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シェイクのリズムに恋の音色を奏でて6
「あっちで一緒にグラスを傾けながら、ピアノの話をしてほしいな」
中年男性が座っている聖哉の肩に触れて、自分が座っていたボックス席に促そうとしたので、助け舟を出すべく、カウンターから出ようと足を進ませた瞬間、彼が立ち上がった。
「申し訳ございません、お客様。僕はここでピアノを弾く仕事をまかせられているため、お客様と席をご一緒することがかないません」
「マスター、少しくらい、いいだろう?」
頭を丁寧に深く下げる聖哉を前にしているというのに、中年男性は俺に話を振りやがった。客という立場を利用して、サービスさせようとすることに内心イラついたが、それを顔に出さないように、注意深く言の葉を告げる。
「彼の言うとおり、ここでの仕事はピアノを演奏することで、お客様の接待をするためではございません。ですので大変申し訳ありませんが、これ以上の接触をお控え願います」
カウンターからちょこっと頭を下げる。すると――。
「ねぇおじさん、私たちでよければ、話を聞いてあげてもいいよ。ちょうど暇してるし」
なんと、絵里さんが援護射撃をしてくれた。
「そうそう。彼の奢りはそのままで、私たちは自分のカクテルあるし、気を遣わなくてもいいよ!」
華代さんまで話に加わったことで、今度は中年男性が困る番になった。まさに形勢逆転!
「あ、ぁあそうだ、用事を思い出した。悪いけど帰る」
狼狽えながら中年男性は後退りし、出しっぱなしにしてるノートパソコンを閉じて小脇に挟み込み、急ぎ足でカウンターに近づくと、気前よく万券を置いていく。
「お預かりいたします、お釣りを――」
「いっ、いらない。それじゃ!」
そして逃げるように店をあとにした。
「あのおじさん、めっちゃ失礼じゃない? 若い私たちが話を聞いてあげるって言ったのに、脱兎のごとく帰っちゃった」
ゆるふわカールをかきあげながら華代さんが文句を言ったら、絵里さんがカウンターに置かれた万券をサッと手に取り、目の前に掲げる。
「でも結果的には、よかったじゃない。こうして、お店の売上に貢献してくれたんだから! マスターよかったよね?」
「聖哉を助けていただき、ありがとうございます」
清々したと言わんばかりにマシンガントークを続けるふたりに、中年男性にしたよりも深いおじきをする。
「あ、あのっ、ありがとうございました。助かりました」
聖哉も俺と同じように、腰から頭を下げてふたりに礼を言う。
「聖哉くんっていうのね、いくつなの?」
まるで子どもに話しかけるような優しい口調で、絵里さんは聖哉に話しかけた。
看護師として患者さんとのコミュニケーションから、病状をうまく聞き出し、医者に伝えたりすることもあるせいか、彼女はファーストコンタクトが上手いなと、いつも感心させられる。
「25歳です……」
「ねぇ彼女はいるの?」
絵里さんの肩に手をかけて、身を乗り出しながら訊ねる華代さんは、聖哉に興味津々。
「いません。ピアノのコンテストに集中するのに忙しくて、作る暇がないです」
「忙しいつながりで、このコはどうかな? 絵里は看護師やってるから毎日多忙で、束縛する暇なんてないくらい、自由に付き合えると思うよ」
「ハナ! もういい加減にしてってば。ごめんね、勝手にこんな私を、押し売りされちゃうなんて嫌よね」
絵里さんは持っていた万券を俺に手渡しながら、照れたように聖哉と話し出す。それに華代さんも入り込んで、さっきとはまた違ったにぎやかさが、店内にぱっと溢れる。
まるで満席のようなにぎやかさを作ってくれたお礼に、中年男性からいただいたチップで、三人にカクテルを奢ってあげた。絵里さんと華代さんがフレンドリーに聖哉に接してくれたのが功を奏して、彼が嫌がることなく、ピアノを弾きに来てくれることにもつながったのだった。
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