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第1話
まるで猫のようだ。竹川先生は雨の日に決まって気だるげな表情を見せてくる。こうして廊下を並んで歩いていると、いつもより少しだけ動きが鈍いこともわかる。しとしとと降っている雨粒が胸の中へ溜まるとでもいうかのように、竹川先生の身体に水気がまとわりついているのだ。
僕よりも四歳年下の、三十一歳。一年四組を任されている彼は、若いのにとてもしっかりしているけれど、どこか遊んでいる雰囲気もある。きっと、流行りの髪型をしているからだろう。クラウドマッシュウルフカット。口にすれば舌を噛みそうな長さの名称だ。左斜め前に軽く流している前髪が、片方の眉を隠している。
「上代先生、何を考えているのですか?」
「いえ。雨、やみませんね」
「予報では、明日の朝方までこのままのようですね」
竹川先生は立ち止まり、窓の外を眺めた。その横顔はかっこいい。くっきりとした二重のまぶた。顔の造作は繊細で、彫りが深い。
僕といえば、冴えない、の一言に尽きる。なんの洒落っけもないシンプルなショートカット。自分でもダサいとわかる、身体のラインに合っていないスーツ。寄せられる言葉だって、地味だの、おっちょこちょいだの、ドジだのと、散々なものだ。
「どうかしました?」
黙って彼の顔を眺めていたからだろう。訝るように、尋ねられた。
「あの、さっきはありがとうございました。危うくドアに顔をぶつけるところでした」
「ふふ、まさかドアに突進してゆくとは。眼鏡、割れなくて良かったですね」
竹川先生が緩んだ笑みを浮かべた。
銀縁眼鏡のフレームを摘み、くいっと上げる。
僕がぶつかる前に、竹川先生が廊下側からドアを開けた。そのタイミングの良さといったら。
「どうしてか、ドアが開いていると勘違いしてしまって。よくあるんですよね」
「上代先生って面白いですよね。どこか現実味がないように感じるというか……ここにいるはずなのに、まるでここにいない、というか」
「ぼんやりしているからですね。気をつけなくては」
竹川先生が、その尻拭いをしてくれてばかりいるのだ。
「しかし、夕日が見られませんでしたね。上代先生とふたりで夕日を眺める時間を楽しみにしていたのですけれど」
「竹川先生は夕日がお好きですよね。僕は、あの赤い色が少し苦手だな」
「俺は逆に、雨が駄目ですね。どうにも怠くなってしまう」
竹川先生が苦笑した。そんな顔もかっこいい。
再び歩き出した彼の、隣に並ぶ。
「児童にもそういう子がいるのかな。雨の日は決まって遅刻してくる子がクラスにひとり、いますよ」
ふふふ、と小さな笑い声を上げたら、ネクタイの結び目を指で軽く突かれた。
「そうやって、児童ひとりひとりを細やかに見ている上代先生が好きです」
「からかわないでください」
一瞬で頬が熱くなる。
竹川先生がトイレの前で立ち止まった。
「お先にどうぞ」
と、横へ退いて先を促してくる。
現時刻は十八時を少し回ったくらいだ。大半の児童は帰っている。
個室にふたりで入ると、竹川先生がすぐに唇を寄せてきた。官能的な厚みをした彼の唇は、リップ音の鳴るキスを何度も放ってくる。唇の端から端までを丹念に舐められて、恍惚感に似た甘さが後ろ首に走った。
キスはどうしてこんなにも気持ちが良いのだろうか。誰とキスをしてもそう感じるのかが、僕にはわからない。彼が初めての相手なのだ。ざらりとした舌の感触。唾液がぬちゃぬちゃと絡まって、飲み下しきれなかった分が唇の端から滴ってゆく。
うっすらとまぶたを開いたままキスしたら、竹川先生の長いまつげが近くに見える。彼の影を帯びた目元が次第に赤くなってゆく、その変化が見たくていつも、こうしてまぶたを閉じられない。
竹川先生が細く長い指でネクタイを緩めた。
「ほら、上代先生。ネクタイをください?」
疑問符をつけていても、瞳の強い輝きで、命令されているのだとわかる。
「ほ、本当にここでするのでしょうか」
「何を今更、戸惑っているのです。一昨日から計画をしていたでしょう? 児童が帰ったか、帰っていないか曖昧な時間帯に、こうしてトイレで――」
頬へ降ってくる、キス。
「セックスをするのだと」
竹川先生の唇は、赤く艶めいている。全身から汗がぶわりと噴き出してきた。
蝉の鳴き声が聞こえないのは、雨が降っているからだ。蝉は雨の日、雨が降る予感がしたらもう、口を閉ざす。今日のような日は羽が濡れるので飛べず、雄が雌を呼ぶその声を発することが無駄になるから鳴かないらしい。
そんな日に、僕たちはこうして互いを求め合うのだ。
ネクタイを解き、竹川先生に手渡すと、彼は唇の端を片方だけ吊り上げ、歪んだ笑みを見せてきた。ああ、困る。どうやらこれでスイッチが入ったようだ。
「ワイシャツは脱がないで、ズボンとパンツだけを膝まで下ろしてください?」
優しい口調なのに、有無を言わせぬ強さを感じる。
ベルトを外し、ズボンとパンツを膝まで同時に引きずり下げたらすぐに、竹川先生が背後へ回り込んできた。背中に腕を集められ、ネクタイで手首を強く縛られる。
「あれ、上代先生?」
背中から抱きしめられた。股間に伸びてゆく手が見える。
「すでに、やや勃起していますね。いやらしい……」
背筋がぞくりとした。頬にまで鳥肌が立つ。
「た、竹川せんせ――」
「ねぇ、上代先生。このペニスは、いったい何を期待しているのでしょう?」
意地悪だ。何って、決まっているではないか。
顔が熱い。首だけで振り向くと、竹川先生の口元が見えた。歪んだ笑みはまだ続いている。
「ほら、言ってください? これ、どうして欲しいですか?」
ペニスの根元を掴まれ、ゆるゆると扱かれた。下腹部が甘く痺れ、膝はもじもじと揺れる。
「どうして、って……そんなの……」
「言えないですか? そんな馬鹿な。ああ、教師からいつもの淫乱なあなたへ、スイッチがまだ切り替わっていないのですね」
竹川先生は移動し、目の前にしゃがみこんできた。
「ズボンの裾が床に触れ、汚れてしまいますよ」
自分ばかりが興奮しているみたいに思えて、悔し紛れに言った。
「別に、構いません。上代先生の淫らな姿が見られるならば、どれだけでも汚れますよ」
ペニスに息を吹きかけられ、背筋が伸びる。上目遣いで何ってことを言うのだ。
薄暗さの中で、竹川先生の目が光っている。
高鳴りすぎた胸が苦しいけれど、そこをさすりたいと思っても腕は後ろに拘束されている。
ペニスの根元を揉まれ、反射的に腰が反れる。亀頭を親指でこねくられ、ああ、もう――
「せ、んせぃ……早く……」
「もう、ですか? トイレで性行為をすることへ戸惑いを見せていたのに、上代先生は本当に」
竹川先生は亀頭に軽くキスをし、くぐもった声で笑う。
「いやらしい」
もどかしいといったらない。
「ああ、そう、そうです……だから、早く」
亀頭をぬちゅりと舐められた。根元は扱かれ続けている。触れてもいないのに隆起した乳首が、ワイシャツの内側にこすれ、興奮はますます高まってゆく。
唇は、竿の側面に移った。ハーモニカを吹くように、そこをするすると撫でてくる。
……たまらない。目の前に霧がかかったようだ。ペニスに与えられる刺激に思考が支配されてゆく。
「早く、っ、しゃぶ……って……」
吐息とともに言葉を発したら、すぐさまペニスをしゃぶられた。じゅぶじゅぶと、いやらしい音が立っている。
「っぅぁあっ」
「先生、静かにしないと。もしかしたら児童がまだ学校に残っているかもしれませんよ?」
ペニスをしゃぶりながら言わないでくれ。吐息や歯が亀頭に当たって、息がますます上がるではないか。
唾液に濡れた赤い舌が見える。いや、きっとこちらに見せつけているのだ。にやりと吊り上がった唇が、それを物語っている。
口内粘膜でカリ首を刺激され、唇に締め付けられて、息がうまく吸えないほどの快楽が身体を突き抜けた。
腰は勝手にびくついて、唇を噛んでもあえぎ声が漏れてしまう。愛撫は激しさを増すばかりで、今にも射精してしまいそうだ。
「せんせ、い、出てしまいますか、ら……口、離し、て」
腰をよじり、彼の唇からどうにか逃れようとするけれど、強い力で腰を掴まれ、ますます深くにしゃぶりこまれてしまった。唾液で肉がこすれる音を響かせた、バキュームフェラ。ああ、もう駄目だ。気持ちいい、イク、イク、イクっ!!
ああっ、と我に返った時にはすでに遅かった。
竹川先生は、唇の端から精液を零しながら、妖艶に笑っている。
「……濃いですね。ここ数日セックスをしていませんでしたが……ご自分でスペルマ、出されていなかったのですか?」
「す、スペルマって、言わないでください……」
聞きなれない単語に耳が熱くなった。
ふっ、と吐息の混ざった笑い声を聞き、恥ずかしさが増す。
トイレの小窓ががたたっと音を立てた。外は風が強いようだ。
「さて、上代先生? 次はどうするか、わかりますよね?」
竹川先生は立ち上がり、個室のドアを顎で示した。
「そこに肩をついて?」
指示に従い、そこで体重を支えながら腰を落として、臀部を後ろに突き出した。すでに射精したというのに、このはしたないペニスは更なる快楽の予感に跳ねている。
「ああ、可愛く蠢いていますね、ここ」
アヌスを指で撫でられ、喉が鳴った。
「どう弄って欲しいですか?」
隠微な響きを含んだ声に、期待が高まる。
「いつもみたいに……」
「激しく?」
頷くと、喉の奥で笑うような声が背後から聞こえてきた。
尻の間にローションが滴ってきて、背中が跳ねた。
ああ、鳥肌が……後ろ首から全身へどんどん広がってゆく。早く欲しい。我慢ができない。
こんな場所で。アンモニアの匂いが漂う、不衛生で、誰がいつ現れるかもわからぬこの、トイレで……何という背徳感。
今すぐに止めなければ。僕は教師なのだ。しかし、どれだけ嫌がろうと、いつもこうして竹川先生の愛撫に流されてしまう――いいや、違う。
違う。認めなくては。
僕は、すごく興奮している。
「指を挿れますよ?」
「い、言わないでください」
羞恥心ともどかしさに、身体の熱はぐんぐん上がる。
指は肉襞を広げるようにして挿ってきた。浅瀬をくにくにと、何度もこすられる。
「ぬちゅぬちゅと、肉が絡んできますね。そんなにいいですか?」
優しい声で尋ねられ、何度か頷いた。
ごそごそと後ろで動いたかと思えば、竹川先生が背中に覆いかぶさってきた。アヌスにあてがわれる、肉の弾力。
「入れて欲しい?」
「い、れて欲しっ、です……お願っ、い……」
息も絶え絶えに懇願すると、後ろ首にキスされた。
「可愛い。好きですよ、上代先――」
突然トイレの中が明るくなったので、身体が硬直してしまう。竹川先生も動きを止めた。
「あれぇ? 誰かトイレに入ってるのぉ?」
聞き覚えのあるこの声は――井上だ。僕の受け持っている、二年一組の児童。
まずい状況に、火照った肌がさらりと冷めた。
「返事、しといたほうがいいですよ、上代先生」
確かにそうだ。怪しまれ、他の教師でも呼ばれてしまえば言い訳ができない。
何度か深呼吸をし、口を開く。
「ああ、井上君だよね? 先生だよ、上代です。ちょっとお腹が痛かったので、教員用でなくこちらのトイレを使わせて――」
と、言ったと同時に、ペニスが中にめり込んできた。
「っ、もらって、います……っ」
歯を食いしばり、あえぎ声を堪える。
何というタイミングで挿入するのだと竹川先生を睨みたくなるが、この体勢では無理だ。
「お腹、大丈夫?」
ドア越しに、井上の声が聞こえてくる。すぐそばにいるようだ。
「だい、じょうぶです、から……井上く、ん、トイレは、いいんですか? 早く済ませて帰り、なさっ、い」
亀頭が前立腺を抉りこんできて、足ががくがくと震えた。
「でも、苦しそうな声が聞こえてくるよ?」
「ちょ、っと、音を聞かれるのは、恥ずかしいの、でっ……早く、トイレを済ませてくださっ、いっ」
「はーい」
ああ、聞こえてくる。井上君の、じょろろろと、おしっこをする音が。だいぶん溜めていたのか、それはとても長い。
竹川先生の荒い息が耳元にかかってきた。
――このタイミングで乳首を摘まないでくれっ!
「っぅっ」
すごい。何これ。気持ちよすぎて腰が抜けそうだ。
音を立てないようにするためだろう。抽送は始まらぬまま、ぐりぐりと腰を押し付けられている。
灼熱に燃え尽きてしまいそうだ。頭の先からつま先まで、電流が走ったみたいにびりびりしている。
アンモニアの匂いが鼻についた。
排泄をしたあとの気持ちよさそうなため息が聞こえてきて、着衣を正すような音が続く。
浅く息を吐き、高ぶりをどうにか抑えているというのに――くちゅぅぅぅ、という音とともに、ペニスが少し引き抜かれた。カリ首が肉襞を削ぐように刺激してくる。乳首を強くこねくり回され、半開きになった唇から唾液が滴った。
早く、井上、早く済ませて出ていってくれ。ああ、早く、理性が飛ぶ前に。
「先生、大丈夫なの?」
やめてくれ。声を、今、かけないで。答えられない。
ペニスは更に引き抜かれ、肉襞がその動きを追っているのがわかる。
「先生?」
返事をしなければ。けれど、苦しい。ああ、息が、上がって……この暴れまわる熱の激しさといったら。
しかし、僕は教師なのだ。
何度も唾液を飲み込む。ペニスが今度はゆっくりと挿ってきた。アヌスにひくつきを覚える。しっかりとした声を出さなければ、と思うのに……
「だい、じょうぶだから、早く、帰りなさっ……」
――言えた、ああ、言えた。ほっ、と気が緩んだその時、後ろ首をねっとりと舐め上げられ、反射的にアヌスを締め付けてしまった。すさまじい硬さを感じ、背中が反り返る。
「はーい。また明日ね!」
元気の良い返事のあと、すぐに、ドアが閉まる音を聞いた。
途端に、今までのじれったさを吹き飛ばすかのよう、激しい抽送が始まる。
すごい、ああ、硬い。肉襞がごりごりとこすられる。この太さといったら……アヌスがぎちぎちに広げられている。
「よくできました」
竹川先生が耳元で囁いてきた。ああ、あなたはそうやって僕を駄目にしてゆくのだ。
腸が内側から破られてしまいそうな、激しさ。肉襞は敏感に反応し、彼をくちゅくちゅに揉み扱いている。
すごい、何って熱。身体の最も深いところで、マグマのような熱の氾濫が起こる。悶え狂うような快楽に、声が、もう――
「あっ、竹川、せんせっ、っ、あっ、ぁつ、っ、そこっ!」
「先生の中、とろとろですよ。こんなに熱くして……」
「もっと、もっと、こすって、ぐちゃぐちゃにしてっ!」
頭の中で快楽が弾けた。腰をさすられるたびに身体がびくついてしまう。気持ちいい。気持ちいい。気持ちいいっ!
「っ、最高っ」
竹川先生の声を受け、喜びが全身を駆け巡った。
胸元に這ってくる指、そこ、乳首、もっと……
「捻って、引っ張ってっ、乳首っ、かゆっ、かゆい!」
すぐに願いは叶った。何度もこねくり回される乳首が、身体の熱と息を上げてゆく。
「前、触れて欲しいですか?」
「触って。触ってっ!」
「ねぇ、上代先生。触って欲しい時はどうおねだりするのでしたっけ?」
肉襞がじんじんと痺れてる。何度も押し寄せる高波に果てる予感を覚えども、確実な引き金を引いてもらえなくてもどかしい。
汚いとわかっているのに、個室のドアへペニスを押し付けてしまって……
「好きっ。竹川先生っ、愛してますっ、お願いですからっ、お、おちんちん、こすっれくらはっ」
イキたい。イキたいっ。も、駄目っ。射精したい。それしか考えられない。
腰を打ち付けられた。おちんちんが、僕のそこで、暴れまわって、何度も気持ちいいところをこすられて。どんどん股を大きく開いてしまう。
「もっと。もっと、っぁっ! くださいっ、奥に、竹川先生のペニスっ、おちんちん、っあっ! ねじ込んでくらっはっ、つぅぁぁっ!」
ああ、握られた。おちんちんを、根元から扱かれた。
そこ、裏筋、ああ、駄目っ、指先でこねったらもう、ああ、イク、いっちゃうっ、ああ駄目、イクっ!!
「っあああっ、っぁっ、ああぁぁぁっ!!」
「上代先生っ!!」
熱っぽい声を受けたと同時に、激しく痙攣する全身の動きを止められぬまま、巨大な絶頂へ身をゆだねた。
*
息を肩で整えているうちに、ペニスがずるりと抜き出てゆく。その感覚ですら気持ちが良くて、出し尽くしたと思っていた精液が竹川先生の手のひらにまだ零れる。
「良かったですよ、先生」
腕の拘束が解かれた。そのまま身体を反転させられ、胸に深く抱きしめられる。
「先生。顔を上げて? キス、させてください?」
そんなふうに、いつも、疑問符をつけて。この行為が強制的なものではないと言い表してくる。
竹川先生は掠めるようなキスを繰り返している。雨がまだ降っているせいなのかもしれない。二重のくっきりとしたまぶたが細められていて、やっぱり、猫のようだ。
流れ出す雨はいったいどこへ行くのか。この関係に終点はあるのだろうか。
新卒採用された竹川先生は、先に教師という職に就いたにも関わらずいつまで経ってもドジばかりする僕へ、にこやかに話しかけてくれた。冴えない僕に、手を差し伸べてくれた。
告白されたと同時に犯されたあの日。竹川先生は泣きながら、何度もあやまってきた。どうしても堪えられなかった、好きです、愛しています、どうか拒絶しないでくださいと、何度も、何度も。
夜だった。ふたりで校舎の見回りをしていた。
音楽室で、唐突に背後から抱きしめられた。その時はまさか、自分が犯されるだなんて思ってもみなかった。そのあと、彼がそんな顔を見せてくるのだとも。
――触れ合う唇が温かい。彼の、雄の、匂い。
いつの間に好きになってしまったのだろう。最初はただ、そんなふうにしおれる竹川先生を見たくなかっただけなのに。納得して、恋をして付き合ったわけではなかったのに。
お人よしですね、と、寂しそうに言われたあの時からかもしれない。本当は拒否をしたいのでしょう? と、悲しそうな笑みを向けられた瞬間に胸のざわめきを覚えたのだから――
舌が唇を割って入ってきた。見ている頬は赤い。
僕の身体は彼にどんどん作り替えられている。高鳴る胸と、疼く下腹部。自分の立場をわきまえなければ、と理性は訴えてくるのに……こんな場所で何をしているのだ、という心の声に、ついつい蓋をしてしまう。
竹川先生はゆっくりと顔を引いてゆく。唾液の糸で紡がれた、僕たちの唇。
「次はどこでセックスしましょうね?」
長いまつげがかすかに震えている。心底愛しい者を見るような、温かい光が宿った瞳。
やっと解放された手で、僕は胸元を強くかき押さえた。
ああ、ああ。
きっと、この恋が僕を殺す。
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