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第1話
ヴァレンタインですから、ちょっと…
2月の初め
では、次の打ち合わせは二週後に、
と伝えた言葉に返ってきた応え。
ふと思い出したのは
13年前のチョコレート
春からは受験生になるという
高校2年最期の試験後
あいつと2人、冬の山に日帰りで出かけた。
天気が荒れた何日かのあとに、
抜けるような晴天で、
未だツンとした寒い雪道の
足元をアイゼンで踏みしめたしかめる。
ザクッザクッ、
足音は妙にリズムが揃い
吐く息はあいつも俺も真っ白。
言葉はなくても、
いつも和んだ清々しい気持ちを運んでく。
頂上まで後一息という所で
久しぶりだから。なんか脚が動かない…運動不足…腰にきた
笑いながら話すあいつが
下ろしたザックから出してきたのが、
藍色の包装紙に包まれた板チョコだった。
なんだ?貰い物持ってきたの?誰から?アーと、あれか…
冷やかすと
少し間を置いてから
いや、預かりもんだよ、預かったのに、渡すの忘れてた…
えっ、誰に。?
まぁ当事者いるっぽいし、いいな
とひとりごちながら包装紙を開けて、
その視線がハッとして
わずかに止まった。
振り切る様に割った板チョコを
差し出し俺に取るように促す。
サンキュと言いながら口に放り込み
僅かに俯いたまま、その開いた紙を小さく畳む動作を
何気なく見やっていたら、
紙の裏をじっと見て、徐に畳んだそれを自分のヤッケの内ポケットにしまった。登る時はチョコはつきもんだよな
と気を取り直したようにチョコを口に放り込む。
そうだな、下じゃ食べないけど、
砂糖とクリーム入ってるコーヒーとか、
カップの蕎麦とか
汁まで完食な
そういえば、中二ん時に
ボラ丸で
カップ麺持ってたのに水忘れて
最悪だったよな
あー、あれから俺、水分持つのは水にしたわ
そんな無駄話をひと時交わして
さあっ、後一息、一気だな
歩き出す姿はいつも通り
真っ直ぐな背中、後ろ姿になんとなしの違和感。
わざと大きな声を出して
なんだ、バテてたんじゃないのか…
はは、チョコのお陰かな~
なんだよ、実はお前が貰ったのかよ
と軽く毒づく俺を振り返り笑った
その後を追いかけた。
あの包装紙畳んで内ポケットに入れた時の違和感は
もうすっかり消えていた。
だから俺も忘れてた、思い出すこともなかった。
その板チョコの事を思い出したのは
5ヶ月後、その年の夏に
あいつが独行で行った南アルプスで
滑落死した時
着ていたヤッケの内ポケットに入っていた折り畳まれた包装紙
その紙は2日雨にうたれて湿ってしまったヤッケの内側で、遺品となり、
誰にも気付かれずに終わるところだったのをあいつの母親が丁寧に保管していて
葬式の後に俺に見せてくれたことでわかったんだ。
その包装紙の裏には
小さなしっかりとした字で
好きです
と一言書かれていた。
預かりものだと言ったあいつ
俯いて包装紙をていねいに畳んだあいつ
それをずっとヤッケの内ポケットに入れて置いたあいつ
その時俺は
忘れてたんじゃない
しまっていたんだとはっきり思った。
あの時のあいつの俯いたままの
ハットした時の視線が蘇ってきたから
誰が誰に贈ったのか、
なぜ?
本当に預かったのか
全ては山にあいつと散ってしまった。
あの板チョコは苦く甘く
今でも気待ちの底を覆っている。
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