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第7話 歩み寄り
「やだぁ、佐波ちゃん。イケメン連れてどうしたの?」
「えっ……」
そのイケメンの口調を聞き、俺は思わず耳を疑った。
男らしく華に溢れたイケメンだというのに、その口から飛び出してきた言葉はものすごくなよやかで、女性的で……。
――え? え? オネェ……なの? 佐波、そういう男がタイプだったのか……!!??
「神辺 さん、お疲れさまです。ちょい、話しときたいことあって」
「あら、なぁに? ……っていうか、その子……ひょっとして?」
「あー……うん、そう。前から言ってた、俺の彼氏」
「えっ!!??」
さらっと言い放ったその台詞に、俺はびっくり仰天してしまった。大学では頑なに隠している二人の秘密を堂々と口にして、佐波は涼しい顔をしている。
「さ、佐波……いいのかよ、そんなこと言って……!」
「別にかまへんよ。こっちの世界は、そういうコトに寛大や。堂々と俺に迫ってくるやつもいっぱいおるくらいやし」
「あ……」
佐波はそう言って、伊達眼鏡をすっと外した。気のせいだろうか、佐波の目元は、うっすらと赤く腫れているように見える。気になった俺は、じっと佐波の目元を見つめようとした。すると、佐波は気まずげな顔をして、さっと顔を背けてしまう。
神辺という男は俺たちを見比べて、ニヤニヤしながら立ち上がる。そして「あらあらあらあら〜〜〜そうなの、この子がね〜〜〜♡」と、腰をクネクネさせながら俺の方へと歩み寄ってきた。
「フフッ、初めまして♡ スタジオ『Bellissimo』の代表、神辺美津留です。佐波ちゃんと、いつもお仕事一緒にさせていただいてます」
「あ、は、はい……初めまして。桜井大和です」
「ウフっ。私、佐波ちゃんのお父様からもよろしくされててね〜。こっちでの親代わり、的な感じかしらね」
「あ、そ、そうなんですね」
大きな手でがっしりと力強い握手をされ、俺はどぎまぎしながら笑みを浮かべた。神辺さんはついでにべたべたと俺の胸板やら腰回りやらをチェックするように撫で回した後、今度は佐波の方を見てニンマリと笑った。
「へ〜〜イイ男ね〜〜♡ 爽やかだし、身体つきも最高♡」
「あ、ははは〜……ありがとうございます。あはは……」
「ちょ、あんまベタベタ触らんといてくださいよ。こいつは素人なんですから」
と、ぐいぐい迫ってくる神辺さんとの間に、佐波が割って入ってくれた。いつになく頼もしい佐波の仕草に、俺はまたきゅんとした。
すると神辺さんは「あら、ごめんなさいね」と言って両手を上げると、あっさり俺から離れていく。
「なるほどね、佐波ちゃんがどんな男にも靡かない理由、よく分かっちゃったわ」
「えっ……なびかない、って?」
「佐波ちゃんて、若いしこの美貌でしょう? もうね、男女問わず絡まれ方がスゴイのよ。冗談半分の子もいれば、本気で佐波ちゃん落としたがってる子もいてね、この子の貞操大丈夫かしら〜って最初は心配してたんだけど」
「えええええ!? やっ……やっぱりそうだったんですか!?」
疑惑が確信に変わり、俺はバッと素早く佐波を見た。すると佐波はぶすっとした顔で神辺さんを見つめて、「……ほらまた、そういうこと言う」と文句を垂れている。
「フフッ、でもね、佐波ちゃんてすごくきちんとしてるっていうか。ちゃんと距離感保って礼儀正しく断ってるのよね。それでもしつこい奴には、『俺もう、彼氏いるんで』って、ちゃ〜んと牽制してるし」
「え……そなの? 俺のこと……みんなに言ってくれてんの?」
「……まぁ、うん」
「ってことは俺のこと、彼氏って認めてくれてるってこと……?」
「えぇ?」
俺が小さくそう言うと、佐波は弾かれたようにこっちを見上げた。
そうしてまた目が合うと、佐波の頬が見る間にかぁぁぁと赤く染まった。そして佐波は、また悔しげかつ怒ったような顔をして、勢い込んでこう言った。
「あ、あた、当たり前やろ!! だっ……だって俺には、大和しかいいひんもん……」
「……さ、佐波……」
徐々に小さくなる声に反比例して、佐波の顔がどんどんどんどん紅潮していく。多分おんなじペースで、俺の顔も赤く染め上がっていってると思う……。
――俺しかいないとか……そ、そんな言い方されたら……。う、うぁ、どうしよ、何て言ったらいいか分かんねぇ……!! うあ、すげ、めちゃくちゃ嬉しい……!
なんとなく見つめあって黙り込んでいると、フゥ〜〜〜〜と気の抜けたため息が聞こえてきた。見ると、神辺さんが腕組みをしてテーブルにもたれかかり、しげしげと俺たちを観察している。
「で、何? 今日はどうしたの? 佐波ちゃんてば、独り身のあたしに、自慢の彼氏見せつけに来ちゃったってこと?」
「ええ、まぁ。それもあるんですけど」
「えええ〜〜!? なにそれひどくな〜〜い!?」
「それもあるけど……神辺さんには、ちゃんとこいつ紹介しときたかっていうか。それに俺、言葉足らずやから、現場のこと口で説明するよりは、一回連れてきて見せといたほうが、大和に色々伝わるかなと思って……」
「……フーン、なるほどね」
あいかわらず伏せ目がちにそう語る佐波の表情に何かしら感じ取るものがあったのか、神辺さんの表情が柔らかいものになる。
「佐波ちゃんて、素直じゃないとこあるもんね。まぁそこが可愛いんだけど。ねぇ?」
と、神辺さんが俺にウインクを飛ばしつつ、そう言って微笑んだ。思わずこくこくと頷いて、「ええもう、そうなんすよ」と同調すると、佐波は鼻先まで真っ赤になってしまった。
「でもね、佐波ちゃん、人間関係はコミュニケーションで成り立っているのよ? 言葉にしないと、何にも伝わらないの。あんたも男なら、ここぞって時にはきちんと想いを伝えないと、後から死ぬほど後悔するんだからね」
「……うん。……分かってんねんけどな」
「いえあの……それはお互い様っていうか。俺も、ちゃんと佐波に言えてないこと、いっぱいあるから」
口ごもり、ばつが悪そうにうなじを掻く佐波を庇うように、俺は早口にそう言った。
佐波が照れ屋で口下手なのはよく知ってる。でも俺に自信がないせいで、佐波の気持ちを疑ってしまったり、口喧嘩になったりして、いつもややこしく拗れてしまう。
――でも、佐波は俺のこと、ちゃんと『恋人』だって思ってくれてるんだ。
俺の不安を消すために、ここに俺を連れてきて、神辺さんにも紹介してくれたってことだ。
――こんなに気ぃ遣わせて……ほんと俺って情けねー……。
でも同時に、すごく嬉しい。
なんだかとても、安心できた。
+
そして俺たちは、再び車で帰路についた。
あの後スタジオ内を案内してもらったり、神辺さんの元彼の話を聞かされたりしているうちに、あっという間に夜が更けていた。
二人きりになったけど、俺たちは何となく黙り込んだままだ。静かな車内、お互いの息遣いがやたらと間近に感じられ、妙に落ち着かない気分だった。
赤信号で停車した時、俺は意を決して、佐波の方へ身体を向けた。
「佐波、ごめん!!」
「さっきは、ごめんな……!!」
すると、二人の声が重なった。
同時に謝罪の言葉を口にした俺たちは顔を見合わせ、思わずふっと吹き出してしまった。
こうやって楽しそうに笑う佐波の顔、いつぶりに見ただろう。二人きりの時は、いつも無意識に身構えてしまってて、何となく自然体でいられなかったような気がする。
多分、俺はまだ、佐波との距離感をきちんと掴みきれていないのかもしれない。漠然と佐波にビビって、遠慮して、カッコつけて、自分のことばかり考えて、ちゃんと佐波の気持ちを考えることができてなかった。
――こんなに、好きだって感じるのにな……。
「昼間はごめんな、ほんと。……俺、最低なこと言ったよな」
「いや……まぁ……こたえたけど。大和にそう言わしてもーたんは俺やもん。……こっちこそ、ごめん」
「ううん、もういいんだ。疑ったりして悪かった。今日は、ありがとな」
「いや……」
青信号になり、再び車を走らせながら、佐波はぎこちなくそう言った。
そして何か言いたそうに口を開いては閉じ、もどかしげに深呼吸をしたあと、佐波は小さな声で、こう言った。
「俺……大和がヤキモチ焼いてくれて……ほんまはちょっと嬉しかった」
「えっ?」
「大和怒らせてしもたのに何やそれって感じやけど……って、何言うてんねやろな俺……わけわからん……キモ」
照れ臭そうにそう言ったあと、佐波は左の拳で口元を隠し、ちょっとだけそっぽを向いた。
潤んだ瞳が、きらきらと揺れて輝いているのを目の当たりにして、思わず心臓が跳ね上がる。
暗い車内でも、佐波の頬が熱く火照っていることが、手に取るように分かるような気がした。すぐにでもその頬を両手に包み込み、思い切りディープキスしたい衝動に駆られたが、俺はまず深呼吸をして、昂り始めた己の分身をなだめることに集中した。
――はーーーー……落ち着け俺…………ふぅ〜〜〜…………紳士的、がっつきすぎない、優しく、丁寧に、優しく…………。
「佐波」
「ん?」
「今夜お前んち、泊まっていい?」
俺のそんな問いかけに、佐波は数秒無反応だった。
前もって、その問いを想定していたのかもしれない。佐波は敢えてのように前方を見つめたまま、「ええよ」とだけ返事をした。
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