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第1話

 イライラとしながら守永(もりなが)明治(あきはる)は気合いを入れた魔女のコスチュームの裾を捲る。絵本のようなファンシーな作りの家だ。何故ここにいるのかまるで思い出せない。頭を抱える。真っ黒い魔女の帽子も、漆黒の透け感があるローブとフリルたっぷりの足首丈のスカート。気合いを入れたのだ。まさか本当に魔法使いになったのかと呑気な方向に傾く思考回路。丸みを帯びた扉がノックされ、なんですか!と半ば投げやりに中へ通す。現れた姿に驚き後方へ跳んだ。 「こんにちわ~」 「こ、こんばんは…」  カボチャに身体が生えていた。守永はそれをよく知っている。この時期になるとあらゆるところで目に入った。三角形に刳り抜かれた両目と、それより小さい同形の鼻、そしてぎざぎさの口。赤みの強い色に染まった大きな被り物をした人物だ。 「だ、誰だよ、びっくりした…」  どうせ知り合いだろうと高を括っていたが、驚いたのは守永だけではなかったらしい。カボチャも、ひぃ、と声を上げて後退った。持っていたバスケットからお菓子が飛び散る。幾度か練習した長たらしい合言葉も忘れた。 「なんだよ。誰だお前…」  驚きはカボチャの方が大きかったらしい。被り物を取ろうと手を伸ばした守永からさらに距離を取る。 「ま、魔女だうぃ~ん!怖いうぃ~ん!」  安易なキャラ付けしやがってと守永は鼻で笑ってさらに手を伸ばそうとするが全身を覆うほど長いローブから出た手袋が被り物を押さえる。 「なんだよ『うぃ~ん』て。じゃあ俺は『まじょ~』って言えばいいのか?」  カボチャは震えながら身を低くする。 「な、何を言ってるんだうぃ~ん」 「まぁいいや。そこまでクオリティ高いか?俺」  仮装しようと話し合って、姉からメイクまで教えてもらったのだ。パープルの口紅も付け、安い睫毛も貼り付けた。カラーコンタクトレンズは怖くて嵌められなかったが。お気に入りはカールしたロングヘアのウィッグだ。先端に星の飾りが付いた銀色のホログラムが巻かれた杖をカボチャに向ける。 「や、やめるうぃ~ん!ボンブルビー、まだ死にたくないうぃ~ん!」 「はぁ?」  妙な単語を口走るカボチャに、お前本当に誰だよと杖を下ろして被り物を外そうとする。 「ま、魔女怖いうぃ~ん!」  うえ~んと泣き出す声が被り物の中に響く。身体がデカいだけのガキか?守永は戸惑った。紛れ込んだのか。 「悪かったよ。悪かった。冗談だって…」 「も、もぅ怖いことしないうぃ~ん?」 「怖いことってこういうこと?」  杖をちらつかせるとカボチャは頭を抱え身を丸める。 「冗談だって…悪かったよ、マジで。ところで何しに来たんだよ」  カボチャはちらちらと守永を振り向いた。 「ま、魔女が来るから、その時にお菓子、渡さないと食べられちゃうんだうぃ~ん。ここに毎年来る人、それ知らないんだうぃ~ん。だ、だから渡すお菓子、あげようと思ったんだうぃ~ん…」  作り込まれたストーリーに守永は拍手した。 「なるほど、夢見くんか。まぁ、菓子貰えるんならありがたいわ。くれよ」  掌を差し出す。だがカボチャは首を振る。 「だ、だってもう…食べちゃったうぃ~んね?遅かったうぃ~ん…」 「いや、菓子くれよ。悪戯すんぞ」  杖を持ってふりふりと振ってみる。ひぃ、とカボチャは大袈裟なほどに怯えた。 「そう怯えんなよ。魔女ったって、そういう…なんつーの?風習じゃん。コスプレする」 「コス…プレ…うぃ~ん?」  面倒臭いやつだな、と思いながら、仮装だと言い換える。 「そ、それじゃあ村のみんなもやってるうぃ~んね!…でも本当に仮装うぃ~ん?」 「当たり前だろ。魔女魔女っていくら俺が超絶美女の格好してるからって…男だ、俺は」  カボチャの被り物が真正面から数秒守永を凝視する。 「だ、だ…って…」 「声の野太い骨太な女じゃねぇからな」  フリルが大量にあしらわれ、レースに覆われたロングスカートの裾を上げて男性物の下着を見せる。 「おお…」  カボチャは感嘆の声を漏らした。 「おお…じゃねぇよ、分かったな」 「ごめんなさいだうぃ~ん。魔女はとっても美しいと聞いていたんだうぃ~ん」  含みの無い調子で言われ、守永は少し気恥ずかしくなった。 「そうだ、村に行くといいうぃ~ん」 「村?何、それ何のごっこ遊…」  腕を掴まれて、外へ引っ張り出される。 「村の子供たちにもお菓子を配るうぃ~ん。はい、これを持っておくうぃ~ん。魔女が襲ってきたら渡すうぃ~ん」  手袋に手を取られ、手袋の掌を重ねられる。間にある掌には収まるが飴玉にしては大きな包み。 「なにこれ」 「レーズンクッキーだうぃ~ん。心を込めて作ったうぃ~んね」 「美味そう。今食っていい?」  嘲笑しているようなカボチャの被り物が無表情に守永を再び凝視する。4つの穴の奥は暗く陰を落とし、素顔は見えないままだ。 「おまけしてあげるうぃ~ん」  もうひとつ乗せられ、片方をしまい、もう片方の包みを開ける。表面に歪んだカボチャの絵が描いてあった。上手くはないが、かわいらしく、このカボチャの被り物の中身の人間が描いたと思うと、滑稽さといじらしさに胸が痒くなる。 「村って何しに行くんだ?」 「今日はみんなのご先祖様たちが帰ってくる日うぃ~ん。みんな自分の孫や子供に会いたいうぃ~んね。他にも自分の生まれ故郷とか」 「ふぅ~ん」  守永がいた小屋は丘にあった。麓に見える柔らかな明かりが村らしい。 「えーっと、名前まだ訊いてなかったうぃ~ん。ボンブルビーは、ボンブルビーっていううぃ~ん。カル・ボンブルビー」 「あ?長…。ボンちゃんでいい?」 「ボンちゃん…?うん、いいうぃ~ん!」  被り物が頷きに揺れた。上擦った声は明らかに浮かれている。大袈裟なやつ。そう思った。 「俺は守永(もりなが)明治(あきはる)。みんなからはメイジって呼ばれてるんだけどさ」 「メイジ…?」 「そ、メイジ」 「ボンブルビーもメイジって呼んでいいかうぃ~ん?」  被り物が首を傾げて大きく揺れた。 「いいんじゃね?」 「メイジ!」  ボンブルビーは元気に守永を呼び、守永はなんだ、と返事をする。嬉しそうに何度も、名を呼ばれ、その度に守永は返事をする。 「メイジは子供好きかうぃ~ん?」 「フツーじゃね?好きでも嫌いでもねぇかな」  ボンブルビーは楽しそうだった。明るさはあるが、空回っている気がして、それがボンブルビーは意外と暗いヤツだと守永に思わせる。 「みんなのこと考えて作ったうぃ~ん。喜んでくれるといいうぃ~ん」  バスケットの中を覗いて、ボンブルビーは守永を見た。 「ふぅ~ん。じゃあきっと伝わるんじゃね」  随分なお人好しだ。菓子が美味くても作った人のことなど忘れるだろう。めでたさに適当な返事をしたがボンブルビーは嬉しそうだった。 「メイジにも、伝わったかうぃ~ん?」 「うん?あぁ、美味しかったよ。カボチャの絵、よかった」  ボンブルビーは被り物の頭を撫でた。絵に描いたような照れた反応に守永は表情が固まった。純なお人好しだ。(たち)が悪い。何か用をつけてさっさと帰るつもりでいた。バスケットから漂う焼けた小麦やバター、チョコレートやその他甘い香りには惹かれるものがある。 「お菓子作るのが好きなんだうぃ~ん」 「へぇ。そりゃモテるだろ」 「モ…?テ…?」 「女の子から好かれるだろってこと」  被り物が揺れた。 「それならメイジのほうが女の子に好かれそうだうぃ~ん。とても綺麗だうぃ~ん」 「あ、そっち?」  そういえば魔女とはいえ女装していたままだった。雑談を交わして丘を降っていると村の入り口に辿り着く。入り口まで綺麗に飾り付けされている。中に入ると、口の広く背の低い樽の中に水が張られ、その中にリンゴがいくつも浮かべられていた。あちらこちらにそれがあり、子供たちはその中に顔を入れている。仮装で村は華やいで見えた。 「何してんだ?」 「アップルボビングだうぃ~ん。知らないのかうぃ~ん?」  言われてみれば中学時代の英語の教科書で見たかも知れない。名前までは覚えていなかったが。 「うん、思い出した」  下手を打つと魔女扱いされ面倒なことになりそうだと誤魔化した。村の中を透けた人間たちが歩いている。仮装していない。この透明感が仮装なのだろうか。仕組みが分からない。最近よく聞くプロジェクションマッピングか。まさか…とボンブルビーに寄った。ボンブルビーは被り物を揺らして森永の方を向いた。 「なんか身体透けてるやついんだけど…」 「先祖たちが帰ってきてるんだうぃ~ん」 「げ、じゃあ、ゆ…」 「お~い、お菓子だうぃ~ん!」  子供達の集団にボンブルビーは駆けていった。能動的に行く行事だったかと守永は疑問に思いながらもボンブルビーを追う。子供達の口が動く。だが何と言っているのか聞こえなかった。子供達より多く村を徘徊している透けた人間が1人、ボンブルビーを追っている。近付くが少し距離を置いて立ち止まった。少年だ。透けた少年はお菓子を配るカボチャの被り物をつけた変人を見つめ、守永には目もくれなかった。ボンブルビーの友人か兄弟か。苦労があったんだな、と戯けて身体を揺すったりして見せているボンブルビーを透けた少年と共に見つめる。  お姉ちゃん、なんの格好してるの?  後ろからローブを引っ張られて振り返る。ふわふわのファーのついた白い衣装を身に纏った女の子が大きなペロペロキャンディを舐めながら訊いた。頭には同じく白いファーの猫耳のカチューシャをし、首元には骨の形のペンダントを着けていた。白猫の仮装らしい。 「~お兄さんは、魔女の格好をしてまぁす。どう?かわいい?」  女の子は訊いてきたくせ、もじもじとしながら頷いた。お菓子が欲しかったのかと、ボンブルビーから貰ったお菓子を小さな手に渡した。守永も忘れた長い呪文を言えなかったのだろう。 「喉に詰まらせないよう気を付けんだぞ」  女の子はこくりと頷いて去って行く。子供達の集団からボンブルビーが帰ってきた。ゆらゆらと身体を揺らしている。 「機嫌が良いな」 「みんな美味しい、美味しいって食べてくれたんだうぃ~ん」  ボンブルビーの奥にやはり透けた少年がいた。ボンブルビーの後を尾けてきている。 「メイジ?どうかしたかうぃ~ん?」 「うん?いや…愉快な祭りだなぁと思って」  死者が戻って来ていると聞いたばかりだ。 「気に入ったかうぃ~ん?」 「え?あぁ。ボンちゃんのお菓子美味しかったしな」  ボンブルビーはえへへだうぃ~んだとかそれは良かっただうぃ~とか言っていた。またボンブルビーは突然方向転換をして手の空いていそうな子供達1人1人に積極的に菓子を配る。これは能動的に配るものなのかと、ボンブルビーに食べるかと渡された生チョコを眺めてから口に放った。るんるん気分のボンブルビーをひたすらに追うだけになった。だがボンブルビーの喜ぶ姿に少しずつ、成長と共に失った、失っても大して差し障りのないものを思い出す。仮装して街を散らかす行事ではなかったのだと。それだけではなく。透けた少年もやはりボンブルビーを追っていった。彼もお菓子が欲しいのだろうか。裏通りを通った時だった。裏通りとはいえ、村全体の行事であるらしく賑わっている。 「よぉ」  突然背後から声を掛けられた。守永は自分ではないと思っていたが隣のボンブルビーが振り返ったため守永も立ち止まる。ボンブルビーの手からお菓子のバスケットが落ちた。 「おいおい、何してんだよ」  潰れちゃうだろ、とすぐ拾う素振りのないボンブルビーに代わり守永は屈んで拾い上げる。ボンブルビーを呼んだのは3人組の男だった。ボンブルビーは固まったまま。近付いてくる。目の前に透けた少年が両手を広げて立ち塞がる。だが男3人組はその少年をすり抜けてしまう。 「お前、カル・ボンブルビーだよな」  男3人組に押さえられ、カボチャの被り物が外される。現れた姿に村の中が騒然とする。泣き出す声や喚く声がした。拾いきれなかったお菓子が3人組に踏まれていく。カボチャの被り物が地面を転がった。守永も息を呑む。黒い毛に覆われた三角の耳と同じ黒い毛に覆われた顔。突き出た鼻先は濡れ、口は左右に大きく割れている。皮を剥いた後の葡萄のような切れ長のツリ目。その周りも黒い毛に覆われていた。二足歩行をしているが猫だった。猫というには凛々しい。虎。ライオン。豹。だがそれよりも。3人組の男の足元にある菓子に意識が向いた。 「何してんだ!どけよ!」  守永は3人組の男に体当たりする。 「なんだお前!」 「魔女だ!」  初めて守永を認識したかのように3人組は尻餅を食らったり、逃げ腰になったりした。しかしそれもどうでもいいことだった。潰れた包み紙を開く。ひび割れたレーズンのクッキー。絵が割れている。口に放り込んだ。味は変わらず舌を巻くほど美味い。潰れた生チョコを舐めとる。中身が外に漏れて砂が付着していたらしくざり…とした。それでも苦過ぎないパウダーの調整は優しい甘さだ。一口に切られたアップルパイはパイ生地が崩れていたがはみ出たカスタードが程良く好みの味だった。やはり砂利の食感がした。踏まれた菓子を拾っていると、視界の端に小石が転がった。  悪魔が来たぞ!  化け猫だ!  ボンブルビーに向けて小石が投げられる。中には菓子。それどころかボンブルビーが配った物が含まれていた。ボンブルビーは頭を守っていた。なんで。疑問と怒り。カボチャの被り物を拾ってボンブルビーに向かう。透けた少年が懸命に守ろうとしても、全てすり抜けた。村を歩き回る透けた人間たちが辺りを見回してから、怯えたように薄れて消えていく。だがそのこともどうでもいいことになっていた。 「帰ろう、ボンちゃん」  長いローブの中から探す手が面倒で腕を掴もうとする隆々とした筋肉に指が跳ね返る。肩を軽く叩いてから背を押す。村を走り抜けて丘へと向かった。小屋に戻りきる前に丘を巻くような緩やかな坂を登る途中で段々と歩きはじめた。ボンブルビーは無言だ。 「もしかして俺がこんな変な格好してるから誤解されちまったのかな」  自信あったけど美人過ぎたかも知れないとふざけてみる。ボンブルビーは首を振った。 「ボンブルビーがこんな姿だからいけないだうぃ~ん」  ひどく落ち込んでいる。守永は陽気にバスケットの中の菓子を食っていた。 「だから被り物をしてたんだ」  めっきり口数が減った。よく焼けたチョコパイを食べる。ボンブルビーの作る菓子は頬が締まるような感覚になる。マシュマロもよくできていた。 「ごめんだうぃ~ん」 「なんでボンちゃんが謝んの」  チーズケーキを口に入れる。レモンの酸味が効き甘さが引き立っている。さくっとしたクッキー生地の音もいい。 「メイジ、気に入ったって言ってくれたのが、嬉しかったんだうぃ~ん…」  そんな返事したっけかと思いながらもそう返したことにした。小屋に戻る。 「メイジは、ボンブルビーのこと…」  気落ちしたままのボンブルビーは項垂れたまま座り込む。 「あ~、もう、ボンちゃん…バカなこと訊くなって。言わねぇぞ、そういうの。めちゃめちゃ軽くなるから」  隣に座って柔らかいローブ越しに隆々とした筋肉がついた背中を叩く。 「…ボンブルビー、みんなの楽しいお祭り壊したんだうぃ~ん」 「それが悲しいの?」  ボンブルビーは頷いた。 「石投げられたことじゃなくて?」 「だってこんな姿、みんな怖いに決まってるんだうぃ~ん。でも混ざりたかったんだうぃ~ん…」 「かぁ~」  守永は戯けた。目元を覆ってボンブルビーに横からしがみつく。どれだけ楽しんでいたのかを目の前で見てしまっていた。聞いてしまっていた。オレンジが点々としたキャロットケーキを齧りながらボンブルビーの背中を摩る。 「ボンちゃんすげぇいいやつなのにな…」 「ありがとだうぃ~ん」 「いいって。めちゃめちゃ菓子美味いし。投げるなんてひでぇよ」  チョコチップが散りばめられたスコーンを食べながら。ぼろぼろとカスが落ちていく。 「ありがとうだうぃ~ん。ありがとうだうぃ~ん」  逞しい顔から涙が溢れる。暫く泣いていた。その間も守永は菓子を食らう。許せなかった。 「無理しなくていいんだうぃ~ん…」 「無理してねぇよ、美味ぇもん」  うっ、うっ、とボンブルビーはまた泣いた。 「あの3人組とは知り合いなの」 「あの3人は…ボンブルビーが人間だった時の………ボンブルビー、いじめられてたんだうぃ~ん」  ぶふっ、とドライアップルが刻まれて入ったスコーンに噎せた。ボンブルビーの手袋越しの掌が守永の背を撫でる。 「ここに閉じ込められたんだうぃ~ん。そしたら……魔女が来たんだうぃ~ん。気付いたらこんな姿になってたんだうぃ~ん」  ボンブルビーは語り始める。その後の隠居生活などを。美味いはずのシュークリームが味を無くす。ボンブルビーを深く傷付けた者達への怒りで頭がいっぱいになってしまった。 「メイジ…もう、そんな無理して食べなくていいんだうぃ~ん…」 「違う。違うんだボンちゃん。許せねぇんだよ、ボンちゃんがどれだけ今日という日を楽しみにして、こんな美味い物いくつもいくつも作って、丁寧に切って、ひとつひとつ包んだのか。その想いを軽く扱われたのが許せねぇんだよ」  シュークリームを口に全て入れて咀嚼する。ボンブルビーの手が降りていった。 「メイジ」 「うん?殴り込みなら付き合うぜ」 「ううん。ボンブルビー、こんな姿になって嫌な思いいっぱいしたけど、そう言ってくれるメイジに出会えたことは、本当に良かったと思うんだうぃ~ん」  分かりづらかったが小さく両頬が吊った気がして、笑っているのだと何となく分かった。ただ怒りだけしか無かったが、守永は悲しくなる。ここにやって来たのもよくよく考えたら善意ではないか。 「…ッ、ボンちゃ……」 「な、なんでメイジが泣くんだうぃ~ん!?もしかし石ぶつかったかうぃ~ん?」  涙がちょろりと出て、ボンブルビーに目敏く気付かれる。 「ううん。ボンちゃん…俺も昔いじめられてたんだ」  クラスの強い男子グループに入っていたが、そのグループのリーダーのような存在の不興を買ってしまった。するとそのグループ内で無視されたり、物を隠されたりするようになった。他のグループにもそれが伝わって、無視されたり避けられるようになった。 「その時一緒に居てくれたやついて…俺もそうなりたいって思ったんだ」  ボンブルビーの両肩を掴んだ。 「メイジぃ…」 「なんで俺が魔女の格好選んだか知ってっか?」  ボンブルビーは首を振る。 「メイジって魔法使いって意味なんだ。魔女にしたのは、俺がかわいいから」 「うん!とっても似合ってるだうぃ~ん。かわいいんだうぃ~ん」  部屋に置きっ放しにした杖を手に取る。 「ボンちゃんが元気になりますように…」  星の飾りをボンブルビーに向けた。ホログラムが虚しく煌めく。 「ありがとうだうぃ~ん」  ボンブルビーがまた下手な笑みを浮かべた。向けられた星の飾りが光った。ホログラムとは違う。発光している。ディスカウントショップで買った安物のおもちゃが。ボンブルビーを包み込む。部屋全体を覆うまでに光り、ボンブルビーの姿が消えていく。守永は口をぱくぱくさせた。450円の安物だ。ボンブルビーに手を伸ばす。誰もいない。 「ボンちゃん!」 「メイジぃ!」  やっと見つけたボンブルビーは、毛皮を光によって剥がされていた。その下から村で見た、透けた少年の姿が現れて、守永は、えっ、と声を上げた。色が付き、表情のついたその者を知っている。知っているどころの相手ではなかった。 「ボンちゃ…」  お姉ちゃん、お菓子ありがとう  背後から、それより近く耳元から声がした。白いファーの猫耳カチューシャの女の子だと直感する。杖を持つ手の上に小さな手が乗っている。魔女、お菓子、ボンブルビー。単語が浮かんで錯綜していく。 「ぁんんん、ボンちゃん…ボンちゃん…」 「静かにする!」  守永は額を叩かれる。振り下ろした者の手が当たったようだった。目が覚めて、辺りを見回す。見慣れたリビングだ。 「あれ、ボンちゃん…?」 「その名で呼ぶな」  同居人に叩かれる。降本(ふるもと)(ひかる)。小学時代の腐れ縁から、同性ということも気にならないまま恋人になった。黒い猫耳カチューシャが床に落ちていた。守永は自分の身体を触った。黒いフリルのロングスカートとローブ。巻かれた長い髪のウィッグ。酒缶が散らかっている。 「え、ボンちゃん?」 「だからやめてよ、小学校までにしてって言ったじゃん」  恋人は照れて笑う。小学時代、自分でそう名乗ったくせに。温厚だが吊り目なせいで冷淡な人と思われやすい。 「ひかる、痛いことされなかったか?」 「何言ってんの。酔っ払い」  守永は恋人を抱き締める。 「ちょっと不思議な夢見てさ」 「仮装行列、人、多かったもんね」 「お前が1人ひとり菓子配るからだろ…まぁ、いいや、ひかるの菓子、美味いしな」 「そんなこと言って。もうないんだな…冷蔵庫にカボチャケーキあるけど」  守永は苦笑する。あと少しで11月になってしまう。  先に入浴しようとしたところで足を止め、言ってみる。 「ハッピーハロウィン」 「ハッピーハロウィンだうぃ~ん」  彼の独特な雰囲気が昔から好きだった。

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