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「やぁ椎名くん」  屋上に来た甲斐は、俺の返事を待つことなく隣を陣取る。俺さ、と勝手に話しはじめる甲斐にほんの少しの違和感を抱いた。 「らしくもなくまともな方法で落としにかかってたんだけど。もう止めるね」  なんの話だ。  こちらの反応などお構いなしで甲斐は話し続ける。瞳は影が落ちており、ほの暗いものを感じさせた。 「知らない奴に表情を変える……? ふざけるなよ。お前は俺のものだ。お優しくして逃がすくらいなら、俺がこの手で飼い殺してやるよ」  ク、と喉を鳴らして甲斐は笑う。  瞬間、甲斐は笑みを消し、肋の中に食い込みそうなほど拳を叩き込んでくる。何かを仕込んでいるのか、やけに重い一発。かひゅ、と肺から空気が漏れた。入れたばかりの昼食が屋上の地面を濡らす。  良い眺め。  俺の上で甲斐は笑った。跨がった甲斐は逃げ場を塞ぐように両手を付く。苦手な体勢だ。体の強張るのを感じた。 「吐いちゃってきったないね。かわいそう。かわいそうで、かわいいね」 「……、」  自分でやっておきながら甲斐はかわいそうと俺の髪を梳かす。俺の口にペットボトルの水を含ませる。 「ほら、吐いて」  言われるままに吐き捨てる。吐けと言う割に体を起こさせてくれないから頭の傍がびちゃびちゃだ。甲斐は余った水を俺の顔にかけると、そのまま唇を押し当てた。  片手で鼻を摘ままれる。はふ、と口を開いて息をする。甲斐の舌が舌に絡みつく。舌の根を甲斐の舌がヌルリと撫で上げる。甲斐とのキスなんて今更だが、今日のはやけにしつこい。舌を噛もうとすると、動きを察した甲斐が逆に俺の舌に噛みついた。 「あ゙ッが……ッ」  くちゅりという水音を立てながら、甲斐は俺のシャツを脱がしていく。途中で面倒になったのか、溜息を落とした甲斐はポケットからカッターを取り出し俺の服を切り裂いた。 「……ズボンは破くと後が面倒だな」  言いつつベルトを切断し、甲斐は俺のズボンを脱がす。 「パンツは……うん」  何がうんなのか。甲斐はにやりと笑ってカッターの刃を通す。局部が冬の空気にさらされた。 「ここにお揃いの入れ墨でも彫ろうか。俺のものですって分かるように」  すぃと甲斐の手が俺の下腹部に触れる。顔を歪めて「死ね」と呟くと甲斐は口元を緩めた。 「口悪いなぁ」  言いつつ甲斐は俺の中心へと手を伸ばす。そうして無遠慮に局部を掴むと、乱暴に擦りあげはじめた。 「やめろ……ッ、変なとこ触んな……ッ!」 「変なとこじゃないよ。ここはこうするもんなんだから。精通は?」 「な、にっ……?」  耳馴染みのない言葉に一瞬意識を持って行かれるも、休みなく擦り続ける甲斐の手に余裕がなくなる。下腹部の裏がじんわり温かくなるような慣れない感覚と、のしかかられている恐怖とで訳が分からなくなりそうだった。 「気持ちわりぃ……ッ」 「ん~半起ち。いつもどうやって弄ってんの」 「触んねぇよこんなとこ……ッ!」  悲鳴じみた声で否定すると、甲斐は目を瞬かせる。精液は? 出したことないの? 続けざまの質問に顔を顰める。 「意味わかんねーこと言ってねぇでどけよッ」  叫んで、ケホリと咳き込む。普段声を出さない弊害か。咳に構わず足をばたつかせて抵抗すると、甲斐は再びカッターを取り出し俺の中心へと近づけた。 「動くと切れるよ」 「……、もう勝手にしろよ」  ゆるり、体の力を抜き上を向く。甲斐の態度の変わった理由は分からないが、暴力には慣れている。相手が違うところで、何もできない理不尽にどれほどの違いがあるだろうか。  目の前の甲斐から視線を外し、円のことを思い出す。円は今頃何をしているだろうか。まだ俺のことを覚えているかな。もしかしたら忘れちゃったかもしれない。落ち込みかけた意識は、乱暴な手付きで浮上する。はっと気付くと、目の前の甲斐が不機嫌そうに俺の頬を片手で挟みこちらを見ていた。 「ンでここまでされて余所見すんだよ」 「……意味、わかんねぇ」 「分からない? ここまでされても分からない?」 「分かるかよ」  甲斐は舌打ちをし、俺の首を絞めはじめる。不機嫌そうな顔はそのままに、甲斐は俺の尻に指を挿れる。 「椎名くんは精通がまだらしいからね。他のとこでかわいがってあげるよ」 「ッ、ッ……?!」  首を絞められたまま声のない悲鳴を上げる俺に、甲斐はああと冷たい声とともに拘束を外す。急に空気が流れ込み、体を折り曲げ咳き込む。浅い呼吸を繰り返す俺に、甲斐はふわりと微笑んだ。 「苦しい? 俺、椎名くんのその顔好きだよ」 「……しね」  睨み付けると楽しそうに頬を緩める。その間も尻を弄り続けられ、自然と呻き声が漏れた。 「……ん。もういいや。挿れよう」  棒状の何かをカバンから取り出した甲斐は、乱暴な手付きで指を抜いたばかりの尻にずぶりと挿れる。楔を打ち込まれたかのような圧迫感に息が詰まる。目を見開く俺に、甲斐はうっすらと笑った。 「なに? こんなオモチャで苦しいの? そんなんじゃ俺の入らないよ」 「は……ッぁ、ぐ……!」  毒づきたい気持ちとは裏腹に、それをする余裕はない。甲斐は口元を緩めたまま、かちりと何かの電源を入れた。 「ぁ……ッ!? ぐ、あッ、し、ね……ッ!!」  ヴー、という音とともに震えるのを感じ、身を縮ませる。意味が分からない。怖い。背筋がぞわぞわして落ち着かない。先程首を絞められたばかりでまだ呼吸が整わないし、上から押し倒されているのは不安で心細い。 「~~~ッ?!」  電気のようなぴりりとした感覚が走る。    ――嫌だ!  咄嗟に身をよじり、甲斐の首に蹴り込む。甲斐が上で傾いだ瞬間、下から抜け出し、突っ込まれていた何かを引き抜く。甲斐の手が地面のカッターに伸びるのを見た俺は、もう一発甲斐の首に蹴りを入れた。 「ッは」  甲斐が蹲っている間にズボンを上げ、屋上から逃げ出す。外階段を二階まで駆け下りた俺は、手すりを片手に外に身を投げ出して着地した。甲斐の姿はまだない。シャツは切り裂かれはだけているし、ズボンを直履きしているしで散々だが、なんとか逃げ出すことができたようだ。 「……クソ」  首に手を当てる。絞められた感触がまだ残っていた。  

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