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 新歓の日がやってきた。生徒会長の開会の挨拶が終わり、ルール説明へと会は進行する。  壇上ではふわふわとした髪の男がマイクを持ってルールと諸注意を説明している。あの男がどうやら会計であるらしい。  あれから出た変更点はといえば、鬼ごっこに参加する生徒会役員が会長である円と、書記の江坂に確定したこと、またその二人を捕まえた鬼はボーナスポイントが獲得できることくらいか。大きな変更はない。  体育館の出入口付近に佇む俺は、ステージの横に置かれているパイプ椅子に腰を掛ける青に目をやった。ステージ向かって右に生徒会、左に風紀委員長、副委員長が座るものならしいが、イベント準備があるため今回は神谷に代理を頼んでいる。  頼んだ時は満更でもなさそうな、それでいてちょっと複雑そうな訳のわからん表情をしていたが座るだけだから問題なくこなしてくれるだろう。 「君が風紀の副委員長?」  ぬっと黒髪の男が横に立つ。気配がしていたから気づいてはいた。このままずっとコソコソ隠れているつもりだと思っていただけに横に立ったのは意外だったが。  チラリ、目を向けると舞台役者のように大仰な身振りで決めポーズを返される。背が高くスラリとしているから妙に様になっているのが腹立たしい。 「そうですけど。えーっと、確か生徒会の書記さんですよね?」  ゆるり、口元を緩め問うと、男は楽しそうに笑う。 「そ、そっ! よく知ってたね~! 俺の存在は一般生徒に知られてないってのに! まぁ嘘だけど」  この男が俺の横に立ってから、会場にいる親衛隊らしき生徒が江坂様~と男に手を振っているので端から騙す気なんてないのだろう。というか手を振ってないでルール説明を聞いてやれ。 「僕は江坂(えさか)内海(うつみ)。君は椎名由くんだろ? ファンなんだ! 仲良くしてね!」 「それも嘘ですよね?」 「うん、まぁね」  差し出された左手を握り返すと何がおかしいのか江坂はまたケラケラと笑う。 「……さっきからずっと隠れて見てましたよね? 何でですか?」 「恋でもしちゃったのかも。一目惚れってやつ?」  きゃっとわざとらしく照れた素振りを見せる江坂に、「嘘ですよね」と返すとあっさり肯定される。 「でもまぁ、好ましいと思っているのは本当だよ」  ──君も僕も、嘘つきだからね。  ルール説明が終わったのだろう、拍手の音が会場から溢れかえる。江坂の囁くような静かな声は、不思議とかき消されることなく耳に届いた。 「──そうですね」  肯定すると、江坂はやはり楽しそうに笑う。拍手はもう止んでいた。 「さ、そろそろ準備しないと。15分後には逃げる側がスタートしちゃう」  江坂は歌うような口調で言う。その内容に生徒会役員も参加することが決まったのだったと思い出す。 「そっか。書記さんも逃げる側として参加するんでしたね」 「そーね。やんなるよ」 「まぁせいぜい頑張ってください」 「ちょっとぉ、僕に対してやけに刺々しくな~い?」 「そんなことないですよ」  返すと江坂は「ほら、やっぱり嘘つきだ」と目元を和らげる。お互い様である。 「じゃっ、お仕事頑張ってね、副くん」  ひらり、手を振られたので振り返す。随分と話し込んでしまった。スマホが電話を着信し、震える。画面には『木下虎汰朗(コタロウ)』と表示されていた。今日の会場警備のペアである。初めて風紀室を訪れた際にあわあわとしていた三人の内の一人でもある。はい、と出ると軽い調子の声が聞こえた。 『椎名先輩、そろそろ警備の配置につきますよー』 「ごめん、遅れて。今から向かう」 『はーい、了解です』  プツリ、電話を切る。あと十分で鬼ごっこが始まろうとしていた。 *  集合場所に行くと本を読みながらぶつぶつと何事かを言っていた木下が顔を上げる。 「お待たせ」 「いえいえ、数独解いてたんでそんなに待ってないですよ」 「さっきの本?」  尋ねると木下はハイと首肯し本の表紙を見せてくれる。 「これ、数独問題がたくさん載ってる本……というより雑誌ですね。答えをハガキに書いて応募すると抽選で100名にプレゼント~とかいうやつです。毎月5日に購買に新刊並んでますよ」 「パズルが好きなの?」 「はい、数独に限りますが」  わくわくとした表情で肯定される。本当に数独が好きなんだな。木下はハッと我に返ったのか少し慌てた調子で再び本を脇に携える。 「じゃ、行きましょうか」  俺たちの担当区域は中庭から旧校舎裏である。割と制裁が行われやすいスポットだから注意が必要だと青に言われた。ここからだと少し遠いから着くのは開始の時刻になるだろう。 「あ、ちょっと待って。無線とかその他諸々確認したい」  一言断り、ウエストバッグのベルト部分に装備していた無線の具合を確かめる。テステス、と言うとスピーカーから青の声が聞こえた。大丈夫そうだ。鞄の中身も確かめる。念のためと入れた装備はその簡略さに対し大きすぎる存在感があった。軽いはずのそれをやけに重く感じる。無言で鞄のファスナーを閉め、待たせていた木下に一言掛ける。 「ありがとう、特に問題はなかったよ。行こうか」 「はい!」  中庭に到着した。思っていたより早く着いた。木下と一緒に生徒が進入禁止のエリアに入りこまないよう、テープを張る。終わるとタイミングよく、明るい調子のアナウンスが放送される。 『定時となりました。逃げる生徒は行動を開始してください』  いよいよ鬼ごっこの始まりである。

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