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第1話

この世の中には存在意義の分からないなものなんて数多くある。でもそれは進化過程だったり、名残だったりと実際問題意味を成している。ただ僕らがその必要性やら背景を知らないだけの話になるのだが。 冴木泰臣(さえき やすおみ)にとって、その問いの多くは謎の円に吸い込まれていく。 水面のような、空のような、不思議な色合い。右上から左下にかけて徐々に濃くなっていた。それはいつか消えてしまってもおかしくはない淡い儚さも少し含んでいた。 無機質に白い病室の中では、本を読んで食事をして。そんなゆったりと流れる日常の中のひとつとして、それについて深く考える時間を設け、逐次記録をしている。 ―淡さと深みの対の概念がその円中では1つのコントラストという概念を形成する。 この円窓を仮にも「特異点の月」と呼称することにする。それはなんとでも捉えることが出来、何とも定義は出来ない。そんな不可思議な代物にだって存在意義はあるはずだと思う。だって難病の僕だって生きている意味は多分あるだろうし、「モノだから」とか、そんな理由で考えるのをやめるのは筋違いだと、病床に伏しながらに僕は考えた。 (冴木泰臣のノートno.6 2014.4.13より抜粋) もうノートを取り続けて早3年ほどがたった。1年に3冊程度増えていくので、気がつけばもう10冊にわたり、1つの円を探求していることになる。傍から見ればこんな退屈なことを、と言うだろうが、意外にもこれが僕はやめられない。日課としているから考えるのが当然で、考えない日はない。 人に見せたことは少なく、密かに書きためている。 「やあ、泰臣くん。……調子はまずまずみたいだね」 「まあ、そうですけど……んで、ご要件は?」 担当医の夜須賀先生は頻繁に泰臣の部屋に訪れてはノートをちらりと覗いていく。先生とは唯一、特異点の月に関して語らう相手だ。 1日1時間ほどその議論に参加してくれる。先生は元来、哲学家を目指していたらしく様々な著書を読破しているから泰臣の想像を超える回答にいつも度肝を抜かれる。 「……君の身体、そう長くは持たないらしい」 泰臣はため息をついて、それを既に知っていたかのように静かな目で夜須賀先生を見つめてから呟いた。 「知ってたよ……。というか、あいつが教えてくれたんだ」 その目は彼から特異点の月に向いた。その目は恍惚に染まり、夜須賀先生の事すら見えなくなる。特異点の月はいつにも増して輝いて見えた。 すると泰臣の体からあやつり人形の糸を全て切ったように頽れる。夜須賀先生は必死に抱え込もうと思ったが間に合わず、ベッドに倒れた泰臣を見て夜須賀先生は静かに微笑んで口付けした。 「おかえり……僕のお人形さん」

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