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シェイクのリズムに恋の音色を奏でて8
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何度もお店に通っているうちに、石崎さんの手が放せないときはレジ打ちしたり、テーブルの上を片づけて拭いたり洗い物をしたりと、やるタイミングをはかれるようになった。
狭い店内といえど僕が来るまで、よくひとりでお店をまわしていたなと感心しながら、お手伝いに励む。
石崎さんはピアノを弾く僕の手が荒れるのではと心配してくれたけど、むしろなにもしないほうがバリア機能が弱まるんですと説得して、積極的に手伝った。そんな日――。
ガタンっと大きな音がカウンターからしたので、最後のお客様を見送った僕が振り返ると、そこにいるハズの彼の姿が見当たらない。
「石崎さん?」
嫌な予感を抱えながらカウンターに近づいたら、しゃがみこんで口元を押さえる石崎さんと目が合った。
「大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄り、彼を支えるように寄り添って、背中を優しく擦ってやる。
「明日が……うっ、定休日だからと気が抜けたら、なんか酒が突然一気に回ってしまった」
お客様の入り自体は、いつもより少なかった。だけどオーダーを受けてカクテルを作るとき、きちんと味見をして提供しているせいで、石崎さんはいろんな種類のアルコールを口にしている。それが体の中でミックスされて、酔いに繋がったんだろう。
「僕とは違って、石崎さんは休憩せずに、ずっと立ちっぱなしですからね。しかもここのところの忙しさで、疲れが溜まっているんですよ。お宅まで送ってあげます。立てますか?」
石崎さんの住むマンションは、お店から徒歩圏内だと聞いていたので、抱えながら送ってあげようと思ったのに、目の前で首を横に振られてしまった。
「聖哉をピアニストとして雇ったハズなのに、あれこれやらせた挙句に、俺の介護までさせるとか、そんなのありえないだろ。大丈夫だ、酒が抜けるまで、ここで横になるから」
「そんなの、ダメに決まってるでしょ!」
大きな声で即答してやった。
「聖哉……」
「忙しさをやり過ごした毎日を送った結果が、これなんですよ。ちゃんと休息をとらないと、今度は倒れるかもしれません。僕に救急車を呼ばせるつもりなんですか?」
石崎さんの顔を覗き込みながら、彼が嫌がりそうなことを口にしてみる。
「わかった、そんな怖い顔で睨むなって」
「誰が怖い顔をさせてるのか、そこのところわかってます?」
おどけた口調で笑ったら、石崎さんは困った顔をしながら、僕に体を寄りかからせた。
「ウチの専属ピアニスト先生は、随分と口が達者なようだからな。言うこときいておくよ」
こうしてお店の後片付けも適当に終わらせて、ふらつく足取りの石崎さんに肩を貸しながら、自宅マンションに向かったのだった。
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