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千年魔女のお迎えは愛しい戦士なダンナ様

 ある日、はたと気がついた。  魔王を倒しに行くんだった!  まぁ、次に思ったのは、中二病も大概にしようぜ、というセルフツッコミだったけど。  で、帰宅途中の道端でいきなり増えだした妄想紛いの記憶の数々に身動き取れないどころか強烈な吐き気に襲われ、そこで立ち止まる羽目になった。  てか、うちのアパートは後2軒先なんだけどよ。記憶暴走もあと少しで良いから空気読んでくれ。  道端で立ち止まって30分。ようやく吐き気が落ち着いた。  その間、通りかかっては心配して声かけてくれたおっさんとおばちゃんとおにーさんにはホント悪いことした。ぞんざいに追っ払って申し訳ない。  いや、現代日本の人情も捨てたもんじゃないね。  さて、歩けそうだし、おうちはすぐそこ。帰りましょう。 『待て待て待て待て』  む。 「なんとなし、幻聴が聞こえる」 『幻聴じゃねぇよ、分かっててとぼけんな!』  聞き覚え、ってより思い出した中にあった声に言われて、仕方ないから振り返る。  どうせいるなら我が家のある方に立てよ。電波だと思われるだろ。 「家に帰る。話はそれからだ」  道端で何もないところに独り言を喚く勇気は俺にはない。    ※  今更だが自己紹介といこう。  機械系ソフトウェアエンジニアをしている30歳の会社員だ。  ちなみに昨日が誕生日。例によって終電帰宅でコンビニケーキすら食ってないが。  思い出したら悔しくなってきた。明日テスターに回したら少し落ち着くはずだし、週末の楽しみにしておこう。  それはさておき。思い出したのは、前世の記憶だ。  中二病じゃなくてだな、マジな話だ。自分でも流石にどうかと思う規格外な化け物じみた前世なんだが、マジな話だ。  てか、史上最強の天才魔女とか、年齢千歳超えとか、俺Tueeeee系も裸足で逃げ出しそうな経歴なんだが、良いのか、これで。  そう、魔女。前世は女。  今は間違いなく男だし、脳内も紛れもなく男だが、前世は女。それも生命の神秘を地でいくババア。  超若作りで、死亡当時の外見年齢20代半ばだったが。サバ読みとか可愛いもんだ。3桁超えの年齢詐称は詐欺でいい。  そんな前世の記憶とやらを唐突に思い出した理由は、思い出した記憶の中にあった。  ちゃぶ台の向こうに座り、幻影の癖に茶を啜っている、半武装の熊男。これが理由だ。 「つーかさ、今更来るとか遅すぎなんだよ」 『これでも可能な限り最速だ』  返す刀で言い返してきた熊男。湯呑みを空けてちゃぶ台に戻すまでは、落ち着いていたんだが。  その後が怒涛。 『そもそもお前、千年も生きた最強の魔女なら自分で生き返れ。つか、千年も生きてんだから不死性も獲得しとけってんだ。しかも、お前の塔が遠すぎんだよ。何だよ人跡未踏の辺境のさらに向こうの断崖絶壁って。どうやって塔建てた。不便過ぎて逆に笑うわ。大体、勇者庇ってあっさり途中退場とか、お前の立ち位置そこじゃねぇだろ。お前が消えてからさんっざん苦労させられたんだが、損害はお前に請求して良いんだろうな。勇者は腑抜けるわ、代わりの魔女は役立たずだわ、魔王が不死身だわ、面倒にも限度があるってんだ。やっとこさ封印して後始末終えてお前の塔まで長旅追加で、俺に出来る最速で迎えに来てやったというのに、遅すぎとか文句言われる筋合いねぇだろ。しかも、お前。何で男になってんだ!』  本性が無口実直な戦士様とはとても信じられない捲し立て方に、俺はそっとお茶のおかわりを注いでやった。  うん、なんか、悪かった。 「流石のアタシも転生先までは手が及ばなかったっていうか……」 『む……。まぁ、なっちまったもんはしょうがないが……』  おや。言うだけ言って気が晴れたか。反応が落ち着いたようだ。  つまり、この熊男の言うことから判断するに、俺が死んでからは、とにかく魔王を倒した後で、俺の前世が所有していた塔という住居に行き、用意してあった特定の転生者を呼び戻す装置を動かして、こうして幻影を送り込んできた。それが今日だったと、いうわけだ。  何でそんな都合の良いものが用意してあったのかといえば、惚れた男と死に別れた後もまた転生先の男と過ごしたいという、不老長寿ならではなアタシのワガママから開発した、研究成果がそれだからだ。  さらに、転生先の彼が前世の記憶なんて持っていると期待できなかったため、その装置の機能として強制的に記憶を呼び戻させる仕組みを組み込んでいて、それがさっきの記憶暴走と吐き気の原因。  塔に戻ったら改良しよう。あの吐き気はキツいわ。  ていうか、そもそもアタシの不老長寿も俺に転生したため解除になってて、装置も不要。  ……になってるわけないな。あれは膨大な保有魔力の副作用だ。変わらない魔力を感じてしまうのだから、きっと不老長寿も変わらない。  うん。この童顔もそのせいか、畜生。 「それにしても、30年もかかったのか?」 『お前が死んでからまだ3年だ』 「ふむ。時間軸が違うのか。それは思いつかなかった」 『俺も30年も歳取って見えないだろうが』 「いや、アタシの影響でも出たのかと」 『魔力の貯まらない体質とか太鼓判押したのはお前だ。俺は普通の人間だぞ。魔力の助け無しに不老は無理だろう』  いや、そんな呆れなくても良いと思わないかい、ダンナ。  そうか、あれから3年か。それは妥当な年数だ。  そもそも、転生先の俺を迎えに来いと言ったのも、魔王を倒すのが先と言ったのも、装置を動かすための魔力ストックの在り処を教えたのも、全部俺だ。  転移の魔法で自宅に帰り放題だった俺と違って、魔力の欠片もないこの人には我が家は遠い。こっちの世界で例えるなら、アマゾンの熱帯雨林とサハラ砂漠を両方越えた先ってくらいの難易度だしなぁ。 「何か、悪かったな?」 『戻って来てくれるならそれで良い』 「こっちで生活基盤出来ちゃってるんだが……」 『それこそ俺の知ったことじゃねぇ』 「む。じゃあ、お前の知ったことで。男なんだが?」 『それはさっき言った。なっちまったもんはしょうがない』 「嫌だろ、同性は」 『関係ないだろ、性別なんざ』 「関係大ありだ。子どもが出来ねぇ」 『元々お前長生きしすぎてとっくに閉経したって言ってただろ。同じことだ』 「う……。あ、いや、うん。あれだ。挿れる穴がねぇ」 『アナルセックスって知ってるか?』 「え!? あ、え、マジで? いやいや、それ以前に、男相手に勃つのか、お前」 『勃つぞ。試してみるか?』 「お前、今、幻影な」 『茶は飲めるのに触れられないと思うのか?』  ククッと意地悪く笑って、おかわりのお茶も飲み干す。コトンという湯呑みが置かれた音がやけに大きく聞こえた。  ついで、熊男と揶揄できるだけの立派な体躯が動いたせいで、床がキシリと音を立てる。  つまり、幻影の癖に実体がある証左で。  単身者向けらしいフルフローリングで約10畳のワンルームアパートは、つまりちゃぶ台とクッションとキャビネットとベッドで室内いっぱいいっぱい。  俺の背後すぐにあるベッドに軽々放り投げられる。  いや、非力な現代サラリーマンと現役戦士じゃ腕力比較も虚しすぎるし。敵うわけがない。  前世ならうっとり見惚れられた男の精悍な顔の向こうに、見慣れたシーリングライトシェイドが見える。唐草模様の縁取りは電球交換の時に落として割ったシェイドの補修跡隠しにシールで作ったお気に入りの自作飾りで、嫌でもここが今世の自室なのだと突きつけられるのだ。  つまり、ここはアパートの1室。  壁が薄い! 「待て待て待て待て!」 『待たねえ』 「いやだから逃げねぇからちょっと落ち着け……」 『待てねぇんだよ! 分かれよ! お前が欲しいんだ!!』 「え、あ……」  やべぇ。どうしよう。  キュンとかいった。俺の心臓。  向こうに見えていたシーリングライトシェイドが熊男の頭の向こうに隠れ、デカい手で目元を塞がれた。  貪るようなキスは、昔散々慣らされたはずなのにやっぱり少し苦しくて。  切なくて。  愛しい。  この人がアタシの伴侶なんだもの。  千年待ってやっと出会えた。  運命の。  あー、ダメだ。  思い出しちゃったら一直線に落ちるのみ。 「明日の仕事は休めないのに」 『知るかよ。世界単位で逃避行だ。放っとけ』 「……それも、そーだなぁ……」  拒否権もその意志も、皆無だなぁ、俺。納得してしまえば、受け入れる以外の選択もなく。 「せめて、転送済ませてからにしない?」 『待てねぇ、っつったろ。とりあえず1回ヤラセろ。向こうは勇者たちが待ち構えててな。またしばらくオアズケが目に見える』 「……してる間に装置の魔力尽きそう」  俺の言葉でピタッと止まる。そのまま停止すること、多分30秒くらい。葛藤が目に見えるようだ。  それからガックリ脱力した彼に、ぎゅーっと抱きしめられた。幻影だから体温までは届かない。それがとてももどかしい。  身体弄られてその気になっちゃってたしな。でも、アナルとか未知の領域に怖じ気もあるんだけどな。  全部、後回しだ。 『ところで、どうすればお前を連れて戻れる?』 「え、今更?」 『装置の使い方見ながらそれ通りに操作して、途中でこっちに送られて来たからな。続きを読んでない』 「……あぁ、うん。頭脳労働は俺の分野だしな……」  生まれ変わっても手を焼かせやがって。この脳筋め!  そんな人だから放っとけない、とか、認めたくない。認めたくないんだぞ、こら。わかってんのか、この熊男。  ……。うん、虚しすぎる。やめよう。 「分かった。教えるから。帰ろう」 『あぁ、早く帰ってゆっくりしけこもう。好きなだけ抱いてやる』 「俺も男ですからね? 抱く側ですからね?」 『はいはい』  流し方軽すぎ。でも俺も、心にもない。時が経つほどに、前世の感覚が戻ってる。  この逞しい腕の中で、乱して欲しい。満たして欲しい。  あふれるほどに。  身体は男に生まれ変わっても、愛しい人には敵わないらしい。  嬉しいから、まぁ、良いか。

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