をめぐるというのをロケで叶えてもらっている。  ときにアポなしで気難しい店主に断られたりして落ち込むことはあるが、基本的にはポジティブシンキングな人間なので、寝たらすぐに復活できていた。  日本大好き! を全面にアピールして仕事をしていたカイに、ある日ご褒美のような仕事が舞い込んだ。 「メイキング・ジャパン?」 「オリンピックを数年後に控えた今、日本の伝統文化を今こそ知ってもらおう! っていう特番らしいんだけどね」  マネージャーが企画書を読みながら説明してくれる。 「でも、なんでそこで俺なの?」  日本オタクなのは認めるが、伝統文化を伝えられる程、何かに秀でているわけでもない。  単に伝統文化の紹介を流すだけなら、ドキュメンタリーで十分だ。 「日本をあまり知らない外国人やハーフのタレントが、伝統文化に触れて感動する番組にしたいんだって」 「ああ、なるほどー」  仕事の依頼が来た理由に納得する。 「それで、それで? 俺は何の担当? ジュードー? カラテ? あっ、ケンドーもカッコいいよね!」  武士道に憧れているカイとしては、剣道辺りをやってみたい。  瞳を輝かせながらマネージャーの言葉を待っていると、申し訳なさそうに眉をさげながら企画書をそっとカイの方へと向けた。 「おー、和装男子! カッコイー」  企画書に載っている写真の彼は、凛とした表情で和装が似合う顔立ちだ。どんな道を究めている人物なのだろうと想像しているところに、マネージャーが静かに告げた。 「ええと、カイくんにはー……茶道だって。野点の茶会で振る舞えるように学ばせて貰うのを撮るみたいだね」 「茶道? ええと……あの、『わび・さび』とかってやつ?」 「そう」 「だ、大丈夫なのそれ? 俺に一番合わないやつじゃないの?」  賑やか、騒がしい、お喋り。  それがカイのセールスポイントでもある。  茶道と言えば、カイの解釈が間違っていなければ、静寂と趣を一番大事にするものではなかっただろうか。 「うーん、なんでも、賑やかなカイが大人しく頑張るギャップ……? を撮りたいっていうディレクターの趣向みたいだよ」 「Really?」  思わず英語で返してしまった。 「マジです」  事務所を支える敏腕マネージャーらしく、冷静な返事が返ってきた。 「いい? カイくんにとっても新天地が開かれるかもしれない、大事な仕事だと思うんだ。大変だと思うけど……頑張って」 「新天地、ねぇ……」  新しい可能性。  期待してくれているマネージャーには申し訳ないが、トントン拍子で仕事をしてきたカイに、そんなものが隠されているんだろうか。  無言で頷くことしかできなかった。 *** (話に聞いてたのと、違うんですけどーっ?)  目の前にあるのは立派な日本家屋。  これが単に観光ならば、大喜びで写真を撮りまくってSNSにアップしていただろうが、今日は撮影でもなんでもないのでグッと我慢をする。  茶道と言っても色んな流派がある。  今回の撮影でカイが世話になるのは、まだ三十代前半の若手の茶道家だと聞いていた。  他のタレントは人間国宝級の人間や、その道の首席クラスに弟子入りするらしいのだが、カイはまだ新人の域なのでその辺りには予算の関係でオファーが出来ず、ディレクターがあちこち声をかけてようやく見つかったという話だった。  年も近いし、そんなに気を張らなくていいと事前に聞いていたのに、この家の空気に圧倒されながら、数人のスタッフと共に門をくぐる。  出迎えてくれたのは、企画書の写真通りの和装男子でカイの収縮していた気持ちが一気に消し飛んだ。 (いや、写真よりもカッコイイ!)  カイのテンションは最高潮になり、あいさつもそこそこに、思っていることを隠さずに口に出す。 「ワァオ! キモノ! ジャパニーズ、モエ! だねっ!」 「――君が野々村カイ?」  カイの目の前の男は、神経質が具現化したのならばこんな感じなのだなと思うくらい、硬質な表情をする。 「イエス! ええと、ミスター鳥羽? よろしくね!」  握手を求めようと手を差し出したが、鳥羽はそれを見つめただけですぐに踵をかえす。 「……野点まで時間がない、練習を始めましょう」 「オーケー……」  見た目からしてあまりフレンドリーではないと思ってはいたが、握手すらしてもらえないのは切ない。 「カイくん、大丈夫……?」  しょんぼりするカイに、カメラスタッフが心配そうに声をかけてくる。  このまま鳥羽と微妙な空気のまま野点を成功させても、番組的には気まずくて放送できるかどうか会議にかかってしまいそうだ。  この企画の成功は、鳥羽とどれだけフレンドリーになれるかにかかっている。 (よしっ! 茶道も鳥羽もオールクリアしてみせるっ!)  ポジティブなカイの決心は、斜め上の方向へと向かった。  濃い茶と薄茶も分からず冷やかな目で見られ、熱湯に驚いて畳にぶちまけたり……と、テレビ的には笑える画が撮れてスタッフは喜んでいたが、鳥羽とカイの間の溝は深まったような気がしてたまらない。 (うう……もうすぐ野点の本番なのに、必要なこと以外は会話がないしなー……)  カイとしては歳も近いし、もっと話をしてみたいのだ。  だが、鳥羽に隙が全くない。 (あー……最後くらい、握手できたらいいなぁ……)  スタイリストに着付けをしてもらっている間も、鳥羽とどうしたら仲良くなれるかを考えていた。 「お待たせしましたぁ」  和服に着替えたカイが現場に現れると、先に到着していた鳥羽がこちらを見る。 「想像よりは似合ってますね」 「うっ……どうも」  これは褒められていると解釈していいのか悩むところだが、褒めてくれたのだと思う事にする。 「……では、最後の試験です。教えた事を思い出して、私に薄茶を点ててください」 「イ、イエッサー」  着慣れない和服と緊張で、手が思うように動かない。 (お手本見た時は、あんなに綺麗に動いてたのに……)  流れる動作というのは、鳥羽の様な動きを言うのだと、勉強そっちのけで見惚れてしまった。 (そうだ、慌てないで、ゆっくり……)  そうすれば、自分にだって絶対出来るはずだ。  茶匙で温めた茶碗に抹茶を一杯、お湯の量は茶碗の三分の一。 (茶筅を真っ直ぐに持って……茶碗をしっかり持ちながら、素早く泡立てる……っ!)  シャカシャカと茶筅の音だけが聞こえ、茶碗の抹茶が泡だっていく。 「できたっ!」  理想の細かい泡になり、つい大声を出してしまう。  じろりと鳥羽から厳しい視線が来たが、気にせず目の前に茶碗を差し出す。 「ええと……そ茶ですが、ドウゾ?」  首を傾げると、鳥羽が表情を変えずに尋ねてきた。 「……緊張するとカタコトになるのは君の癖なんですね」 「あ、う、うん」  少しでも自分のことに興味を持ってくれたことが嬉しくて、頬がにやける。  だが、鳥羽は表情を崩さずにプロの顔で茶碗に向き合う。 「頂戴します」  静かな動作で茶碗を手に取り、ゆっくりと口に運ばれるのを惚けた視線を送って見つめてしまう。 (本当に、綺麗な人……)  見惚れていると、鳥羽がフッと優しげに笑った。 「結構なお手前で……短時間でよく覚えましたね」 「……っ!」  初めてもらう優しい言葉と見守る様な眼差しに、ドクンっと胸が大きく波打ち、思わず服を強く握った。 (な、何これ、何これ……っ?)  一瞬でノックアウトされてしまった。 「ここからが本番です、最後まで頑張ってください」  差し出された手に感激して潤んだ目のまま握りしめると、大きく振り回して鳥羽に怒られてしまった。 「あ、あのさ! 収録終わったら……ちゃんとお茶、俺に教えて! お願いっ!」  思い切って聞いてみると、鳥羽はカメラには映らないよう、そっと繋がっていた指の間を軽く撫でる。 「……私の講師料は高いですよ?」  口元がゆっくりと上がる様を見て、カイの顔が真っ赤に染まる。 「アメージング、ジャパニーズ、モエ……」  ふらりと倒れそうになって鳥羽に支えられるところまでカメラにしっかり撮られていて、後日、オンエアを見て羞恥で転げまわるのをカイはまだ知らない。

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