310 / 332

シェイクのリズムに恋の音色を奏でて16

***  石崎さんの告白――それをウザいとはまったく思えなかった。むしろ清々しさを感じるくらいに直球すぎて、僕は同じようにできないと思ったし、なんの取り柄もない自分をどうして好きになったのかと考えさせられるくらいに、困り果ててしまった。 『俺は、自分の中にある想いを聖哉に告げていくつもりだから』  そう宣言した石崎さんがまずおこなったのが、店の仕事が終わってから、僕を自宅に送ることだった。 「ずっと立ちっぱなしで仕事をしていた石崎さんが、男の僕を遠回りしてまで、わざわざ送ることはないと思います」  という明確な理由つきで反発したのに。 『聖哉と少しでも一緒にいたいし、いろんな話がしたいんだ』  好きな相手と一緒にいたい気持ちがわかるだけに、これ以上断ることができなくて、仕方なく帰ったのだけれど。 『俺の疲れを癒してくれるピアノを弾いてくれて、どうもありがとう』とか『聖哉が傍にいてくれるだけで、俺はしあわせだから』など、返事に困ることを夜毎言われることになった。  そして石崎さんが僕を見つめるまなざしから、愛情が溢れているのがわかりすぎて、直視できないレベルだからこそ俯いていると、常連客にケンカでもしてるのかと心配されてしまうという事態に発展してしまった。  これだけ困ることがあるというのに、お店でピアノを弾くことが楽しくて、足が遠のくことがなかったのである。 「聖哉、休憩しろよ。ドリンク作ったぞ」  忙しい間に石崎さんが作ってくれるノンアルカクテルに、ほいほいされているのも事実。しっかり彼に胃袋をつかまれてると言っていいだろう。  オシャレなカクテルグラスの中に映る自分の顔は、困惑に満ち溢れていた。このまま石崎さんに甘え続けて、いいわけがない。  だからといって、恋人として付き合うという選択肢もなかった。 (そもそも男同士で付き合うことが、まったく想像つかないんだよな)  そして今夜も悶々とした僕を、嬉しそうな顔した石崎さんが送る。ふたり並んで通りを歩き、石崎さんのお喋りに僕が相槌を打つ感じで会話が進んでいく。  傍から見たら、仲のいい友人が歩いてると思われるだろうな。  なんの気なしに低くなりつつある三日月を見上げた瞬間、目の前に石崎さんの顔が近づき、不意に唇が塞がれた。 「!!」 「いきなりごめん。月を見上げた聖哉がすごく綺麗に見えて、キスしたくなった」  今まで手を繋ぐことはおろか、抱きしめるなど直接的な接触をしなかった彼が、いきなりキスしたことに、驚きを隠せなかった。 「こう、いうの、やめてくださ……ぃ」  掠れた声で告げるのが精一杯な理由――驚きはあったのに、気持ち悪さや、いきなりキスされたことについての怒りがまったくないことが、さらなる困惑につながった。 「本当にごめん。もうしないから」 「もう二度と、送らないでください!」  胸元をぎゅっと掴み、自宅に向けて駆け出した僕を、石崎さんはその場に佇んで見送ったのだった。

ともだちにシェアしよう!