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Piano:想い合う心2
俺を見ている賢一の冷たい眼差しからは、何の感情も読み取れなかった。まるでロボットみたいだ……
「今は、何をして欲しいんですか?」
賢一の抑揚のない声はまるで自分の心に、冷や水を浴びせられてしまったようで。体が……心が固まる。
(こんなの俺が愛した、賢一じゃない)
「涙を拭って、優しく抱き締めればいいですか?」
そう言って俺の前にしゃがみ、腕を伸ばしてきた。迷うことなくその手を、バッと払い除ける。
「気安く触るな!」
「じゃあ、何がご希望なんです?」
少し怒ったような賢一を、じっと睨んでやった。悲しみが沸々と、怒りに変換されていく。
お互い、無言で睨み合いをしていると――
「まったく。何だよそれ……」
障子にもたれ掛かり、こちらを見ていたまさやんくんが、いつの間にかこの場に居た。
「まさやんくん……」
いつからそこで、見ていたんだろう。自分のことでいっぱいいっぱいで、全然気がつかなかった。
しゃがんでいる賢一を押しのけて俺の元にやって来ると、突然ぎゅっと抱き締めてくる。
「こんなに泣いて、可哀そうに……」
そう言うと、自分のポケットからハンカチを取り出し、涙を優しく拭いてくれた。
まさやんくんの意外な行動に声を出せずにいると、耳元に寄せられる唇。
「あと、もう少しの辛抱ですから、我慢して下さい」
コソッと告げられた言葉。
いったい何が、どうなっているんだろう?
不思議に思って、まさやんくんの顔を見上げると、いつもの不敵な笑みがこぼれた。
「何だよけん坊、俺の腕の中に叶さんがいるのが、そんなに不服なのか? お前、拒否られていたじゃないか」
後ろを振り返ると、真っ青な顔をしている賢一がいた。じっと睨むように、俺たちの姿を見ている。
そんな視線を楽しむかのように、更にぎゅっと抱き締めるまさやんくん。
「俺の胸でよければ、お貸ししますよ。気がすむまで泣いて下さい」
「ちょっと、くるし……」
あまりの苦しさに手で押しのけようとしたら、急に視界が開けた。そしてもの凄い勢いで、後ろから抱き締められる。
目の前には無様に転がっている、まさやんくんがいた。どこかに頭をぶつけたんだろう、痛そうにさすっている。
「いってぇな、このバカぢから!」
そんなまさやんくんを見ながら、自分を抱き締めている、懐かしい二の腕の力を感じていた。遠慮なく、ぎゅうぅっと締めつけるこの感触は、絶対に忘れもしない。
「叶さん……」
愛しい賢一の声が、耳元で聞こえた。慈しむようなその声……俺が知ってる、賢一のいつもの声。
「まったくお前、何やってんだよ。そんなに好きなくせに……」
「だってまさやんが、叶さんを抱き締めるのを見てたら、どうしても許せなくなって」
「お前ら別れてるのに、許す許さないは関係ないんじゃないか?」
そうだった。俺たち、別れているのに……なのに叶さんを、思わず抱き締めてしまった。
俺って、すっごくバカ……
恐るおそる、叶さんから手を離す。
「今までのお人よしキャラを脱却して、新たにキャラを作る。ひとえにこの男への恋心ゆえに。そうなんだろ、けん坊?」
「まさやんくん、どういうことなんだ?」
「答えは簡単。今まで誰かれ構わず、お節介を焼いてたのをスッパリ止めて、冷酷非道な人間にチェンジ。そうすればアナタが他の人に対して、焼きもち妬かなくてすむだろう」
「あ……」
「だからってそのキャラを、俺らに対応させるってどうよ? 皆と対等に、距離を取ればいいと考えたのか?」
賢一は力なく俯くだけで、何も言わない。
「お前の考えなんか、俺はお見通しだったからいい。だがなこの男が、冷たい態度のお前を見たらどうなる? さっき体感しただろうけどさ」
「だけど今までの状態だと、やっぱりダメなんだ……俺も叶さんもハリネズミになって、お互いを傷つけあってしまう」
賢一はダンと、拳を畳に叩きつける。やり場のない想い――
そんな賢一を見てるのが辛くなり、たまらずその身体を抱き締めてしまった。
「けん坊、何で相談してくれなかったんだよ。俺は何度かお前に、意思表示したぞ」
「まさやんの意思表示が分かりにくい……」
叶さんのぬくもりを感じながら、まさやんに苦情を言う。
「そんでもって、賢一を養うって豪語した中林さん。あれは、何だったんですかね?」
急に自分へと話が振られて、言葉に詰まるしかない。
「えっと、あれは……ちょっと////」
賢一の変貌ぶりに半狂乱したからって、あの発言は自分でもびっくりだ。
そんな俺を、意外そうな表情を浮かべながら、まさやんくんが見つめてくる。
「自分の部署や重役連中に、男尊女卑の件を何とかすべく、社内を駆けずり回ったんだろ。あの後にさ」
「何でそのこと、知ってるんだよ……?」
「アナタがそのボロボロの状態で、ここに来たことで全部分かった」
まさやんくん、恐るべし。さては俺の身辺に、探りを入れたに違いない。
「そうだ賢一、新しいご主人様とはどうなるんだ? 結婚して、業務提携とか起業なんてしちゃうのか?」
その話があったから慌てて、職場を駆け回ったのだ。何としてでも、阻止しなければならないと思ったから。
「新しいご主人様って、何?」
きょとんとして聞いてくる賢一、それを見てまさやんくんは、お腹を抱えて大笑い。床をバンバン叩いて、涙まで流している。
「もしかして……」
「俺、一言もご主人様が女だって、言ってませんよ。見事に引っ掛かってくれて、何よりです」
ガーン、年下にまんまとやられた……
内心、ショックを受けていると、
「アナタの精神状態が普通じゃなかったから、しょうがないです。いつもならきっと、気が付いてましたよ。けん坊、良かったな。ご主人様が戻ってきてくれて」
「まさやんも叶さんも、さっきからご主人様がどうとかって、何?」
「けん坊、胸元見てみろよ。愛の首輪がぶら下がっているぞ」
そう言うので見てみると、ピックの形をしたネックレスがかけてあった。表面には(Love You)と彫りこんである。
ひょいと裏側も見てみると、風にたなびく日本国旗と(pt1000)の文字。これって、大蔵省造幣局の検定マークじゃないか。
最近指輪を買ったので、これの価値は、分かりすぎるくらいに分かる。
「叶さん、これって――」
「給料3カ月分の愛の証し。山田 賢一さん、俺と同棲してもらえませんか?」
ポカーン(゜o゜) 俺、何を言われた?
「賢一、ひとりで悩むんじゃなく、一緒に考えていきたい。ひとりで出来ないことも、ふたりならきっと乗り越えられるって思うんだ」
そう言い切って俺の手を取り、ぎゅっと握りしめる叶さん。
「今時、愛は自己犠牲なんてつまらないぞ。きちんと返事してやれよ」
そう言ってまさやんが、ニヤニヤしながらはやし立てる。
今まで俺からアプローチをしてきたので、逆にその返事をするという行為に、違う意味でドキドキしてしまった。
何て言えばいいんだ……ただ、はいって言うのも変だし、宜しくお願いしますも、ありきたりだし。
頭がパニックで口をパクパクしていると、焦れた叶さんが急に俺の胸倉を、グイッと掴んで怒りだす。
「俺と同棲したくないのかよ? だから答えないんだろ!」
(あ……この感じ、久しぶりだ。叶さんに怒られてる)
ゆさゆさ揺さぶられて、幸せを噛み締めながら答えた。
「こんな頼りない俺でよければ、一緒に同棲して下さい、お願いしますっ!」
「ホントに、困った男だよ……」
胸倉に掴んでいた手を離して、俺の体をぎゅっと抱き締める。
そんな俺たちを見て、まさやんが拍手をしてくれた。
「誕生日おめでとう、けん坊」
「は?」
「本当に私生活を忘れるくらい、仕事に没頭してたんだな。今日は、お前の誕生日だよ。これは俺からのプレゼントだ」
まさやんは胸ポケットから、折りたたまれた紙を俺に渡す。広げてみてびっくり、婚姻届だった。
しかも保証人のところにしっかり、まさやんと恋人の連名が書かれてある。
「これで貸し借りは無し。お互い上手くいって万々歳。まぁ日本じゃ同性同士の結婚、認められてないけどさ。こういう紙切れがあったら、逃げられないだろ」
そう言って、また胸ポケットから紙を出す。それを叶さんに渡した。
「けん坊のヤツ、ドジるかもしれないから、予備の婚姻届渡しておくよ」
「よく分かっているんだな、さすが幼馴染」
「俺が婚姻届を書くときには、署名お願いすると思うんで宜しく」
いつも通り片側の口角を上げて、笑いながら爽やかに去っていくまさやん。
ふたりで後ろ姿を見送りつつ、俺が叶さんを見ると、叶さんも俺を見上げた。互いの手には、婚姻届が握られていて、何か不思議な感じ。
「ねぇ叶さん、俺が間違ったら、きちんと言って正して欲しい。まだまだ未熟者だから……」
「引っ叩いて直してあげる。その代わり、俺から逃げるなよ」
「ん……もう離さない。誓う――」
そっと叶さんを抱きしめて、キスをした。
これから何があっても、ふたりなら一緒に乗り越えて行ける。俺たちが間違ったら、傍でフォローしてくれる優秀な幼馴染兼親友もいるし、きっと大丈夫。
だけどあまり、まさやんにはお世話になりたくないかな。あとが怖そうだ(笑)
Happy End
拝読(人'▽`)ありがとう☆ございました。
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