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OH!JACK!

OH!JACK!!  むかしむかし、ある国の、ある地方のおはなし。  ――一年に一度、異界との扉が開く日がある。  ――その日は、仮装をしなきゃいけないよ。  ――ニンゲンだとわかったら、連れて行かれちゃうかもしれないからね。  古くから伝わる言い伝えは、今も尚受け継がれている。  一年のうちのこの一日だけ、街は、老若男女問わず様々な仮装で溢れ、飲めや歌えやの大騒ぎだ。当初は、悪い精霊や化け物から身を守るための習わしだった筈だが、最近はただ仮装をしてお祭り騒ぎをする日に変わりつつある。  街の外れにあるバーでも、それは変わらない。  狼人間、吸血鬼、悪魔、ゾンビなどに扮した人たちが、酒を飲み、肉を喰らい、騒がしく過ごす中、カウンター席の一角に座る男だけが一人、黒いシャツに黒いズボンという、普段の格好だった。しかし、気にする人は誰もいない。今は、自分たちが楽しむのが最優先。お祭りとはそういうものだ。  男は、度数の強い酒を、ちびちびと飲み進めていた。表情はない。  ふわり、と、不意に気配がして、男の隣に、くすんだ色の羽根が現れた。正確には、羽根を持つ、金髪の男が現れた。白いシャツに青いズボン、そして、元は白かったのだろうが、今はくすんだ色の羽根が、背中から生えている。お世辞にも手入れされているとは言えず、所々、抜け落ちた後がある。 「ねえ、おにーさん」  金髪が、黒尽くめの男に話しかけた。碧い瞳が特徴的な、整った顔立ちをしている。男は気付くのが遅れ、ゆっくりと顔を上げた。男の黒い瞳と、碧い瞳が、交わる。 「トリックオア、トリート?」  にこ、と笑って首を傾げ、掌を差し出して告げられる言葉に、男は瞬いた。  ――トリックオア、トリート。  お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、と、仮装をした子どもたちが、近所を回って訪ね回る常套句。尤も、お菓子をもらうことが目的で、もしもらえなくても、本当にイタズラすることは少ない。それにここは、バーの一画だ。仮装して飲み回る大人たちの遊び場では、似つかわしくない言葉。 「生憎、何も持っていない」  男は、両手を広げて見せた。嘘ではない、本当に何もなかった。あるのは、今飲んでいる酒だけだ。 「そう。じゃあさ、イタズラの代わりに、あんたの魂ちょうだいよ。ねえ、」  ――ジャックさん?  男は名を呼ばれ、一瞬だけ、目を丸める。  しかしすぐにまた元の無表情に戻り、酒を舐めた。  金髪の男は、緩く首を傾げて、ジャックの表情を覗き込む。 「魂とは、どうやればやれるんだ」 「え?」 「君に渡すには、どうすればいい?」  そう言う男の顔から、感情は読み取れない。  その代わり、嘘を言っていないことがわかって、金髪は後退った。 「え、えええ、マジ、マジでいいの? 本気?」 「?」 「だ、だって、魂くれるってことはさ、」  自分で言ったにも関わらず、金髪の方が驚いている。ジャックは不思議そうに彼を見上げた。 「おにーさん、死んじゃうってことだよ」 「別に……構わない」 「ええええええええ」  あっさりと頷かれて、金髪は驚きの声を上げる。「なんで! 命大事に!!」と言って、ジャックの肩を揺さぶってくるが、ジャックの表情は変わらない。 「お前には、俺の魂が必要なんだろう?」 「そ、そうなんだけどさ、こんなにあっさりオッケーもらえるとは思わなかったっつーか、」  ふ、と、ジャックが笑う。  今まで少しも動かなかった表情筋が働く様子を間近で見て、金髪の男は、一瞬、動きが止まった。まるで見惚れるような間を開けて、ハッとする。 「じゃ、じゃあさ! 何かないの、最後の願い、みたいなヤツ!」 「最後の……」 「せめてそれぐらい、させてくれよー」  命のやり取りをするにはあまりにも軽い会話が、ざわざわと騒がしい酒場の一画で行われている。ジャックは、立ったままの金髪の男を見上げて、考えた。視線を、目の前にある酒のグラスへと落とす。 「三つ、頼みがある」 「三つもかよ! いいよ!」  意外さにぶはっと噴き出した金髪だが、即決した。魂をもらう代償だ、何だってしてやろうという気になりつつある。 「一つ目は、この酒代を払って欲しい」  ジャックは相変わらずの無表情で、目の前にあるグラスを指差した。そのお願いに、金髪はまた肩を揺らす。 「無銭飲食するつもりだったのかよ~。悪いね、おにーさん」  にしし、と歯を見せて笑う金髪の顔をぼーっと見て、ジャックは頷いた。 「今、何も持っていないんだ」 「そういう意味だったのかよー。それぐらいならお安いご用だぜ!」  金髪はポケットからコインを取り出し、「お会計ね、……おねーさんかわいいね」と、ゾンビウェイトレスの格好をした店員に囁き掛けた。店員は苦笑いをし、会計を済ませる。 「ナンパした意味はあるのか?」 「え、いや、だってかわいいじゃん?」 「そういうものか。……ありがとう」  ジャックは礼を言うと、立ち上がった。金髪は、自分より少し背の高いジャックを見上げて、「どういたしまして!」と笑う。 「はい次、二つ目のお願いは?!」 「リンゴが食べたい」 「リンゴ?」  次の願いは、金髪の予想外のものだった。りんご。金髪が首を傾げると、ジャックは目を細めて柔らかく笑う。金髪はその顔にまたドギマギして、自分の胸を当てて少し不思議そうにした。 「リンゴの木が成っているところがあるんだ。一緒に来てほしい」 「うん、いいよ」  頷いて、金髪とジャックは、店を出た。  店の外は、未だ夕方だというのに賑わっている。そこかしこに出店が出て、様々な格好をした人たちで溢れている。確かに、ニンゲンではない者が混ざっていたとしても、わからないだろう。 「ああ、そうか」  大通りを抜ける最中、然したる興味も見せていない顔で歩いていたジャックが、合点がいったように頷いた。金髪は一度足を止めて、黒尽くめの男を見上げる。 「俺は仮装をしていないから、連れて行かれるんだな」 「えっ」  ――いや、全然違うけど。  金髪は内心で突っ込むも、今は伝えるべきじゃないと判断し、笑顔で誤魔化した。 「ほら、リンゴの木んとこ、早く行こ」 「ああ」  金髪が促し、ジャックも歩き出す。    気がついたら、街の外に出ていた。夕暮れが眩しい。オレンジ色に染まる空を見上げて、金髪はジャックを見上げる。 「ねえ」 「何だ」 「リンゴの木さあ、遠いの?」 「そうだな、割と歩く」 「どれくらい?」 「三日くらい」 「は?」 「?」 「三日間、歩きっぱなし?」 「ああ」 「いや無理っしょ無理無理そんな歩けない歩きたくなーいー」 「そう言われてもな……」  金髪は足を止めて、いやいやと首を振る。  ジャックもつられて足を止め、金髪を見下ろした。  初めて、困ったように、ほんの少しだけ眉を下げている。 「二つ目の願い、叶えてくれるんだろう」 「うー」 「ほら、行くぞ」 「じゃあ、ズルしちゃお」 「ズル?」  何を言い出すんだ、と、ジャックが金髪を見た瞬間、ばさり、と大きな翼が開いた。色がくすんだ羽根が、ぶわ、と広がる。はらはらと何枚かの羽根が舞う様子に、夕日を背景にして、風に金髪が靡く姿に、ジャックの黒い瞳が奪われる。  見惚れている最中に、浮遊感がして、ジャックは驚いた。いつの間にか、金髪に抱き抱えられて、空を飛んでいたのだ。 「君のそれは、仮装ではないのか、」 「っふは! なあに、仮装だと思ってたの」  ジャックの脇の下に手を差し込む形で抱えた金髪が、楽しそうに笑った。 「俺、こー見えても堕天使ちゃん」 「堕天使、」 「そ。色々あって天使じゃなくなったんだけど、あんたの魂もらえば天使に戻れるってワケ」 「俺の、……そうか」  ジャックは、俯き加減に小さく笑った。  その表情は金髪には見えなかったけれど、見えていたら、どこか嬉しそうな笑みだと思ったかもしれない。 「信じた?」 「疑う理由がない」 「ああ、そ……」  やっぱり、このニンゲンはどこか変わっている。  しかし、改めて説明する手間がなくて助かるのも事実だ。  金髪は、ばさり、と、一際大きく翼を動かした。 「道案内、続きよろしくー」 「ああ、任せろ」  夕日が沈む先を目指すように空を進み、「ここだ」とジャックが言った先は、野原だった。ゆっくりと下りて、ふわりと、地面に足を着ける。身体を離すと、ジャックが、辺りを見渡した。  一面が野原になっているが、その中央に、大きな木が一本だけ立っている。 「ここ?」 「ああ、」  ――俺の、故郷だ。  風が吹く度に、さわ、と葉を揺らす木を見上げて、ジャックは懐かしそうに目を細めた。 「故郷」  その言葉を繰り返し、金髪は周囲を見渡す。  野原と、この木以外、比喩ではなく何もない。  夕焼けが辺りをオレンジ色に染め上げている。 「小さい頃に、戦に巻き込まれて全部なくなった」  ジャックは一歩踏み出し、大きな木の幹を掌で撫でた。  金髪は、その背中を見つめる。 「この木のリンゴが美味くてな、死ぬ前にもう一度食いたいと思ってたんだ」  無表情だと思っていたジャックの顔が、段々と柔らかくなっている。金髪は、とん、と地面を蹴って、翼を広げた。ふわりと身体を宙に浮かせ、一本の木の周りを飛ぶ。  誰も世話をしていないのだろう、大きな木は、しかし、やせ細っていた。葉の隙間から、赤い実の存在を探そうとするが、中々見つからない。 「あ」  諦めようとしたとき、木の天辺の傍に、赤を見つけた。翼を羽ばたかせ、腕を伸ばして、その赤い実を取る。  小ぶりだけれど、真っ赤に染まった、紛れもないリンゴだ。  皮に鼻先を近付けて、すん、と匂いを嗅ぐと、甘酸っぱさが香る。金髪は目を細めて、ばさばさと翼を動かしながら、ジャックが待つ地上に戻った。  くすんだ羽根が舞って、ジャックは目を瞠る。 「はい、どーぞ!」  真っ赤なリンゴを、満面の笑みで差し出されて、息を呑む。  ――天使。  金髪が風に揺らされる姿に、その言葉も納得できる。 「あ、ありがとう」  一拍遅れて、ジャックはリンゴを受け取った。  記憶の時よりも小ぶりで軽いが、艶やかな赤色は、当時のままだ。  木に寄りかかり、しゃく、と皮から囓りつくと、酸味と甘さが口に広がる。小さい頃、毎日のように味わっていたものだ。懐かしさに目を細め、染み渡る蜜の味を堪能する。 「美味しい?」 「ああ」  金髪も隣に座り込んで、ジャックの顔を覗き込んできた。  迷う間なく頷く姿に、金髪は笑う。  とくり、と、胸が弾んだ気がして、ジャックは戸惑った。 「さ、最後の願いは?」 「急かすんだな」 「そういうわけじゃないけどさ」 「君の、名前」 「え?」 「教えて欲しい」  黒い瞳に真っ直ぐと見つめられて、金髪は身じろいだ。  何だかさっきから、落ち着かない。 「そ、そんなんでいいの」 「知りたいんだ」  じわじわと、目許が熱くなる気がして、金髪は目を逸らす。  ジャックの手が伸びてきて、頬に触れる。  オレンジ色が段々沈み、空が暗くなってきた。 「――シェム」  小さく名を告げると、ジャックは、「いい名前だな」と、笑った。  その笑顔を正面から見てしまい、シェムは、時が止るような衝撃を受けた。  「じゃ、じゃあ、約束は果たしたんで、魂もらっていいですか」  煩い心臓に戸惑いながら、それを誤魔化すように改めて言うと、ジャックはあっさりと頷く。リンゴは芯だけになっていて、木の根元に置かれた。 「お好きにどうぞ」 「マジかよ! わっかんねーなあ、生きててーとか思わねえの?」 「もう、未練はない」  そう言い切るジャックの顔は何処か清々しいもので、言葉通り、スッキリしている様子だった。  シェムは眉を寄せて、小さく息を吐く。  がし、と金髪を掻いて、ゆっくりと立ち上がった。 「あーあー、やなんだけどなあ、やりたくねえなあー」  この瞬間は、いつだって嫌だった。  ――魂を、抜き取る。  それはつまり、ニンゲンの、息の根を止めることだ。 「痛くはしねーからさ」  しかし、自分のクビも掛かっている。  天使に戻れなかったら、堕天使として、同じことの繰り返しだ。  それは、困る。  ジャックは、黒い瞳で、シェムを見つめる。  その顔は穏やかで、シェムは、小さく息を吐いた。  顔を見つめてしまうと何も出来なくなりそうで、首を横に振る。 「目、瞑っててね」  シェムの促しに、ジャックは素直に頷く。  黒い瞳が隠れている今なら、冷静になれる。  小さく呼吸をして、シェムはゆっくりと瞬いた。  瞼を開いた瞬間、シェムの碧い瞳が赤く染まり、  ―― トン 、   指先で、ジャックの左胸を突く。  どすり、と、音がして、ジャックの身体が、倒れた。  ――目を覚ましたら、地面の上に、自分の身体が寝転がっていた。 「はーい、いらっしゃあい」  ふわりと宙に浮いているシェムが、にこりと満面の笑みで出迎える。手を握り、足を動かすと、感覚はしっかりある。身体だって透けていないが、どうやら、これが“魂”の状態らしい。 「だいじょうぶ?」 「ああ、……あれ、俺か」  ジャックは、リンゴの芯の横に倒れている自分の身体を見下ろした。安らかな顔をしている。 「そう……、残念だけど、しんじゃった」  シェムは言いにくそうに、眉を下げた。  そして、ジャックの片手を両手で握り締めて来る。 「で、でも、だいじょうぶ! 魂はさ、責任持つから、俺が!」 「あ、ああ」  その勢いに圧倒されながらも、ジャックは頷いた。  シェムはほっとして目を細めて、ジャックをまじまじと、改めて上から下まで見つめる。 「でも、不思議だよなあ」 「?」 「あんた、そんな悪いヤツには見えねーもん」 「そうか」 「でも、極悪人なんだろ?」  ジャックから手を離したシェムは、腕を組んで首を傾げた。 「極悪人」 「詐欺恐喝強姦無銭飲食暴行、殺人以外は何でもやったって。ニンゲンたちもお手上げだから、なんとしてでも魂抜いて来いってさ」 「?」  大天使から告げられた命を思い出して、指折り数えてその罪状を挙げる。命じられた時には、「そんな極悪人の相手無理です~~~」と、それこそ泣き言を言っていた。しかし、蓋を開けてみれば、なんてことはない、聞き分けの良すぎるニンゲンだ。 「え」  ――具体的な罪状を言っても首を傾げる男の様子に、ひやり、シェムの胸に嫌な予感が過ぎった。 「え、まさか、ちがうの……?」 「それは……俺じゃない、と思う」 「ひ、人違いですかー!!!???」  シェムの悲鳴が、一番星の光る夜空に響き渡った。 「じゃ、ジャック、ジャックだろ、あんた!」 「ジャックはジャックだが、偽名だ」 「ぎ、偽名……!?!」 「ある人に与えられたんだ」  肩をがくがく揺さぶられても尚冷静に、黒尽くめの男は答える。  偽名と聞いて、シェムの動きが止まった。 「ある人、って」 「それが、ジャックだ」  ――えええええええ!?!?  再び、シェムの声が響き渡る。リンゴの木の葉が、揺れた。 「何それほんとワルすぎない!?! もうやだあぁあ、ていうか、えっ、先に、先に言ってよ俺あんた殺しちゃったよーーーー!!!」  再び、男の胸倉を掴んで、シェムが叫ぶ。  がくがく揺さぶられながら、男は目を細めた。 「言っただろ、未練はないと」 「あんたがなくても、ダメなものはダメなの!!!!」  ぴしっと言って、シェムは、男から手を離す。  がくりと肩を落とした。 「ううう、冤罪で魂抜いちゃうとか、俺、もう、一生戻れないんじゃあ……」  視界がじわりと滲む。ぽたりと涙が落ちてきて、風に吹かれて空に消えた。 「泣いてるのか」 「うっ、うっ、なんで殺す前に確かめなかったのかなあって、自分のばかさに涙が出てきております……」 「そうか……」  不意に、腕が伸びてきて、目許を優しく拭われる。  次の瞬間、ふわりと、正面から抱き締められた。 「うえ、なんすか、」 「お前に涙は似合わない」  金髪をくしゃりと撫でてくるその顔は穏やかに笑っていて、シェムはぱちりと瞬いた。じわりと、目許が赤く染まりかけて、ハッとする。 「いやいやいやカッコイイけど、あんたもっと怒りなよ! 人違いで殺されちゃったんだよ!?」 「何度も言わせるな、未練はない」 「なんで!?!」  穏やかな顔が解せなくて、シェムは勢いよく尋ねる。  男はまた、笑った。 「――あの人に名前を与えられてから、あの人の身代わりになった」  男は、訥々と語る。  故郷が焼かれ、生き残った男は、呆然としていた。  それを拾ったのが、ジャックを名乗る男だった。  寝る場所と食べ物、そして、名前を与えられた。  男が育ち、青年になった頃から、男は、ジャックの身代わりになった。  無銭飲食をしたらその席に座らされ、暴行、詐欺、犯罪行為を行った後に、その場にいるのは、ジャックを名乗るこの男だ。  何度も逮捕をされ、釈放される。  被害者と言い分が食い違っているのだが、本人が罪を認めているためにどうしようもない。その間に、本物のジャックは雲隠れをし、また、男が出てきた頃に犯罪を繰り返す。それが、当たり前だった。 「あの人の悪事の代わりを担ぐ生だ、あの人の代わりに殺されるのも、運命なのかもしれないな」 「な、なんで、なんでそこまで、」  男の人生は、シェムの想像以上のものだった。  そんな生なのに、彼は、穏やかに笑う。 「そもそも俺は、この村の唯一の生き残りだ。いつ死んでもおかしくなかった。あの人に拾われなかったら、どの道、もっと早くになくなった命だ。だったら、」 「ば、ばか!!!」  男が何か言い切る前に、反射的に、シェムは手が出ていた。  頬を、ぺちん、と叩かれた男は、目を白黒させている。 「あんたはあんただろ!!」 「……、」 「せっかく生き残ったんなら、あんたらしく生きればいいじゃんか!! なんで、なんでそんな、人のために、そこまで、」  ふるふると肩を震わせながらそこまで言って、シェムは俯いた。ぎゅ、と目を瞑って、顔を逸らす。 「ううう、こ、ころした俺には何も言えませんんんん」  収まったはずの涙がまた溢れてきて、口許を覆う。 「大天使様のところに行って、どうにかならないか聞いてみよう……」  そう心に誓っていると、再び、金髪を柔らかく撫でられる。  頭をぽんぽんと叩く手は男のもので、視線を上げると、穏やかな笑みを浮かべていた。 「それより先に、やることがあるだろう」 「?」 「本物のジャックを探すことだ」 「え」 「どっちにしろ、代わりじゃ困るんだろ?」  思いがけない提案に、シェムは瞬いて男を見上げる。 「俺なら、あいつの居場所が大体わかる」 「う、……て、手伝ってくれるんですか、」 「ああ」  視線が合うと、黒い眼が優しく細くなった。  掌が、頬を撫でてくる。  目許を濡らす涙を、指の背で拭う仕草が妙に優しくて、どぎまぎする。  視線を逸らしかけたところ、シェムの頬が男の掌に捉えられ、上向かされた。一度瞬いた後、影ができて、唇に柔らかな感触がする。 「??!」 「俺を殺した責任、取ってくれるんだろう?」  近い距離で、ふっと笑みを浮かべる男に、濡れた碧い瞳が丸くなった。 「お前といれば、生きる意味が見出せそうだ」 「ごめんなさいあんたもう死んでる!」 「死んだ後の方が、楽しかったりしてな」 「わあ前向き!!」  ぎゅ、と抱き締められて、額に口付けられた。  シェムは視線をうろうろと彷徨わせた後、片手を伸ばして、男の黒髪をくしゃりと撫でた。 「責任、もつよ」  ――だれかの代わりのあんたの人生より、充たされた時間を、きっと、  ――こうして、“本物のジャック”を探す、二人の旅が始まった。  ――薄暗い闇の道を通る際、カブをくり抜いて、ランタンの代わりにしたらしい。  それが、ジャック・オ・ランタンの由来になったとかなんとか。 ※この物語はフィクションです。

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