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 場所は変わり、青の部屋。夕食を食べた俺たちは、テレビを見ながらだれていた。ぼんやり液晶を眺める青に裁縫セットを要求すると、渋い顔を返される。 「裁縫セット、裁縫セット……。待て、今場所を思い出すから」  がさがさと棚の中身をひっくり返しはじめる青に苦笑する。 「普段ほつれた服とかどうしてんだ」 「……部屋の隅」  端的に示された場所を見ると、服が小山を模っていた。 「ずぼらだなぁ」 「裁縫苦手なんだよ」  ある程度溜まったら実家に送り付けてる、と言う青に、山の一部を手に取る。 「宿代代わりにやってやるよ」 「え、マジで。頑張って裁縫セット探すわ」  小さく鼻歌を歌いながら青は捜索を再開した。棚から離れ、段ボールを引っ張り出し、中を漁る。そういえばさぁ、という声はガサゴソという音に紛れて聞こえた。 「宮野とどんな話したの」 「まだ覚えてたか」  誤魔化されてくれなかったらしい。  部屋に着くなり貼られた湿布を思えば分かり切ったことではあったのだが。風呂に入ってないからいいと言ったのに、過保護ゆえか後回しにすることを許してくれなかったのだ。  どうしようかなぁと考えを巡らせる俺と対照的に、「あった」と青は明るい声を出す。 「これ、よろしく」 「はいよ」  軽い口調で裁縫セットを渡した青の目はしかし鋭く細められている。湿布の貼られた頬を軽く触る青の手に、そっと顔を寄せる。すり、と頬を預けると、青の眉はぴくりと震えた。 「な、腫れてないだろ」 「……腫れてるよ」  はぁぁぁ、と深い溜息を吐いた青は、俺の横で体育座りをし顔を膝に埋める。 「……怒った?」 「宮野にな」 「そう大した話はしてないぞ?」 「なら言えるだろ」  思わぬ切り返しに返す言葉を失う。橙には言うなよ、と前置くと青は顔を埋めたまま首肯した。 「青から離れろって言われた」 「はぁぁぁッ!?? 潰す」  途端、不機嫌そうに立ち上がった青の顔は不良のそれで。俺と同じような反応に苦笑する。青、と短く呼ぶと、釣り上げた眉を僅かに下げ、俺の方を見やる。 「潰さなくて、いい」 「でも、」 「俺が潰した」 「え、」  戸惑った声を出す青の手を、くんと引く。青はバランスを崩し、俺の腿に倒れこんだ。息を呑む音と、布の擦れる音。点けっぱなしのテレビからは、芸能人の笑い声が響いた。青の腰を抱き、肩に顔を寄せる。彼が俺のために憤ること。独りよがりでないことが、こんなにも嬉しいなんて。 「俺が、みすみすお前を手放す訳ないだろう」  目を瞑り、息を吸い込む。青の匂いが、大丈夫だと優しく胸を撫でる。存在を確かめるように頭を擦りつける。青の手が、背中の下の方に回るのを感じた。 「宮野に、怒ったんだな」  意外だった、と頭の上から声が降る。 「怒らない方が良かった?」 「いや、」  首を振った青は、垂れた俺の頭に顔を寄せる。髪に顔を寄せられる感触がくすぐったい。小さく笑い、頭を移動させる。だって、と顔の向きを変えると、思った以上に青の顔は近かった。腕を青の背に伸ばすと、距離がまた、縮まる。 「お前だけが、俺の居場所をくれたから」  青は、目を瞠る。薄く開かれた唇は、吐息だけを残し、きつく結ばれた。ぐぅ、と唸り声を上げ、青は俺の肩口に顔を預ける。力を込められた腕に抱かれ、呼吸が浅くなる。トントンと背を叩き不平を訴えると、青は手の位置をずらし力を緩めた。添えるような手が、酷く優しく俺の体を腕の中に閉じ込める。 「どうして、気付かなかったんだろう」  独白めいた青の言葉に沈黙を返す。青は、困ったような、それでいて恥ずかしそうな顔で俺を瞳に映した。 「ずっと、最初から赤は俺の特別だったのに」  ふは、と笑う青に続くように、テレビ画面がまた笑う。重いなぁと呟き青を抱き直すと、彼はおかしそうに笑い声を返した。

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