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拝啓、故郷のわからず屋様達
家族を振り切るようにして上京した俺には、盆休みをもらっても帰る実家がない。そもそも、夏が嫌いで行きたい場所も特になかった俺は、連休を返上し、冷房完備のさらっと涼しい会社に来ていつも通り仕事をしていた。
世の中はやれ帰省ラッシュに墓参りだ、海だなんだと騒いでいるが、人が少なくなった会社は快適そのものだ。
それも、唯一残った上司があの中村さんだった。最高と言わざるを得ない。
ビシッとスーツを着こなす姿は大人の男そのもので、仕事着だから渋々身につけているそこらの中年オヤジとは一線を画している。そして、涼やかな目に引き締まった口元。いつ見ても惚れ惚れする男前だ。
そして、この見た目で仕事もできる。それを鼻にかけたりもしない最高の上司だ。
「好川」
パソコン越しに中村さんが俺を呼ぶ。
コピーを取りながらデレデレしていた俺はハッとして中村さんを見た。
さっき昼休憩で同期の鈴木が出ていったので、今残っているのは、俺と彼だけだった。
でも、俺を呼んだのに、中村さんはパソコンの画面を見ていて話し出す気配がない。
「あ、あの……」
「僕を見ている暇があったら仕事をしなさい」
ちらりと、顎を引いて顔をパソコンに向けたまま目だけ俺に向けてくる。
その視線にどきっとして顔が熱を待つ。
「す、すみません……」
「まったく。今朝、存分に見ただろうに」
呆れたようないたずらっぽい言い方に背骨がゾクゾクする。
「若い子には、あれじゃあ足りなかったかな」
「あ、う……いや、それは、その……」
あれと言われ、今朝の中村さんを思い出す。
パジャマを脱ぎ捨て、俺の下っ腹の上で腰を揺さぶる姿。夏の暑い朝日を浴びながら、俺を咥え込んだしなやかな腹を擦る骨っぽい手の動き。
スラックスの下で息子がだらしなく首をもたげる。
中村さんがクスクス笑った。
「お昼休憩にしようか」
*
「っはぁ……あっ、あ……っ」
「中村さん、気持ちいい?」
ベッドの上で長い足をだらしなく広げ、整えられた眉を切なげに寄せる中村さん。渋くて誰が見ても男前な彼をそんなふうにしているのは外でもない、俺だ。
中村さんの中年とは思えない引き締まった腰を掴み腰を押し付ける。避妊具越しに中が蠢くのを感じて鳥肌が立つ。
浅く抜いて、ぐりぐりと奥に押し付ける。
昼に少しいじったせいか、いつもより柔らかい。
「うっ……あぁっ……は、ぅんン……!」
枕元のシーツを手繰り寄せ、物足りないというように腰をグラインドさせる。
「っふ、そんな動いたら抜けちゃいますって……」
「な、ら、動いて……っくれないかな……ッん」
がつがつ腰を振るのはもったいない気がした。
田舎じゃ盆踊りに花火大会の時間だろう。
蒸し暑い夜に人混みに繰り出すなんて、俺には考えられない。空調の効いた部屋で恋人とセックスした方がずっと楽しい。
まして、相手がこんなに素敵な人なら尚更だ。
もどかしそうにハクハクと息をする中村さんの頬にキスをする。そのまま耳を舐めて、開かれた両足を持ち上げる。
「ぁっ……く」
ぐちっと音がしてさっきより深く繋がった。
「っうあ……! 待っ、好川っ……」
ぐぅと中で締めつけられる。
中村さんが俺の頭を抱きかかえ、髪をぎゅうぎゅう握る。
「っちょ、禿げちゃいます! 禿げるって、中村さんっ」
長い足が背に絡む。
あっと思った時には体が仰向けになり、中村さんが上に乗っていた。そして、否応なしに思い切り腰を振り始める。
「ぁっ、あっ、んぁ、あっ」
跳ねる短い髪。恍惚とした顔。下を向き知的な目は閉じられ、淫靡に喘ぐ口からは粘度の高い唾液が糸を引く。
俺の中村さん。
かっこよくて素敵でえっちだ。
「よ、しかぁっ……イっ、イく、イく……!」
「っ俺も、そろそろヤバっ……ぁ」
声を殺し、中村さんがのけぞる。がくがくと全身を震わせ、中に入った俺を追い詰める。
中村さんの絶頂を感じ、先端が最奥に触れるよう押しつけた。
「ぃっ、ぁあ」
達した余韻で甘く痙攣する中を穿たれ、逃げを打つ中村さんの腰を掴み、俺は大きく腰を振り最後は奥に吐き出した。
「んっ……」
どくどくと中村さんの肉に包まれて射精する。
気持ちいい……。
額を中村さんの体にくっつけると、前髪を後ろになでつけられた。
「今夜の君はずいぶん、ねちっこいな」
まだ息が乱れている。
中村さんを見上げると、耳を揉まれた。そのままキスをする。舌をこすり合わせると中が動くのを感じた。当然、至福に包まれた俺もやわやわと反応する。
甘い酒の中に浸っているような多幸感に酔いそうになる。
「中村さ……」
「来年は一緒に帰省しないか?」
「へ?」
「君の実家に行きたい」
夢から覚める一言にぞっとした。
「いっ、嫌ですよ」
「君、ゲイバレして上京したんだろう? いい機会じゃあないか」
そう。ゲイだと知られたから田舎を出た。
男を好きだというだけで犯罪者のように責め立てられ、まるで異常者扱いだった。親や妹まで汚いものを見る目で俺を見た。
あんな場所、死んでも戻らない。戻るくらいなら誰にも見つからない場所で死んで無縁仏になった方がましだ。
「……萎えたね」
中村さんが俺のを中から抜きながら言った。
「仕方がないか」
「いっ、いくら中村さんのお願いでも俺、実家には戻りませんよ!」
「少しだけさ。顔を見て、御仏前に線香あげるだけ。日帰りで構わないよ」
「む、無理ですって……」
隣近所、みんな俺がゲイだと知っている。
そんなところに中村さんを連れて行けない。
好奇の目で見られるだけならまだいい。どんな嫌がらせを受けるかわからない。
俺は無意識に自分の肩を抱く。
「頼」
中村さんが意味ありげに俺の名前を呼んで額を触ってきた。
上京前、俺の部屋のゲイ雑誌を見つけた母親は父親に言いつけた。激昂した父親は、勢い余って俺を階段下に突き飛ばした。
額にはその時の傷が残っている。
救急車を呼ぶ騒ぎとなり、なぜそうなったのかという話はあっという間に知れ渡ってしまった。
退院した俺の居場所はなく、一日と待たずに家を出てがらがらの鈍行列車で東京に向かった。
「君は僕といて、幸せかい」
「……え? そりゃ、もちろんですよ」
これ以上ないほど幸せだ。
「よかった。僕も幸せだ。頼は仕事覚えもいいし、勤勉だ。僕好みの甘い顔だし、これも大きい」
「ちょっ!」
露骨に半脱げのゴムを被った息子を握られ肩が跳ねる。
「中村さんっ」
「くくっ、ごめんごめん。まあね、それだから僕としては、どうしてもこの傷が惜しい」
「え?」
中村さんが真面目な顔をする。
つい、どきっとした。
「ね、君が引け目を感じる必要はない。堂々と胸を張ればいい。もういっそ中村姓で」
「っえ! いや、絶対揉めますって……」
「真っ向からぶつかればそうだろうさ。けど、不意打ちで度肝を抜いて、後はこっちに逃げ帰ったらいい」
そう簡単に行くだろうか。
少し考えたが、泥沼の未来しか見えない。
唸りながら考えていると、急に中村さんがベッドを降りた。どうしたのかと思ったら明日、クリーニング予定のスーツを着始めた。ローションまみれの足でスラックスを履き、汗と唾液で濡れた肌にシャツを羽織ると、ボタンをきっちりしめる。背広に袖を通し、ネクタイまでした。
髪をちょいちょいといじると、会社で見る中村さんになる。……気持ち、ちょっと色っぽいけど。
中村さんは咳払いをして、にっこり笑った。
「えっと……あの」
「お初にお目にかかります」
「え?」
「城島グループ常務執行役員、経営企画部担当の中村将久と申します。息子さんには公私共に支えて頂き、不甲斐ない限りですが上司として妻として精一杯努めさせて頂きます。どうかご理解の程、よろしくお願い申し上げます」
「っふ、あはは……」
それはもう、何というか、笑ってしまうくらいの出来上がりだった。きっと、今思いついたわけではないのだろう。
いつからかは分からないが、捻って捻って出しただろう、俺にとって完璧なあいさつだった。
中村さんがバサバサとスーツを脱ぎ捨てる。
「ねえ、そんなに俺の家族が見たいんですか?」
「君の家族だからね。僕の家族はもう見せてあげられないが」
中村さんの両親は早くに亡くなっていた。どちらも病気だったと聞いている。
「……来年ですよ」
「ああ。来年」
ベッドに上がってきた中村さんの手を取った。
スーツを脱いで、情事の色を濃く残した体で俺の腿の上に腕を置いて寝そべる。
フェラしてくれそう……と思って見ていると、萎えた俺をぺろぺろと舐め始める。
「んっ……」
空調が気持ちいい。窓の外は夜にも関わらず都会特有の蒸し暑さに包まれているが、この部屋は別だ。
快適な室温。そこで薄っすら汗をかきながら好きな人とセックスする……。
来年はこの人と実家に帰るだろう。
盆休み、帰省ラッシュに揉まれてプールだ海だと浮かれた連中に混じって。
渋くて男前で、仕事ができる、えっちな連れ合いを自慢しに。
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