46 / 95

こんな誕生日も悪くない

「ケーキあるで」 仕事から帰ると、母の第一声。 「うん……ありがと」 嬉しくないわけではない、でも一番欲しいのはそれじゃなくて。 期待なんかしてなかった、といえばウソになる。 一緒には過ごせないにしても、何かあったって。 いったん自室に荷物を置き、スーツを脱いで、再び階下に降りる。 早くもテーブルの上に鎮座しているケーキ箱は、昔から毎年注文している、近所の馴染みの店のものではない。 「店変えたん?」 独り言のように呟きながら箱を開けようとすると、箱に貼られたシールに書かれた店の住所に驚いた。 「あれ?これ」 「去年泊まったホテルから届いてん。お父さんやらお母さんには届かんのにあんただけなんでやろなあ?」 母が言い終わる頃には、ケーキ箱をもって自室へ走り出していた。 「ちょっと!お母さんにもちょうだいや!」 「あかん!」 ホテルがこんなもの送ってくるわけない。 そっとデスクにケーキ箱を置くやいなや、スマホを手にする。 仕事中でもかまうもんか。 「もしもし」 意外と早く聞こえた、アヤの声。だけど周りはざわついている。やっぱり仕事中なのだろう。 「仕事中やった?」 「ちょっとだったらかまわないよ」 「あの、ケーキ!」 「うん」 一気にまくし立てて、なんだか気恥ずかしくなってしまった。なんだかケーキにはしゃぐ子供みたいで。 「……届いてた。ありがとう」 「誕生日おめでとう」 ズルいな。 ケーキを送って『おめでとう』の一言で、ここまで喜ばせやがって。 ほんとはもっと、もっと…… 誕生日を祝ったり祝われたりの経験がないアヤにとっては、この日がたとえ暇な日であろうと、ここまでやるのが限界だった。 せめて一緒に過ごすことができれば。普段から一番リョウが望んでいることなのに。 「こんなことしかできなくて、ごめん」 見透かされたようで、リョウはどきりとした。 「え、ちゃうちゃう、ちゃうねんで」 「連休前日だし、ハロウィンの準備もあって」 「わかってるよ。充分嬉しいから」 話しながら、ケーキ箱を開ける。真っ白な生クリームに、真っ赤な苺がたくさん乗った、可愛らしいいかにもなバースデーケーキ。 これを選ぶのに、アヤはどれくらい、どんなことを、考えたんだろうか。 「喋りながら食べよっかな。一緒に食べてる気になれるかも」 「じゃああと二時間ぐらい待ってて」 「あそっか、仕事中やった。あー……でも二時間て」 二時間経つと、日付が変わってしまう。 「ケーキは食べてて。帰ったら電話するから」 「うん……」 「切るよ」 「うん……」 「いい子で待ってて。愛してる」 通話が切れた後も、リョウはスマホを耳に当てたまま固まっていたが、やがて少しずつ我に返る。三十にもなって、交際期間一年を超えて、電話越しのたった一言でこんなに心臓をバクバク言わせている自分が可笑しい。と同時に、職場で、恐らく耳を熱くしながらあんな台詞を言ってのけたであろうアヤを想像すると、またまた可笑しい。 会えないのは寂しいけど、こんな誕生日も悪くない。 一度は出したケーキをまた箱にしまい、再び階段を降り、母に声をかける。 「やっぱり一緒に食べよっか」 ひとまずは、産んでくれた人とお祝いしよう。 【おわり】

ともだちにシェアしよう!