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おまけのanother story ー御門ー〈前〉

   うとうとしていたらしい。  カーテンの隙間から漏れ入る陽の光に、御門陽仁は目を覚ました。  さらりとした、上質なシーツの感触、ふんわりと香る甘い匂い。御門はもぞりと身じろぎをして、隣に横たわる白い背中を見つめた。  御門に背を向けて眠っているのは、高校生の頃から憧れ続けてきた高嶺の花・国城蓮。  同じ東洋人とは思えないほどに美しい容姿、あふれんばかりの知性、類稀なるカリスマ性を備えた眩しい存在。それが、国城蓮だった。  その蓮が今、自分の隣で無防備に眠っている……この夢のような瞬間が本当に現実なのか、たまに分からなくなる。口をきくことさえままならなかった相手と、誰よりも親しい間柄になれるだなんて。 「……ん……」  白く滑らかなうなじを、鮮やかな金色の髪が彩っている。少し伸びた蓮の髪の毛はゆるやかにウェーブしていて、触れると柔らかく指に絡みつき、いくらでも撫でていたくなるほど気持ちがいい。そしてしなやかな背中から、ほっそりとした腰へと伸びるラインは、素晴らしく芸術的で……御門は、しばし蓮の背中に見惚れてしまった。  初めて服を脱がせてみたとき、思いの外ほっそりとした体つきがあまりにも艶かしく、ひどく興奮を煽られた。長い手足や、流麗な稜線を描く美しい肉体には適度な筋肉が備わっていて、蓮が何故その体つきを恥じるのかという理由が、御門にはよく分からなかった。しかし、裸を見られて恥じらうさまがまたいじらしく、たまらない気持ちになったことを思い出す。  御門は蓮の方へと身体を向け、肘枕をした。  その動きに誘われるように、蓮もまた寝返りを打ち、仰向けになる。 「蓮さま?」  起きる気配はなく、すうすうと深い寝息が聞こえて来る。閉じられた瞼をそっと指先で撫でてみると、長いまつ毛をぴくりと揺らして、蓮は小さく眉を顰めた。それが可愛くて、御門は思わずくすりと笑う。  黙っていると威圧的に見えてしまうほどに、完璧に整った顔立ちだ。怜悧な眼差しには隙がなく、やすやすとは人を寄せ付けない気高さに、何度怖気付いたことか。憧れを抱くことしかできない自分が許せなくて、死に物狂いで勉強し、会社を継いだ。それでも蓮には追いつける気がしなくて、歯がゆく苦い想いを何度も味わったものだった。  近づこうとしても、蓮は御門のことなど眼中にないといった冷ややかな態度をとるばかり。その度落ち込む自分が情けなくて、アルファに対して抱くべきものと思えないような感情に苛まれた。その感情の正体さえも分からないまま、御門は何年も悶々とした日々を送ってきた。  新聞や雑誌で蓮の姿を見つけるたび、または、パーティ会場などで蓮の気配を感じるたび、御門の肉体は激しく盛った。神々しいほどに近寄りがたい相手だというのに、蓮を抱きたいと何度も思った。それこそ、蓮を組み敷く妄想で自慰に耽ったことも、数え上げたらきりがない。  アルファの中のアルファである国城蓮に、欲情する自分はおかしい。ずっとそう思っていた。  しかし、どう足掻いても御門の本能は蓮を求めて激しく高ぶり、御門の心を揺さぶった。  その意味がわかった時の喜びを、どう表現したらいいだろう。  国城蓮は、オメガだった。  しかも、自分にとって唯一無二の存在である『魂の番』だった――。  そして同時に、これまでに蓮が抱え続けてきた苦悩や孤独、そして恐怖を知った。燦然と輝く太陽な存在でありながら、ずっと胸に秘めてきた重大な秘密。葵にさえ秘密を抱え、一人で毅然と戦い続けてきた蓮の過去を思うたび、御門の胸は引き絞られた。  蓮を守りたい、その思いは膨れ上がるばかりだ。   だが、こうして番の契約を結んで、己の肉体で蓮の身体を開いてもなお、蓮は御門にとって『国城蓮』という仰ぐべき存在でもある。  ――蓮さまを幸せにしたい。  蓮を守るためにも、自分はますます強くならねばと思う。  蓮が守られるだけの存在ではないということは理解しているが、張り詰めた人生を歩み続けてきた蓮が、自分の前では羽を休めることができるよう、いつでもどっしりとした存在でありたい——無防備な蓮の寝顔を目にするたび、御門は強くそう願ったものである。 「……蓮」  無意識に、御門は蓮の名を呼んでいた。  本人が起きている時に呼び捨てにするなど到底できそうにないのだが、不意に湧き上がった感情に身を任せて、御門は蓮の名を呼んでいた。  しかしその一瞬後、御門は一人で勝手に真っ赤になって、ごろりとベッドに横たわる。  ――あーーー、無理、無理だ……!! いつかは蓮さまを名前だけでお呼びしたいけど、今は無理だ……!! 恐れ多いにもほどがある……!!  と、内心大騒ぎをしながら顔を覆って深呼吸していると、横から訝しげな声が聞こえて来る。 「……陽仁?」 「えっ!? あ、お、おはようございます!!」 「……」  蓮は重たげに瞬きをして、じっと御門を見上げていた。そして少し乾いた赤い唇で、「おはよう」と言う。 「……おはようございます。ぐっすり眠っておいででしたね」 「……うん……。あのさ……」 「はい?」  蓮は白い頬をほんのりと朱に染めてじっと御門を見上げていたが、ころりと頭を倒して顔を背けてしまった。不思議に思った御門は蓮に身を寄せ、照れ臭そうに目をそらす蓮の顔を覗き込む。 「どうしたんです?」 「……僕は別に、かまわない。名前だけで呼びたかったら、呼べばいい」 「えっ」 「敬語も、様付けも、そろそろまどろっこしいと思っていたところだし」 「……えっ、でも、あの……」  ――聞かれていたのか……!!  と、御門はさらに真っ赤になった。  蓮はゆっくりと起き上がり、少し乱れた金色の髪をかきあげながらため息をついた。つい数時間前まで可愛らしく乱れて善がっていたというのに、こうして気だるげに身動きをする蓮のなんと気高いことか……と、御門は内心密かに感動していた。  床に落ちていたバスローブを拾い上げ、それに袖を通す蓮の背中を食い入るように見つめていると、蓮が首だけで御門の方を振り返る。 「……なんで黙ってるんだ」 「あ……でも。いきなり名前呼びとか、敬語をやめるとか、恐れ多すぎて……」 「恐れ多いとか、そういうのもやめてくれ。お前は僕の番なんだ、もっと気楽に付き合えばいいだろ」 「はぁ……」  ――蓮さまからそんなことを言ってもらえるなんて恐悦至極だ。俺だってそうしたかった。で……でも……。 「れ、蓮……」 「……」  美しい顔に険しく睨まれ、御門は緊張のあまり冷や汗をかいていた。  きつい表情のわりに、蓮の頬が赤いことには気づいていたものの、やはりいきなり呼び捨てになどできるわけがない。 「うう……すみません、まだ、面と向かっては無理かも」 「……そうだな。僕もどうしていいか分からないよ」  そう言って恥ずかしそうに目を伏せる蓮の姿がまた可愛らしく、御門は歩み寄って蓮をぎゅっと抱きしめた。  こうして身体で行動するのは容易いのに、どうしてこう自分は意気地がないのか……と思い悩みつつ、大人しく抱かれている蓮の背中に手のひらを這わせる。ふんわりとしたバスローブごしに蓮の肉体を感じ、ついつい昂りそうになる身体を、なんとか宥めすかしながら。 「離せ、シャワーを浴びたい」 「……うん。でも、もうちょっとだけこうしてたい」 「……え? ああ……」  意識して敬語をやめてみると、なんだか蓮の存在をより近くに感じるような気がした。  蓮がどういう表情をしているのだろうと思って顔を覗き込んでみると、蓮はいつになく、素直な表情で御門を見つめ返している。それがなんだか嬉しくて、御門はすっと蓮の耳元に唇を寄せ、低い声でこう囁いた。 「明日から俺、また東シナ海ガス田の方へ視察に出向かなきゃならない。今夜は色々と準備があるから、自分ちに帰るな」 「……っ。……あ、ああ、うん……好きにしろ」 「好きだよ、蓮」 「うっ……」  かぁああっと顔を真っ赤に染め、蓮はなんともいえない表情で御門をじろりと睨めつけた。ひょっとして調子に乗りすぎただろうかと思い、若干びくついてしまったのもつかの間、蓮はふわりと御門の方へ身を委ねてきた。御門は驚いて、蓮の肩に手を添える。 「あぁ……悪くないな」 「ほ、ほんとですか? 怒ってません?」 「怒るわけないだろ。……すごく、いい感じだ」 「そ、そっか」  御門は蓮の顎を掬い上げ、そっと赤い唇にキスをした。いたずら心でバスローブの合わせ目から腕を差し込んでみると、蓮の素肌が手のひらの下でふるりと震える。  蓮の肌は男の肌とは思えないほどに肌理が細かく、みずみずしく指先に吸いついて来るさまはひどく淫靡だ。ほんの少し触れるだけでも激しく欲望を刺激され、御門はすでにむくりと嵩を増しつつある股間にため息をついた。 「はぁ……だめだ。ちょっと触るだけで、まためちゃくちゃヤりたくなる……落ち着け俺……」 「元気だな、お前も。視察は二週間だろ、大丈夫なのか」 「大丈夫じゃないけど……仕事してれば気は紛れるから、なんとか」 「……」  蓮も、すでに硬く反りかえってしまっている御門のそれに気づいたらしい。ため息交じりに御門を見上げて、ちょっと気恥ずかしそうにこう言った。 「一緒にシャワーを浴びよう。僕が……手でするから」 「えっ!? マジですか!? いいんですか!?」  通常時は慎ましやかな蓮が自分からそんなことを言い出すのが珍しく、喜びのあまりつい敬語に戻ってしまう。蓮は小さく苦笑して、御門のバスローブの紐をするりと解いた。 「いいよ、それくらい。……さすがに陽仁とこうするのも、慣れてきたし」 「そ、そっか……。うわ、どうしよ、大丈夫か俺……」 「あんまり盛り上がるなよ。三十分後には葵たちと朝食だ」 「あ、そうだった」  苦笑しつつもどこか艶っぽい目つきをしている蓮に手を引かれ、高級なしつらえのバスルームへと導かれる。  そして時間ぎりぎりまで、蓮と濃密な時間を過ごしたのであった。

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