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今日は帰りたくない 2
何か恐ろしいものを見たような顔のまま、リョウが固まった。
「どうしたの」
アヤが声をかけると我に返り、大きく息を吐いた。
「だって、柄にもないこと言うからさぁ。何か変なモンでも食ったんかと心配したで」
「あっそ」
どさりとソファに腰を下ろして、煙草に火をつけた。何となく、欲しかったリアクションと違う気がする。察したように、
「うそうそ。ちょっとあんまりないことやからリアクションに困ってしもた」
そう言って顔をクシャクシャにして笑いながら、リョウがアヤに跨ってきて、膝立ちになった。
「ほんまにまだ一緒におっていいん」
「うん」
「嬉しい」
同じ笑顔でも、さっきとは全然違う。頬を薔薇色に染めて、蕩けきったように微笑むリョウは、アヤの目には充分扇情的に映った。
アヤはリョウを見上げ、リョウはアヤを見下ろす、そんな姿勢で、啄むようなキスを交わした。唇が離れたあとの照れたような笑顔も、リョウの表情どれもこれもが愛しい。リョウの後頭部から抱えるように抱き寄せると、さっきよりももっともっと深く唇を重ねた。アヤの頬に添えられていたリョウの手も、知らぬ間にアヤの首筋に絡みついていた。
見下ろす先のアヤの視線が痛いほど突き刺さる。身体を、眼球を、貫かれてしまいそうな鋭さで、その視線をぶつけられていると思うとそれだけでずくりと芯が熱くなる。
ずっこいわぁ、リョウは内心ボヤいた。普段あんなにいろんな意味でひんやりとしているくせに、こんな時だけ火傷しそうに熱い目で見てくるの、ズルい。
何度も何度も角度を変え、咥内を侵し合う。もっと、もっと奥へと、めいっぱい舌を突き出す。同時にリョウはアヤのカットソーをたくし上げて、アヤの弱い所をやわやわと撫でているし、アヤはアヤでリョウのシャツの裾を捲り、チノパンの中へ手を潜り込ませている。膝立ちだったはずのリョウはいつの間にかアヤに腰を下ろし、身体を預けていた。
長い間繋がれていた唇が離れ、名残惜しさを象徴するように透明な糸を引く。
「リョウ」
切羽詰まったアヤの声に呼ばれ、息遣いの荒くなったリョウが呆けたような目線を合わせた。
「なに……?」
「この体勢のまま、しようか」
落ち着いたトーンで、穏やかな口調ではあるが、目を見た限りNoとは言わせない圧がひしひしと伝わってくる。
「うん……って待って、今朝も俺入れられたやん?」
危うく流されるところだった。とろんとした瞳は今や大きく剥かれている。
「うん、でもムードに流されてみるのも時には大事かなって」
「うまいこと都合ええように言うなー!」
しれっとのたまうアヤにリョウがつっ込む。かと思ったら、
「……やっぱりタチ同士じゃ、上手くいかへんのかな」
しょんぼりと俯いてしまった。
「リョウ?」
目線を合わせようとアヤが覗き込むが、顔を背けられた。
「だっていっつもそうやもん、アヤだって毎回いちいちどっちにするかお伺い立てたり相談したりするのめんどいんちゃうの」
「別にそんなこと」
アヤが言いかけた時、リョウがようやく顔を上げ、そして言った。
「アヤにはやっぱり、毎回入れさせてくれる人の方がええんちゃうのん…?」
「…バカ」
息が止まりそうになって、夢中でリョウを抱きしめた。どこかに行ってしまわないように、きつく、強く。
「どうせ俺はバカですよ、いっつも自分のことで精一杯やしアヤの前じゃ何したっててんでカッコつかへんし」
「その全部が、好きなんだよ。入れる入れないの話だってそうだよ、俺にしか許さないリョウを愛してるし、俺だってこの先もリョウにしか許さない」
「うぅ…だから、ずっこいってそういうの」
リョウもアヤの肩に手を回して、頭をぐりぐりとアヤの肩に擦り付けた。
「ほんまずっこいしいけずやし」
「ごめん」
「でも、大好き」
勢いよく顔を上げたリョウはその勢いのまま、アヤをソファに押し倒した。
「念のため確認しとくけど、俺の番やで」
「わかってる、それもごめん」
アヤが苦笑いすると、リョウも破顔して、もう一度最初のような軽く触れるだけのキスをした。
いつも憎たらしいほどに余裕綽々で飄々として、何を考えているのかわからないようなこの男が、この時だけは違う一面を見せてくれる。抱く側の時だって、ここまで余裕のない様子を見ることはできない。
リョウがアヤを抱くのはもちろん肉体的役割としてそうしたいというのもあるが、それとはまた別に、いつもと違うアヤを見たいから。そして、こんなアヤを知ってるのは、世界中で自分だけと思うと、嬉しくてたまらなくなる。
「アヤ、俺だってアヤにしか許さへんよ、この先も」
「うん……」
「だからもっと、声聞かして」
「っあ……っ!」
密着する。
身体の全てが、密着する。
すっかり受け入れることに慣れた内部はぴっとりとリョウが打ち込んだ楔に絡みつく。もっと、もっとと絞るように締められ、リョウはもっと、もっと奥へと穿ち、中を抉る。
「んん、あ、あ、リョウ、そこ」
「うん、奥の、ここやんね、アヤの好きなの」
「ん、そこ、あ、あっ、ああっ!」
このアヤは俺だけしか知らない、俺だけのアヤ。この先もしも、何かの事情で俺達が別れることになったとしても、死ぬまで俺以外の奴の侵入を許すなよ。
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