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第6話 絡み合う熱

   勢田によって葵の部屋に運ばれ、結糸はひろびろとしたキングサイズのベッドに横たえられた。勢田は明らかに結糸の状態を訝しんでいる様子だが、葵の無言の圧力によって、すぐに部屋を出て行かざるを得ない状況となっている。 「……では、失礼いたします」  やや強張った表情の勢田がドアの向こうに消えていくのを見て、結糸の焦燥感は募るばかりだ。しかし、極限まで高ぶった身体は熱く、呼吸さえもままならない。そんな状態で何を言えるわけもなく、結糸はベッドの上で自分を抱きしめながら、はぁ、はぁと荒い呼吸を繰り返していた。 「……結糸」  ベッドサイドに佇んでいた葵が、シーツの上に膝をつく。  早くここから逃げ出してしまわなければと焦ったが、盲目とは思えない素早さで葵に組み敷かれ、結糸は身動きが取れなくなってしまった。  肩をマットレスに押し付ける葵の手は、いつにも増して熱い。白い肌をほんのりと紅色に染め、薄く開いた唇から甘い吐息を漏らす葵に組み敷かれているというこの現実は、結糸が何よりも望んでいたことだ。しかし。  ――だめ、だめ、だめだ……葵さまを、誘うなんて……! 葵さまは、俺なんかとこんなことをしていい人じゃない……! 蓮さまにバレたらどうなるか……! 「あおい、さま……ぁ……」  葵を制止したいと思っているのに、どういうわけか結糸の口からは甘えたような声しか出なかった。呂律すら回らなくなっている自分自身の有り様に、結糸はただただ愕然とするばかりだった。  すっと持ち上がった葵の手が、結糸の頬に触れる。そして結糸の顔かたちを確かめるように、両方の手で結糸の頬の輪郭をなぞってゆく。頭、額、まぶた、鼻筋、そして唇と降りてゆく葵の指の感触だけで、結糸は思わず「ぅあ……っ」と声を漏らしてしまう。 「結糸……」 「だめ、あおいさま……だめです、こんな……こんなの……っ」 「この香り……勘違いじゃなかったんだな……」 「ぁ……ぁっ……」  葵の親指が、結糸の唇をそっと撫でる。たったそれだけのことなのに、唇から伝わる性的な快感は高圧電流のように全身を駆け巡り、結糸はぶるりと身体を震わせて身悶えた。 「っ……! あおいさま……だめ、だめ、だめ……っ!」 「こんなに、苦しそうなのに?」 「くるしくなんか……ない……から」 「こんなに甘い香りで、俺を誘っているのに……?」 「……ンっ」  柔らかな唇が、結糸のそれを覆った。頭では拒まなければと思っているのに、結糸は素直に唇を開いて葵の口付けに応じてしまう。挿し入れられる葵の舌に自分から舌を絡めていくと、葵はさらに身を乗り出して、結糸に深いキスを与えた。葵の唾液は何故だか甘く、まるで花の蜜のようにいい香りがする。結糸は葵の愛撫に身を溶かし、与えられる唾液に夢中になった。 「ん……ふぅ……ンっ……」 「……こんなに、いやらしいキスをしてくれるのに、俺のことを拒むのか?」 「だって……っ……ぁ、あっ」  葵の顔からも、徐々に余裕が失われていく。葵は荒々しい手つきで、結糸の衣服を乱し始めた。きっちりとスラックスの中にしまわれていたシャツを抜き、汗ばんだ結糸の肌に指を這わせる。すると結糸はびくんと腰を跳ね上げて、「ぁ!」と甲高い悲鳴をあげた。 「や……や……っ、あおいさま、だめ、だめ……っ」 「ボタン、外して。もっとちゃんと、結糸の肌に触りたいんだ」 「だめ、だめです……!」  肉体は明らかに葵の愛撫に反応しているのに、結糸の態度は頑なだった。葵は切れ長の美しい双眸をかすかに細め、結糸に跨る格好で身を起こし、するりと自分のシャツを脱ぎ捨てた。  細く引き締まった葵の肉体は、結糸にとっては見慣れたものであるはずだった。しかし、雄の色気を放ちながら結糸に迫る葵の肉体は、今までに見たことがないくらい猛々しいものに見えた。  大きな窓から差し込む月明かりに照らされ、葵のしなやかな筋肉の隆起が、淡い陰影をもって浮かび上がる。それは、いつにもまして妖艶で、目をみはるほどに美しい眺めだった。  ――なんて、きれいなんだろう……。  葵の裸体に見惚れていた結糸のベルトに、葵の手が伸びた。あっという間にベルトを抜かれ、黒いスラックスが引き降ろされる。慌てた結糸が身をよじって抵抗しようとしたものの、葵の動作は俊敏だった。下着も一緒に膝の上までスラックスを引き下ろされたかと思うと、あろうことか、葵は結糸の屹立を口に含んだのだ。 「っ……!! ぁ……ぁあっ……!!」  すでに先走りで濡れそぼり、これ以上ないというほどに敏感になっていたそこを口に含まれ、結糸は思わず背中をしならせた。葵はくっぽりと根元までそれを咥え込み、溢れかえる結糸の体液を美味そうに舌で絡め取っていく。 「ぁ! ぁ、いや……あおいさま、ァっ……!!」  ――きもちいい、きもちいい、どうしよう……あぁ、こんなの……こんなの、さからえない……あおいさまが、おれにさわってくれている。あおいさまが、おれを……。  迫り上がる快楽に負けて、結糸はもはや、まともな思考など出来なくなりはじめていた。葵は顔を上下させ、淫らな水音をたてながら激しく結糸の屹立を責め立てた。  絡みつく葵の舌も、喉の奥で締め付けられる感覚も、じゅぷ、じゅぷ、という聞いたこともないような淫らな音も、結糸の本能を狂わせた。気持ちよくて、暖かくて、幸せで、結糸は気が触れたように甘い悲鳴をあげながら、葵の愛撫に合わせて腰を振った。 「あ! ぁあ、あん! や、も……イくっ……出ちゃうから……っ、はなして……!!」  回らない舌で、結糸は必死に懇願した。美しく気高い葵を、己の発情で汚してしまうことが、恐ろしくて仕方がなかった。でも、結糸の肉体と本能は、がむしゃらに与えられる葵の愛撫に歓喜して、浅ましく腰を振り続けるのだ。  ――あおいさまが、好き……好き……。ずっとずっと、こんなふうに抱いててほしい。このひとに愛されたい、えらばれたい、俺だけのものになってほしい……。 「あおいさまぁっ……あぁ、ぅぁ、出ちゃう、出ちゃうっ……ぁあっ……んんンっ……!!」  結糸を追い詰める甘い快楽に勝てうるはずもなく、結糸は葵の口内に射精していた。葵は喉の奥でそれを受け止め、ごくりと喉を鳴らして結糸の体液を嚥下した。そして口をすぼめて結糸のペニスを吸い上げながら、中に残っている体液までも綺麗に飲み干す。 「はぁっ……はぁっ……ぁあ、あ……」 「甘い。結糸のこれ……すごく甘いな」 「え……ぁ、あっ……」 「甘い……なにもかも」  ずる、と完全にスラックスを脚から抜かれ、下半身を露わにされた。そして葵もまた、自らベルトを緩めて下を寛げてゆく。 「ぁ……」  下腹につくほどにそそり立つ葵の雄芯を、結糸は陶然とした表情で見つめていた。自分を相手に、葵がこんなにも興奮してくれることが嬉しくもあり、そして同時に恐ろしくもあった。  本当にこのまま葵に抱かれてしまっていいのだろうかと危ぶむ想い……しかし、それを凌駕するほどに、結糸の本能は葵のことを欲している。  結糸の目から、一筋の涙が伝う。それが見えるはずもないというのに、葵は結糸に身を寄せて、そっと結糸の頬にくちづけをした。  同時に、ぐ……と後孔に熱いものが押しつけられる。 「ぁ、あっ……!!」 「結糸……、っ……は……」 「ぁ、あああ、ぅンっ……ぁんっ……!」  発情(ヒート)時のオメガは、たとえ男性性であったとしても、後孔に相手のペニスを受け入れるための準備が整う。雄を受け入れ、滑りを良くするための分泌液がそこをいやらしく濡らすのだ。  初めての発情期の時、何よりも恐ろしかったのは、そういう不可解な肉体の変化だった。  ペニスだけではなく、身体の奥がじんじんと疼いて苦しかった。そこに指を入れてみると、そのあまりの気持ち良さに目が眩んだ。我を忘れて自分を慰め続けていた発情期が終わったとき、感じたものは恐怖だった。自分の身体が、自分のものではなくなってしまったような感覚があまりにおぞましく、Ω性に生まれてしまった自分を呪った。  しかし、ゆっくりと葵に貫かれゆく感覚は、あまりにも甘い快感だった。葵の熱をこんなにも深く感じることが幸せで、嬉しくて、結糸はいつしか自分から葵にしがみつき、口を開いてキスをねだった。 「あおいさま、ぁ……! ぁん、っ……ぁ、あ!」 「んっ……は……はぁっ……」 「あおいさま、あおいさまァ……っ、ぁぁ、あンっ……きもちいい、きもちいです……! ぁん、ん!!」  結糸がかすれた声でそう訴えると、葵の動きがにわかに激しくなり始めた。葵は上体を起こし、ぐいとさらに結糸の脚を大きく開かせ、腰の動きを荒くする。深く、そして激しく奥を穿たれて、結糸はシーツを握りしめながら嬌声をあげた。 「あぁ、ああ……!! んぁ、ああっ……! イく……イくぅっ……!!」 「イっていいよ……何回でも。結糸……もっと、もっとイって」 「ぁああ!! あおいさまぁっ……ァっ……!!」 「んっ……う……」  結糸が中で絶頂すると、葵もぐっと唇を噛んできつく目を閉じた。腹の中に葵の熱い体液を感じながら、じんじんと快楽に全身を震わせ、結糸はとろんとした目で葵を見上げた。  葵は腰を引いてペニスを抜くと、脱力してシーツに沈む結糸の上に四つ這いになり、呼吸を整えている。  ――あぁ……もう、どうしたらいいんだろう……。なにもかんがえられなくなるくらい……きもちよくて、きもちよくて……こんなの……ゆめみたいだ……。  こっちを見て欲しい、と結糸は思った。  目線を結び合いながら、こうして抱き合えたなら、どんなに幸せだろうと。  この情交は、偶然起こった事故のようなものだと頭では分かっている。結糸のヒートが落ち着き、葵も冷静さを取り戻した時、待ち構えている現実はひとつしかない。  オメガであることが露見してしまったのだ。結糸はもう、この屋敷にはいられないだろう。  保護施設へと送られ、結糸の身の丈にあったアルファの元へ嫁がされる……結糸を待つのはそういう未来だと決まっている。  でも今は、そんなことはどうでもよかった。考えられない、といったほうが正しいかもしれない。一度絶頂したところで、この数年押さえ込んでいた発情が収まるわけもなく、結糸の身体は再びじくじくと熱をたぎらせ始めている。  ――あおいさま……こっちを見て……。おれを、もっともっと、抱いて……。  結糸は手を伸ばして、結糸の太ももを掴んいる葵の手に触れた。呼吸を整えていた葵の目線が、誘われるように結糸の方へと向く。結糸は自分から身体を起こして葵にぎゅっと抱きつくと、どろどろに濡れた小さな双丘を葵のペニスの上で小さく蠢かせる。 「あおいさま……すきです……あなたが……」 「……え……?」 「もっと……もっとください……。おれ……おれっ……」 「ンっ……あ……」  結糸はゆっくりと腰を落とし、葵のペニスを飲み込んだ。ぎゅっと葵にしがみつきながら腰を上下に揺らしてみれば、葵のそれはあっという間に嵩を増し、猛々しい硬さをもって結糸を満たす。ぐっと腰を掴まれて、雄々しい動きで穿たれる快感に責め上げられ、結糸は汗ばんだ葵の肌にきつく爪痕を残した。 「ぁ、あ、あ、ああっ、ん!」 「結糸……はぁっ……はぁっ……」 「ぁ、やだ、あ、ああ、また、イくっ……イくぅ……っ、ぁ、ああっ……!!」  これがオメガのフェロモンの威力か……と、結糸は痺れきった頭でふとそんなことを思った。  熱に浮かされたような、激しいセックス。  あの穏やかでストイックな葵が結糸を求め、無我夢中で腰を振っている。結糸の肉体に溺れている。  ――いま起きていることは、ずっと俺が望んでいたこと……。  これは仮初(かりそ)めの幸せだと、分かっている。  しかし今はただ、葵に与えられる熱と快楽に溺れていたかった。

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